食道がん治療におけるオプジーボへの期待 浜本康夫氏(慶應義塾大学病院腫瘍センター 副センター長・准教授)

 食道がんは、食道の内面を覆っている粘膜から発生する悪性腫瘍で、主に扁平上皮がんと腺がんの二つ の組織型に分類される。日本では、扁平上皮がんが約 90%を占めており、年間約2万人が新たに食道がんと診断され、年間1万2000 人程度の死亡が報告されている。一方、食道がん治療は、一次治療で投与されるシスプラチンと5-FUが不応となった二次治療で明確な生存期間の延長効果を示した薬剤がなく、新規治療薬の開発が待ち望まれていた。
 こうした中、オプジーボが、多施設国際共同無作為化非盲検P3試験(ATTRACTION-3 試験)において、主要評価項目の全生存期間(OS)で化学療法群に対して有意な改善を示し、本年2月21日、厚労省から食道がんの二次治療における効能追加承認を取得した。そこで、浜本康夫氏(慶應義塾大学病院腫瘍センター 副センター長・准教授)による「食道がん治療とがん免疫療法薬オプジーボ」をテーマとした講演を紹介したい。(小野薬品プレスセミナーより)

    食道がん
国内の92%は食道の扁平上皮がん

 食道がんは、食道、食道胃接合部、胃に分別される。東アジアや中央アジアで多く認められ、本邦での92%は食道の扁平上皮がんである。一方、欧米、先進国での食道がんは、食道胃接合部のがんが、半分ないし国によっては60~70%を占める。この食道胃接合部のがんは、どちらかと言えば胃がんに類似している。
 疫学では、食道がんは世界で7番目に多く、がん関連の死因では6番目であり、非常にポピュラーながん種である。男性の年齢調整罹患率は女性の2.7倍で男性に多く、予後は非常に悪い(死亡率は0.89)。77%がアジアで認められ、扁平上皮がんが東南アジアと中央アジアで多数を占める(79%)。扁平上皮がんは、どちらかと言えば口腔・皮膚の組織と類似したがんである。
 北欧、西欧、北米などの食道がんは、腺がんが多く(46%)、胃がんの仲間が多いのが特徴である。従って、同じ食道がんであっても分けて考えねばならない。
 食道がんは、国内では肺がん、膵がん、結腸がん、胃がんに次いで多く、非常にポピュラーながん腫で死亡数も多い。世界的には、アジア、中国、台湾に多く、韓国はこれらのアジア諸国と比べると若干少ない傾向が男女ともほぼ同様にみられる。
 このように、食道の扁平上皮がんと食道の腺がんには少し違った疫学がある。扁平上皮がんのリスク因子としては、過剰のアルコール摂取と喫煙がよく知られている。食道の腺がんでも喫煙の影響は指摘されているものの、アルコールについてはリスク因子としてしっかりしたエビデンスはない。また、世界的に、アジア、中国、香港、日本、シンガポールに多い疾患であるため、欧米先進国の好研究結果を待っていても新薬の登場はなく、食道の扁平上皮がんの治療成績の伸長は望めない。アジア、特に日本、中国の専門家や製薬会社の新薬開発が患者にとって大きなウエートを占めている。
 食道がんのステージは、がん全般的に用いられるTNM分類で、がんの広がり(T因子分類)、リンパ節転移(N因子)、遠隔転移(M因子)などをもとに分類する。T因子は、小さなものはT1、T2で、大きくなればT3、T4になる。非常に小さながんは内視鏡で除去できるが、大きくなってくると手術が必要である。あまりに大きくなれば手術でも除去できず、手術以外の方法、たとえば、放射線治療などを施す。これらのTNM分類を利用して、ステージ0からステージⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳと分類していくのが、食道がんの診断分類である。
 食道がんは、病期別5年生存率や予後が非常に悪い。一方で、早期に発見すれば治癒する患者も少なくない。がんが大きくなって、遠隔転移をきたすと治癒しない。日本は、診断技術や診断検診が普及しているため、わりと早期に発見できるケースが多く、欧米と比較して早期の治療成績は非常に良好である。
 反対に、進行してから発見された患者や、治療は手術で完結してもその後再発して遠隔に転移した患者の治療成績は不良になるため、進行がんや再発がんのケースの治療は、非常に重要になる。
 食道がん治療のアルゴリズム(食道がん診療ガイドライン2017年版)では、早いステージ段階で発見されたがんは、体の負担が少ない内視鏡治療で治療できる。だんだんステージが進めば内視鏡で取り切れなくなり、手術、ないしは化学療法や放射線療法で治療する。ステージⅡ、Ⅲになればこれらの組み合わせ全ての治療を行うケースもある。ステージⅣになって手術、放射線治療で治癒しないケースでは、緩和的対処療法とともに化学療法の役割が非常に重要となってくる。

