【前編】がん悪液質治療薬エドルミズによるがんサポーティブケアへの期待  髙山浩一氏 (京都府立医科大学 呼吸器内科学教授)

【がん悪液質の病態とエドルミズの作用機序・臨床試験について】

 がん悪液質は、がんに伴う体重減少、特に筋肉量の減少や食欲不振を特徴とする複合的な代謝異常症候群で、進行がん患者の5~8割程度にみられる。がん患者のQOLや予後などに対して顕著な影響を及ぼすことが明らかになってきているが、これまでがん悪液質の治療薬として国内で承認された薬剤はなかった。こうした中、本年4月21日、悪性腫瘍(非小細胞肺癌、胃癌、膵癌、大腸癌)におけるがん悪液質を改善するグレリン様作用薬「エドルミズ」が上市された。がん治療とがんサポーティブケア(指示医療)は車の両輪で、がん治療にはこの両輪は欠かせない
 そこで、「エドルミズによるがんサポーティブケアに期待」について、髙山浩一氏(京都府立医科大学 呼吸器内科学教授)の講演をもとに紹介したい。(小野薬品メディアセミナーより)

がん悪液質
がん患者の最も大きな直接の死因に

 がんに伴う体重(筋肉量)減少や食欲不振を特徴とするがん悪液質は、がん患者が亡くなる最も大きな直接の死因となっており、その23%を占める。悪液質の中心は、“体重減少”で、体重減少が起こり易いがん種と、そうでないがん種がある。体重減少率は、膵がん、胃・食道がん、頭頚部癌、肺がんの順に高い。消化器がんは、早い段階で体重が減少し、肺がんは徐々に体重が減っていくという特徴がある。
 悪液質の有病率もこの順で高く、がん種ごとの体重減少と悪液質の有病率は一致している。これらのがん種の患者では、半分以上が悪液質を惹起している。
 がん患者の主な直接の死因は、「どこかの臓器不全で亡くなる症例が2/3」、「悪液質による死亡は1/4(23%)」を占めている。
 がん悪液質による生命予後の悪化は、 2010年1月~2011年8月の間に初回化学療法を受け,継続的に試験に参加した進行性非小細胞肺がん患者(病期:Ⅲ期/Ⅳ期,組織学的/細胞学的所見の根拠あり)の臨床データでも明確に示されている。初回化学療法開始3ヵ月時点で悪液質を合併した患者の予後は悪い。

ダイエットは骨格筋を減らさずに、がん悪液質は骨格筋を分解して体重減少

 だが、これまでがん悪液質に有効な治療手段が確立されておらず介入の余地がなかった。では、ダイエット(飢餓)による体重減少とがん悪液質による体重減少はどう違うのか。
 前者では、安静時のエネルギー消費を減少させて、できるだけ骨格筋を減らさないように減量する。
 これに対して後者は、食欲不振で入って来るエネルギーが減少しているにもかかわらず、安静時の消費エネルギーが増加して骨格筋まで分解してしまう。
 がんは「治癒しない傷」と言われており、「傷による慢性の炎症で炎症性サイトカイン(IL-1、IL-6、TNF-αなど)の放出が続けば、安静時のエネルギー消費量が増加し、最終的に骨格筋の減少が起こる。
 加えて、炎症性サイトカインは、脂肪分解のさらなる脂肪褐色化、食欲抑制、代謝異常を惹起して、がん悪液質を発症させる。
 こうした背景からがん悪液質は、「通常の栄養サポートでは完全に回復することはできず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無にかかわらず)を特徴とする多因子性の症候群」と定義されている。

がん悪液質は「善悪液質」、「悪液質」、「不応性悪液質」の3ステージに分類

 がん悪液質には、◆第一ステージ=前悪液質(Pre cachexia、体重減少≦5%、食欲不振、代謝異常を伴う)、◆第2ステージ=悪液質(Cachexia、口摂取不良、全身性炎症を伴う)、◆第3ステージ=不応性悪液質(Refractory cachexia、がん悪液質の様々な状態、異化状態かつ治療抵抗性、PSの低下、生命予後<3ヵ月)の3つのステージがある。
 第2ステージである「悪液質」の診断基準には、① 過去6ヵ月間の体重減少>5%、② BMI<20、体重減少>2%、③ サルコペニア,体重減少>2%があり、「これら①、②、③のいずれかに該当し、経口摂取不良、全身性炎症を伴うもの」が、がん悪液質患者と認定される。
 悪液質は、いきなり発症するものではなく、前悪液質、悪液質の段階を行ったり来たりして進行していくもので、最終的に不応性悪液質へと移行する。
 これまでのがん悪液質の治療では、コルチコステロイド(抗炎症)、NSAIDs(抗炎症)、エイコサペンタエン酸(抗炎症)、プロゲステロン剤(食欲改善・体重増加)が投与されていた。
 だが、いずれの治療もわずかの骨格筋量増加しか示せず、副作用等で日常診療で使い続けていくのは困難であり、がん悪液質に有効な治療手段は確立されていなかった。

