脳血管の「バリア」を守る新たな仕組みを発見
福井大学学術研究院医学系部門の木戸屋浩康教授らの研究グループは、体内にもともとある脂質リゾホスファチジン酸(LPA)をマウスの脳梗塞モデルに投与することで、脳梗塞でダメージを受ける範囲が約60%小さくなり、血液脳関門の破綻が抑えられることを発見した。
LPAは、血管のバリアを保つタンパク質「クローディン5」の働きを維持することで、脳梗塞のダメージを軽減する効果を発揮していた。さらに、こうした保護作用が、血管の内側をおおう血管内皮細胞に多く存在するLPA4受容体を介して生じることを、遺伝子改変マウスを用いて実証した。
脳梗塞は世界的に主要な後遺症・死亡の原因の一つであり、発症後に起こる血液脳関門(脳の血管のバリア)の破綻が、脳のむくみや炎症を招いて二次的な脳のダメージを悪化させることが知られている。だが、この脳の血管のバリアを守る有効な治療法は、これまで確立されていなかった。同成果は、血管のバリアを守るという新しい視点から、脳梗塞の治療法開発につながるものと期待される。
脳梗塞は、脳の血管が詰まって血流が途絶え、神経細胞が障害される疾患であり、世界的に成人の後遺症・死亡の主要な原因となっている。近年、詰まった血栓を溶かす血栓溶解療法や、血栓を取り除く血栓回収療法が普及してきたが、これらの治療を行っても十分に回復しない患者は少なくないのが現状であった。
その一因として、脳梗塞の発症後に起こる血液脳関門の破綻が注目されている。血液脳関門は、脳の血管内皮細胞同士がタイトジャンクションと呼ばれる接着構造で強固につながることで形成される、血液と脳をへだてるバリアだ。
脳梗塞が起こるとこのバリアが壊れ、血液中の成分や炎症細胞が脳内に漏れ出して、脳のむくみ(脳浮腫)や炎症を引き起こし、脳のダメージをさらに悪化させる(図1)。

そのため、血液脳関門を保護することが、脳梗塞の新たな治療戦略として期待されてきた。
一方、リゾホスファチジン酸(LPA)は、細胞の増殖や移動などを調節する脂質メディエーターで、6種類の受容体(LPA1〜LPA6)を介して多彩な働きを示す。
これまで脳血管においてLPAはむしろバリアを壊す方向に働くとする報告が多く、その作用は受容体の種類によって大きく異なると考えられてきた。だが、脳梗塞時に血液脳関門を保護しうる受容体や、その仕組みは明らかにされていなかった。
研究グループは、マウスの中大脳動脈の末梢枝を閉塞させて脳梗塞を起こすモデル(dMCAOモデル)を用い、脳梗塞を起こした直後から12時間ごとに計5回LPAを投与して、その効果を解析した。
その結果、LPAを投与したマウスでは、投与しなかったマウスと比べて脳梗塞の体積が約60%減少し、脳のむくみも軽減された。
色素やトレーサーを用いて血液脳関門の状態を評価したところ、LPA投与により血管からの漏れ出しが大きく抑えられていた。さらに、タイトジャンクションを構成するタンパク質クローディンが、LPA投与によって維持されていることを確認した。
一方で血管の数自体には差がなかったことから、LPAは新たな血管をつくるのではなく、既存の血管バリアの機能を保つことで効果を発揮していると考えられた。
また、血管からの漏れ出しが抑えられた領域では、神経細胞も比較的よく保たれていた。この現象は、血管のバリアを守ることが、その内側にある神経細胞の保護にもつながることを示している(図1)。
治療によって脳の中で何が変化しているのかを調べるため、遺伝子の働きを網羅的に解析した。すると、LPA投与によって血管を安定させたり傷ついた組織を修復したりする遺伝子の働きが高まる一方、炎症に関わる遺伝子の働きが抑えられていることがわかった。
次に、どの受容体がこの保護作用を担うのかを調べるため、1細胞ごとに遺伝子の働きを解析する単一細胞解析を行った。その結果、LPA4受容体が血管内皮細胞に選択的に発現しており、しかも脳梗塞を起こした後もその発現が維持されていることがわかった。
決定的な証拠として、LPA4受容体を欠損させたマウスでは、LPAを投与しても脳梗塞の縮小や血液脳関門の保護効果が認められなかった。これにより、LPAの保護作用がLPA4受容体を介して生じることが明確に示された。
同研究は、LPA–LPA4シグナルが脳梗塞時の血液脳関門を保護する新たな仕組みであることを明らかにしたものだ。LPA4受容体は血管内皮細胞に特異的に発現し、脳梗塞後もその発現が保たれることから、LPA4受容体を狙った治療薬の開発が有望と考えられる。
特に、LPA4受容体を選択的に活性化する薬剤が開発されれば、現在の血栓溶解療法や血栓回収療法と組み合わせることで、血流の再開通時に起こる血液脳関門の破綻を抑え、治療効果を高められる可能性がある。
今後、脳梗塞発症からどのくらいの時間まで効果があるか(治療可能時間)の検討、血流が再開する病態モデルでの検証、長期的な機能回復への影響、薬剤としての安全性の評価などを進め、臨床応用に向けた研究を行っていく。

