フォシーガのDAPA-CKD試験結果はCKD治療への福音に 柏原直樹氏(川崎医科大学 腎臓・高血圧内科学 教授)

 アストラゼネカ、日本腎臓病協会、小野薬品は6日、東京都内で共催メディアセミナーを開催し、柏原直樹氏(川崎医科大学 腎臓・高血圧内科学 教授、日本腎臓病協会理事長)が、「DAPA-CKD試験の意義」をテーマに講演。慢性腎臓病(CKD)患者を対象に選択的SGLT2阻害剤「フォシーガ」の有効性・安全性をプラセボと比較検討したDAPA-CKD試験について解説し、CKD治療における同剤の有用性に期待を寄せた。
 これまで国内でCKDに適応をもつ薬剤はなく、昨年8月26日、日本で初めて「フォシーガ」が、2型糖尿病合併の有無に関わらず慢性腎臓病治療薬として承認された。柏原氏の講演内容は、次の通り。

 日本は、世界で最も高齢化が進んでおり、心不全、認知症、がんが増加している。CKD患者も増加傾向にあり、日本人の10~13%、1300万人に上る。新規透析導入者は毎年4万人程度で、人工透析患者は全国で33~34万人と推定されている。
 CKDは、腎不全、脳卒中、心血管障害のリスクが高く、寝たきりの原因となり国民の健康を脅かす疾患である。健常な一般市民が受診する特定検診データの解析では、「CKDの心筋梗塞や心不全による死亡に与える影響は、喫煙や糖尿病よりもリスクが高い」ことが判明している。加えて、最近、CKDと認知症との関連性も明らかになってきた。透析患者の増加は、医療経済上も大きな負荷になっており、懸命に働いてきた市民の晩年に訪れる不条理さもある。
 このように、CKDは、1「多い」、2「危ない」、3「重い」、4「切ない」の4重奏になっており、高齢化社会において優先的に対処すべき重要疾患である。
 CKDは、「蛋白尿、アルブミン尿が出ている」、「GFR(糸球体濾過量)が60ml/分/1.73㎡未満」を定義とする。早期に適正化することで防止できるが、腎機能は少し悪くても無症状なので軽視される場合が多い。日本腎臓病協会では、「CKDの早期発見・治療」を実現するため、、軽度の腎障害やタンパク尿も軽視せずに、是非かかりつけ医に受診して頂くよう啓発活動を展開している。かかりつけ医の受診は、透析患者の減少にも繋がる。特に、働き過ぎの‟企業戦士”と言われる方々には留意していただきたい。
 腎不全患者は、多くの重大合併症を有し、透析導入後も生命予後は必ずしも良好ではない。新規透析導入者は毎年4万人程度で、それに近い人が亡くなっており、粗死亡率は9.7%と極めて高い。透析は、週3回、毎回5時間の時間を要し、仕事や家事、通学に大きな影響を及ぼす。また、透析を行うには、動脈と静脈をつないだシャントが必要となる。10年、20年と長いスパンで透析を続けると、動脈瘤ができてきて両手、両足、首においてシャントを作る場所が無くなってしまうケースもある。是非、透析は避けたいところだ。
 CKD治療薬については、2001年に「ARBのイベルサルタンに23%、ロサルタンに16%腎不全への移行抑制効果がある」との2つの臨床試験結果が発表され、レニン・アンジオテンシン(RA)系を阻害すれば、腎臓病の進行を抑制できることが判明した。CKDに適応をもつ薬剤がなかった当時においては、非常にエポックメイキングな出来事で、この2つの臨床試験結果を契機に‟腎保護”が定義付けられた。
 腎保護効果を標榜するには臨床試験において、「クレアチニン量2倍」、「GFRの低下57%以上」、「透析への移行・腎臓心血管疾患による死亡」を主要複合エンドポイントとし、「対照群と比較して統計的な有意差を示さなければならない」という非常に高いハードルが設定され、その後、20年間に渡ってCKD治療の新薬創出が試みられたが、‟腎保護”の定義のハードルが高く、何れの薬剤も失敗に終わった。
 RA阻害薬についても、「初めは腎臓に良い」と考えられていたが、20年使い続けると「高齢者では腎症を発症し易くなる」ことが判ってきた。RA阻害薬が腎保護効果を発揮できるのは、「タンパク尿が出ていて比較的腎機能が良いかなり限定的な集団」であり、万能な腎保護効果ではないことが明らかになった。
 こうした中、2020年にフォシーガが、2型糖尿病合併の有無に関わらず慢性腎臓病治療薬として承認取得する根拠となった国際共同P3相試験(DAPA-CKD試験)結果が発表された。
 同試験は、世界21国、386施設の18歳以上の慢性腎臓病患者4304人を対象としたものだ。日本人も244人含まれており、この数字は4304人のうち一定の割合を日本人が占めているため、日本でも全体の試験結果が担保できると判断され、昨年の国内承認に至った。
 4304例は、尿中アルブミン/クレアチニン比200mg/g以上、5,000mg/g以下、eGFR 25mL/min/1.73m2 以上、75mL/min/1.73m2以下の症例で、ほぼ全ての患者にRA阻害薬(ARB、ACE阻害薬)が投与されていることを特徴とする。