これまでの食道がん治療では使用できる薬剤は4種類のみ

 食道がん診療ガイドライン2017年版では、一次治療として、「シスプラチン+5-FU」が推奨されている。「シスプラチン+5-FU」が効かなくなった場合には、二次治療としてパクリタキセルまたはドセタキセルを推奨している。先ほど、進行した食道がんでは、薬物療法が重要になると指摘したが、これまで我々が治療に使える薬剤はこの4種類しかなかった。最初の2剤は一次治療で使ってしまうため、二次治療を行った段階で我々の手元に残る薬剤は無かった。
 食道がんに対して国内で承認されている抗がん剤は、前述の4種類以外にもブレオマイシン、ビンデシンがあるが、副作用と治療効果の問題でがん治療として殆ど使われることはない。国内では食道がんは罹患率が高く、死亡者数が多いにも拘わらず、患者に提供できる薬剤が非常に少ないことが大きな問題点であった。

オプジーボ 食道がん治療の臨床現場から大きな期待

 こうした中、本年2月21日に、オプジーボが食道がんの二次治療で承認を受け、食道の扁平上皮がんに使用できるようになったのは、数十年の食道がん治療の歴史上、本当に大きな変化と言える。日本食道学会ガイドライン委員会は、3月13日、オプジーボに関して「二次治療としてPD-L1の発現によらず、強く推奨(エビデンスの強さA)する」とコメントを出している。
 オプジーボは、PD-1受容体に対する、完全ヒト型IgG4モノクローナル抗体で、腫瘍部位においてT細胞の腫瘍攻撃能の不活性化を阻害し、攻撃能を再活性化させることで抗腫瘍効果を発揮する。胃がん、肺がんなど、数多くのがんで治療効果が示されており、今回、食道がんでも効果を発揮することが証明され、承認に至った。

 ここで、オプジーボの食道がんに対するエビデンスを示した二つの臨床試験を紹介したい。
 まず、ATTRACTION-1は、国内で実施されたP2試験である。食道がんに関しては、日本国内で頻度が高いにもかかわらずなかなか新薬が出なかった。その理由は、開発する上でのマーケットの小ささが問題点となっていたためである。

 ATTRACTION-1は、根治切除不能な食道がん65例に対するオプジーボの有効性・安全性を検討した国内P2試験で、主要評価項目の奏効率(ORR)は17.2%、副次的評価項目の全生存期間(OS)の中央値は10.78か月弱という劇的な好結果を得た。一人ひとりの患者の治療効果を図に表したスパイダープロットでは、オプジーボが効く患者は、非常に長く効いている。64名の患者のうち、約10%の患者が1年を超えて2年近くまでしっかりコントロールが得られている。ちなみに、これまでの薬剤はP2試験結果を基に承認されている。
 「この結果だけでも十分に患者の手元に届けられる」との思いがあったが、抗がん剤の承認には既存の治療薬に比べてどのくらい優れているかのエビデンスが求められる。