がん悪液質の発症機序に直接作用するエドルミズが登場

 こうした中、「悪性腫瘍(非小細胞肺癌、胃癌、膵癌、大腸癌)におけるがん悪液質」の治療薬として、グレリン様作用薬「エドルミズ」が本年4月21日に上市された。
 胃の中が空っぽになるとグレリンが胃から分泌されて、中枢・脳に作用して摂食中枢を刺激して食欲を亢進させる。加えて、脳から分泌される成長ホルモンが、筋肉・タンパク質を合成させて筋肉量を増やす。こうした食欲亢進・筋肉量増加・体重増加のメカニズムを基に、グレリンが結合する受容体に同様に結合して作用するアナモレリン塩酸塩(エドルミズ)が発見された。
 エドルミズは、グレリン受容体であるGHS-R1a(成長ホルモン放出促進因子受容体タイプ1a)に作動して作用を発現する。GHS-R1aは、多くの組織に分布し,脳下垂体では成長ホルモン(GH)の放出,視床下部では食欲の亢進に関与する。脳下垂体から分泌されたGHは,肝臓からインスリン様成長因子-1(IGF-1)を分泌させ,IGF-1は筋肉の蛋白合成を促進させる。
 エドルミズは、GHS-R1aの活性化を介してGHの分泌を促進するとともに食欲を亢進することで,筋肉量及び体重増加作用を示すとが考えられている。

肺がん、消化器がんを対象とした臨床試験で除脂肪体重が明らかに増加

 エドルミズは、国内でがん悪液質患者を対象に実施した3つの臨床試験で、がん悪液質の患者における体重および筋肉量の増加並びに食欲の改善傾向を示している。臨床試験は、国内で実施される前に欧州でも行われており、ほぼ同じ結論を得ている。
 肺がんを対象に実施された国内P2相(ONO-7643-04)臨床試験では、がん悪液質を合併している非小細胞肺癌患者174名(エドルミズ投与群84名、プラセボ群90名)が参加した。
 投与方法は、 エドルミズ100mg又はプラセボを、1日1回、朝食前、空腹時に経口投与し、服薬後は少なくとも1時間は絶食とした。
 治験薬投与開始日、治験薬投与期1週、3週、6週及び9週の来院日は,治験実施施設で服薬を行い、投与期間は12週間とした。
 その結果、LBMのベースラインからの12週間の平均変化量は、1.38±0.18kg、プラセボ群-0.17±0.17㎏で、除脂肪体重は明らかに増加した。LBMのベースラインからの変化量は、12週まで体重を維持した。除脂肪体重の増加が骨格筋に反映しているのが、この臨床試験の評価ポイントである。
 また、プラセボ群はなく実薬群のみの大腸がん、胃がん、膵臓がんの消化器がんに対する50症例の国内P3相試験(ONO-7643-05)も実施された。
 投与方法は、エドルミズ100mgを、1日1回、朝食前、空腹時に経口投与し、服薬後は少なくとも1時間は絶食とした。
 この臨床試験でも、除脂肪体重がベースラインより増えて一度も減少しなかった患者の割合が63.3%に上り、いずれも3週目で大きく増加(1.90±0.34)し、12週まで維持された。食欲が、1週目に改善したことが、評価ポイントとなっている。
 これらの臨床試験の結果を踏まえて、添付文書には「体重増加が認められない場合、投与開始3週間後を目途に原則中止する」よう明記されている。

副作用は 心電図QRS群延長や血糖増加など、筋力増加が今後のポイントに


 一方、副作用は、肺がんを対象とした臨床試験(アナモレリン群:N=83)では41%認められた。重篤な副作用は2.4%、投与中止2.4%、グレード3/4の副作用7.2%(下痢、高血糖、意識消失、前立腺炎、発疹及び高血圧各1例)であった。
 消化器がんの治験(アナモレリン:N=49)でも42.9%で副作用が認められた。重篤な副作用4.1%、投与中止10.2%(倦怠感2件、上室性期外収縮、無力症、心電図QRS群延長、2型糖尿病各1件)、グレード3の副作用10.2%(γ-GTP増加4件、心電図QRS群延長3件、高血糖3件、倦怠感2件、糖尿病2件)であった。糖尿病に関しては、エドルミズは、血糖値を増加させる副作用がある。
 臨床試験においては、エドルミズの効能効果は、投与して数日後、早い人はその日のうちに食欲が上がる印象を受けた。その一方で、骨格筋量は増えたものの、筋力の有意な改善はみられなかったことから、持続可能な運動プログラム開発による“筋力増加”が今後の重要なポイントになる。

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