下水中新型コロナウイルス高感度検出技術を「EPISENS-S法」と命名 北海道大と塩野義製薬

EPISENS-S法普及による社会実装加速への貢献に期待

 北海道大学大学院工学研究院の北島正章准教授、岡部聡教授と塩野義製薬は8日、共同研究で開発した普及に適した下水中の新型コロナウイルスRNAの高感度検出技術について、正式名称を「EPISENS-S法」とすると発表した。併せて同手法の詳細なプロトコルも公表した。
 同技術は、共同研究グループが開発した環境試料中のウイルス核酸の高感度検出技術(特許出願済)の一部で、これまで「北大・塩野義法(仮称)」として知られていた手法だ。
 具体的には、下水試料を遠心分離することにより得られた固形物の沈渣から市販のキットを用いてRNAを抽出し、逆転写・前増幅反応後に定量PCRにより試料中ウイルスRNA濃度を測定するというもの。
 下水疫学調査は、不顕性感染者や軽症者も含めた集団レベルでのCOVID-19感染状況を効率よく把握するツールとして活用が期待されており、北海道大学と塩野義製薬は2020年10月より下水疫学調査の実用化に向けた共同研究を実施している。
 研究チームは、下水疫学調査の社会実装の実現のためには下水中ウイルスの高感度検出法の開発が必須との共通認識のもと、技術開発に取り組んできた。今回発表したEPISENS-S法は、迅速、費用対効果が高い、特別な機器を必要としない、検出感度が高いなどの多くの利点を有しており、日常的な下水疫学調査に適した手法であると考えられる。
 研究チームは、同手法の感度の高さを室内実験及び実下水処理場での調査により確認するとともに、下水中のウイルス濃度と感染者数との間に高い相関が認められることを実証した。
 同手法は、北島准教授らが東京2020オリンピック・パラリンピック選手村において実施した下水疫学調査においても活用された。 EPISENS-S法の普及により、下水疫学調査の社会実装が加速することが期待される。なお、同研究成果は、8日公開のScience of the Total Environment誌にオンライン掲載された。


 

 下水疫学調査は、不顕性感染者や軽症者も含めた集団レベルでのCOVID-19感染状況を効率よく把握するツールとして社会的に注目を集めている。諸外国に比べて人口あたりの感染者数が少ない我が国では、下水中の新型コロナウイルスRNA濃度が比較的低く、下水疫学調査を社会実装する上では下水からのウイルス検出法の感度の向上が大きな技術的課題となっていた。
 同研究では、シンプル・迅速なプロトコルで、特別な機器を必要とせず費用対効果も高く、かつ高感度な下水中新型コロナウイルスRNAの検出・定量法(EPISENS-S法)を開発した。EPISENS-S法は、下水試料を遠心分離して得られた固形物の沈渣から市販のキットでRNAを抽出し、逆転写・前増幅反応後に定量PCRにより試料中ウイルスRNA濃度を測定するもの。
 手法の開発にあたり、まず下水中固形物からの市販のRNA抽出キットを比較検討したところ、RNeasy PowerMicorobiome Kit (Qiagen社)が最も高い性能を示したため、このキットを採用した。
 逆転写・前増幅(10サイクルのPCR)反応には手間の少ない1ステップ法を採用し、前増幅を経ても定量PCRによる新型コロナウイルスRNAの定量性は保たれることを確認した。
 また、同手法は下水中の糞便濃度の指標として広く用いられているトウガラシ微斑ウイルス(PMMoV)RNAも併せて定量可能で、PMMoV RNAを内在性コントロールとして使用して定量分析結果の妥当性の評価や新型コロナウイルスRNA濃度の正規化(雨水による希釈等の影響を補正)が可能である。
 下水処理場において採取した流入下水試料に熱不活化新型コロナウイルスを添加し、EPISENS-S法による検出感度を評価したところ、日本水環境学会が公表しているマニュアル記載の方法(ポリエチレングリコール沈殿法・定量PCR)よりも約100倍感度が高いことが確認された。

下水疫学調査は見えない感染を「見える化」するツール

 EPISENS-S法を使用して札幌市の2箇所の下水処理場において流入下水中の新型コロナウイルスRNA濃度の長期定量調査を実施したところ、正規化した下水中新型コロナウイルスRNA濃度の変動は札幌市内の感染者数の増減と概ね合致した(図1)。


 正規化した下水中新型コロナウイルスRNA濃度と感染者数との間には高い相関が認められ(図2)、下水中のウイルス濃度測定により地域の感染動向を把握できることが示された。


 ワクチン接種率の向上や比較的病原性の低い変異株(オミクロン株)の台頭などの要因により、不顕性感染者や軽症者の割合が増えている可能性が指摘されている。下水中には症状によらず感染者から排出されたウイルスが含まれるため、下水疫学調査は見えない感染を「見える化」するツールとして社会的に大きな注目と期待を集めている。
 下水疫学調査の普及にあたっては、民間の分析機関や大学等で広く使用できる下水中ウイルス高感度検出法が必要とされていた。同研究で開発したEPISENS-S法は、迅速かつシンプルなプロトコル(最短6時間程度)で特別な機器を使用せず費用対効果も高いうえ、従来の標準的な手法に比べて格段に検出感度が高いため、下水からの新型コロナウイルスRNAの高感度な検出・定量に広く活用されることが期待される。同研究成果は、COVID-19の下水疫学調査の社会実装に大きく貢献するものと考えられる。
 EPISENS-S法は、感度が高いため比較的感染者数の少ない期間も含めて日常的な下水サーベイランスに適した手法であり、同手法の普及により社会における感染拡大防止と社会経済活動の両立に向けた下水疫学情報の活用の動きが加速することが期待される。

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