進行再発食道扁平上皮がんP3試験(ATTRACTION-3試験)で初の有効性示す

 ATTRACTION-3試験は、進行再発食道扁平上皮がんで初めて良い結果を示したP3試験で、二次治療の食道がん患者419例(腫瘍細胞のPD-L1発現を問わない)を対象に、オプジーボとパクリタキセルまたはドセタキセルををhed to hed で比較した多施設国際共同無作為化非盲検P3試験である。
 主要評価項目は全生存期間(OS)で、無増悪生存期間(PFS)、奏効率(ORR)、奏効期間(DOR)などを副次評価項目とする。
 対照群であるパクリタキセルとドセタキセルは、非常に切れ味や治療成績の良い薬剤で、パクリタキセルは既に40%近い奏効率が報告されている。オプジーボの奏効率は17%なので、hed to hed の比較はかなりのチャレンジであったが、OS中央値はオプジーボ群11.17カ月、対照群8.54カ月と、パクリタキセル、ドセタキセルと比べて統計学的に有意な延長を示した。
 PFS、ORR(どちらも20%程度)は両群であまり差はなかったが、オプジーボは疾患をコントロールしているDORが長く、「効いた患者は効果が持続される」特徴が他癌腫同様に再現された。一方、対照群では、効かなくなった患者の予後は非常に悪かった。
 加えて、肺がんなどで指摘されているようなPDL-1発現によって薬剤の効果が変わるのではなく、食道がんではPDL-1発現によらずどの患者にも効果を示した。日本人と日本人以外の結果や、人種差、年齢層でも大きな差はなかった。さらに、疾患が非常に進行している症例や、肝臓に転移が認められた疾患も検討したが、特に大きな差はなく、オプジーボは、食道がん扁平上皮癌の患者に対して押しなべて良好な治療成績が期待できると考えられる。
 ATTRACTION-3試験での安全性に関する結果では、一般に入院が必要となるグレード3-4の副作用は、オプジーボ群17.2%、対照群65.5%で、オプジーボ群は重篤な副作用が圧倒的に少なかった。このようにオプジーボは、安全で安心な薬剤ではあるが、パクリタキセルやドセタキセルではみられない免疫関連副作用に十分留意する必要がある。
 ここで、私が経験したP2試験(ATTRACTION-1)の症例の一つを紹介したい。5年以上に渡って食道がんの手術、放射線治療、シスプラチン+5-FU、パクリタキセルやドセタキセルの全ての治療が効かなくなった食道がん患者で、その段階では約5㎝を超える肺への転移が見られた。
 体力のある患者であったため、オプジーボを3回投与した結果、5㎝あったがんの塊がかなり小さくなった。私は、食道がんの治療成績を伸ばしたいと思ってこの世界に入ったが、この患者が抜群に薬剤が効いた症例の一つであった。
 1回目のCTで非常に薬剤が効き良好であったが、半年ほど治療した後に、グレード2の肺炎になった。治験患者のためグレード2の肺炎が発症した場合、治験薬よる治療の継続はできない。従って、3回の治療でオプジーボの投与を停止したが、その後も疾患のコントロールが比較的得られていた。この症例は、オプジーボの特徴を現す非常に典型的なものであったと考えている。ただし、一例であり、全ての症例が同様の効果を示すわけではない。
 間質性肺炎は、免疫チェックポイント阻害薬の特徴的かつ致命的になり得る副作用である。ATTRACTION-3で間質性肺炎のグレードを示したものを見ても、決して頻度としては多くないものの、適切な対応を要する。
 まず、間質性肺炎の初期症状は風邪と似ているため、見逃さないよう注意しなければならない。さらに、間質性肺炎は単純な上気道炎(風邪)で終わるのか、本格的な治療を行わねばならないかのしっかりとした見極めが重要となるため、専門的な施設での治療が必要である。一方、患者に対しても、その点を良く説明し、咳や息切れなどの自覚症状があればすぐに連絡するよう指導しなければならない。
 適切な対応後、また免疫チェックポイント阻害剤で治療できる症例と難しい症例があり、その点が今後の課題となっている。
 間質性肺炎は、免疫チェックポイントを阻害することで起こる特徴的な免疫関連の副作用(immune-related Adverse Event:irAE)で、irAEは、肺以外のほぼ全身の臓器で報告されている。従来の殺細胞性抗腫瘍薬や分子標的薬は、脱毛、白血球減少、吐気などを副作用とするが、irAEは脳炎、下垂体涎、肝炎、副腎不全、1型糖尿病、大腸炎など様々な副作用を惹起することが知られている。
 これらの副作用に関しては、かなりの経験の蓄積があるため、対応策は非常によく研究されている。適切な対応をすれば、必ずしも副作用で亡くなるというわけではなく、逆にこういった副作用が発症した患者の方が実はオプジーボが効いて長生きすることも判っている。
 irAEでは、気を付けなければいけない点、専門家でなければいけない点が多々あるが、医療従事者はこの辺をしっかりと注意喚起した上で、重篤な副作用で患者が苦しむことのないように尽力してほしい。
 また、irAEは、「だるい」、「辛い」など分かり難い症状で出てくるため、ややもすればがんで患者が調子悪いと誤審してしまう可能性がある。患者がこのような症状を訴えた時、丁寧に診断して行けば、実は下垂体の炎症でホルモンが不十分なため体調が悪いという場合もあり、ホルモン補充するだけで元気になる。
 甲状腺機能障害は、定期的な記録を取れば診断できる。肝炎は血液検査、下痢は患者から様々な症状を問診して重篤かどうかを判断する。また、ナトリウムや血糖が低下する副作用が徐々に出現するケースもあり、その時は少し踏み込んでコルチゾール検査やACTSの検査を行う必要がある。
 これらの症状は、通常、初期に出ることが多く、1年経過して発症する場合等は盲点となる。免疫チェックポイント阻害薬で治療している患者は、「常に免疫の異常を来たしているのではないか」との疑いの目を持ち、一つの症状だけで判断することなく、患者の調子が悪い原因は、がんなのか、薬剤の副作用なのか、他に別の原因があるのか見極める必要がある。こういった鑑別診断を、丁寧に専門性を持って行うことで、患者の治療は大幅に変わってくるので、、irAEの様々な副作用はチームで治療していくことが重要である。
 また、医療関係者を対象にとしたirAEアトラスでは、間質性肺も含めたオプジーボ、ヤーボイに起因する免疫関連副作用(irAE)のマネジメントについて、実践的かつ最新の情報を提供している。