 多くの国では、タンパク尿のある患者にはRA阻害薬が標準薬とされており、DAPA-CKD試験は、RA阻害薬にフォシーガを上乗せして心保護効果があるかどうかを証明するチャレンジングな試験だ。
 治験方法は、対象患者をフォシーガ10mg群(2152例)又はプラセボ群(2152例)に1:1に無作為に割付け、標準治療に追加して1日1回経口投与した。投与期間は、主要複合エンドポイントイベントが事前に設定した数(681件)に達するまでとされた。
 DAPA-CKD試験の主要評価項目は、主要複合エンドポイント(eGFRの50%以上の持続的な低下、末期腎不全への進展、心血管死、又は腎臓死)のうち、いずれかのイベントの初回発現までの期間に設定された。
 副次的評価項目は、①腎複合エンドポイント(eGFRの50%以上の持続的な低下、末期腎不全への進展、又は腎臓死)のうち、いずれかの初回発現までの期間、②心血管複合エンドポイント(心血管死又は心不全による入院)のうち、いずれかの初回発現までの期間、③全死亡(死因を問わない)までの期間。
 同試験は、2017年2月2日に1例目が登録されてスタートした。その後、定期的な審査会議を経て、独立データモニタリング委員会は 2020年3月 26日、「408件の主要評価項目イベント(予定数の60%)に基づき、圧倒的な有効性が示された」として試験の中止を勧告した。
 すなわち、P3相DAPA-CKD試験においてフォシーガは、CKD ステージ 2~4、かつ尿中アルブミン排泄の増加を認める患者を対象に、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEi)もしくはアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)との併用で、腎機能の悪化、末期腎不全 への進行、心血管死または腎不全による死亡のいずれかの発生による複合主要評価項目のリスクを、プラセボと比較して、39%低下させた (絶対リスク減少率 [ARR]=5.3%, p<0.0001)。
 加えてフォシーガは、プラセボと比較して、全死亡の相対リスクを有意に 31%低下させたPage 2 of 4(ARR=2.1%, p=0.0035) 。
 フォシーガの安全性と忍容性は、これまでに確認されている安全性プロファイルと一貫していた。
 この臨床試験結果により、2型糖尿病合併の有無に関わらずフォシーガの「腎保護効果(腎臓病進行・腎不全への移行、死亡を抑制)」が証明された。さらに、サブ解析では、心不全合併例、腎機能低下例、IgA腎症患者(日本で最多の慢性腎炎)にも、一貫して同様の有効性を示した。
 特記すべき有害事象は認められなかった。CKDは、社会に対する大きな疾病負荷(BURDEN)で、腎臓病の克服は国家制作でもあるため、患者、家族、医療者に希望を与えるDAPA-CKD試験結果のインパクトは非常に大きい。
 わが国でもCKD治療でフォシーガが繁用され始めているが、使用に当たっては「同剤投与により一過性のGFR低下がみられるものの、継続投与してGFRが安定すれば、そこから先の予後は良好である」ことに留意して頂きたい。フォシーガを投与すればタンパク尿は確実に減少しており、投与しなければ減少しない。タンパク尿は、腎臓病を進行させる一つの原因になっている。
 ところで、当初、DAPA-CKD試験には、日本の参加は予定されていなかった。その理由は、「日本での治験は登録から投薬に至るパフォーマンスレートが低く、時間を費やしお金がかかるので他の国で良いだろう」とのビジネス的判断がなされたと推測される。
 我々は、このジャパンパッシングを乗り越えて、各医療機関でできるだけ早い治験登録を行って244人の日本人のDAPA-CKD試験への参画を得、フォシーガの国内承認に至った。
 ジャパンパッシングは、実際に存在することを認識する必要がある。NEJMやランセットなどのインパクトジャーナルにおける国際共著ネットワークも、米国、英国、カナダ、オーストラリアは強いが、日本は蚊帳の外にあるのが実情だ。
 加えて、日本の科学技術力の弱体化も深刻である。文科省シンクタンクの「全分野でのTop10%補正論文シェア、または同Top1%補正論文シェア」の解析結果では、米国、ドイツ、英国、フランス、中国、韓国の中で、弱体化しているのは日本のみである。このままどんどん弱体化すれば、日本人は他国の論文を読むばかりで、自らエビデンスを作ったり、新しい知見を見つけたりすることができなくなるのではないかと懸念される。
 「科学が弱体化すれば、医療も弱体化する」危惧がある。そこで、我々は、日本腎臓病協会を立ち上げ、4つの事業の一つとして、少なくとも腎臓分野において日本の腎臓病サイエンスが弱体化しない仕組みの「KRI-J(Kidney Research Initiative-Japan)」を構築した。KRI-Jは、腎臓病に関するステークホルダーが同じ方向を向いて薬剤、診断法、機器開発を支援するプラットホームである。
 

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