食道がんの患者会発足を呼び掛け正しい知識を啓発

 食道がんは、過度な飲酒やヘビースモーカーの男性に多く、しかも社会的に活発に活躍している患者が少なくないためか、患者同士が集まって交流することがなく、残念ながら患者会はない。
 乳がんなどの婦人科のがんでは、色々なネットワークを用いて患者同士が集まり、患者会を作って相互交流する傾向がある。我々は、こういった新しい薬剤に対する患者への啓発・教育の場として、自発的に患者が集う「患者会」の役割は非常に大きいと考えている。
 最近、ユーチューブやライブ動画を用いて、腫瘍センター主催の公開セカンドオピニオン(年4回)が実施されており、3月28日は「食道がん特集」が配信された。今後は、私たち食道がん治療医の方から呼びかけをして、食道がんの患者会を作り、「新しい治療」、「正しい治療」、「良い面と悪い面」を伝えていくように尽力したい。
     
まとめ
 ◆ATTRACTION-3は、進行再発食道扁平上皮がんにおいて、国際共同P3試験で初めて有効性が示されたエビデンスである。我々食道がんに携わる専門家としては、本当に良い結果が出てくれたと思っている。
 ◆オプジーボは、これまでの標準治療であったドセタキセル、パクリタキセルに対して有意にOSを延長し、アンメットメディカルニーズの高い二次治療においてPD-L1発現を問わず、色んな患者に有効であった。
 ◆奏功が得られると効果が持続され、他がん種同様に免疫チェックポイント阻害剤の特徴が再現された。
 ◆その一方で、免疫チェックポイント阻害剤特有の有害事象には、十分留意する必要がある。
 ◆オプジーボの後治療へつなぐことも免疫チェックポイント阻害剤の価値の一つである。

なお、オプジーボは、現在、「食道がんの1次治療や再発予防、手術前投与などの臨床試験を実施している。

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