金沢工業大学、徳島大学、香川大学、産業技術総合研究所からなる研究チームは3日、脳不調時に肝臓も同時に不調になるメカニズムを明らかにしたと発表した。脳における脳由来神経栄養因子BDNFの発現低下が末梢臓器である肝臓の疾患発症に関与することを解明したもの。
心身の健康は我々の願いである。同研究では、神経細胞を成長させる脳由来神経栄養因子(BDNF)が低下したとき、肥満、代謝の低下、さらに今世界的に問題となっている肝臓の疾患非アルコール性脂肪肝炎NASHを発症することを発見した。
「脳由来神経栄養因子BDNF」は脳の発達、記憶と学習をはじめとする脳の働きに必須のタンパク質として知られている。だが、その役割は脳だけでなく、摂食、体重のコントロールにも関与することも報告されている。
そこで金沢工業大学などの研究チームは、BDNFの発現量が低下したマウスの末梢臓器を調べた。その結果、BDNF発現低下マウスは著しい脂肪肝を呈しており、驚いたことにその肝臓には非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を発症していた。マウス肝臓のRNA発現解析(RNA-seq)もNASHを発症していることを支持していた。今後、脳と肝臓の疾患としてのつながり、心身の健康の考え方について新たな示唆を与えるものと期待される。
これらの研究成果はジョン・ワイリー・アンド・サンズ社の科学雑誌 「The Journal of Pathology」(Published: 02 October 2023)に掲載された。同科学雑誌は、1892年に創設された伝統ある英国の医学雑誌である。
NASHは、メタボリックシンドロームを基盤病態とする肝臓の生活習慣病である。だが、単なる脂肪肝とは異なり、肝臓組織にリンパ球や好中球が浸潤する肝細胞が風船様に変性するといった炎症の発生、肝臓組織にコラーゲンが蓄積する線維化を顕著な特徴としている。
これらの病態の持続は肝不全や肝癌などのリスクにもなりうるため、NASHの治療および診断技術の開発は世界的に急務となっている。
NASHの発症には、肝臓における代謝障害のみならず、肝外組織の炎症などが関与することが近年報告されている。
そこで、研究グループは「脳機能の低下とNASHの発症が関係するかもしれない」との仮定を立て、BDNF発現低下マウスにおいて肝臓組織の病理組織学的解析とトランスクリプトームの解析を中心に行い仮説の検証を行った。
その結果、BDNF発現低下マウス(2種類のBDNF遺伝子改変マウス)においてヒトのNASHの臨床学的特徴のすべてを発症することを見出した。
すなわち、肥満、高血糖、高インスリン血症、肝臓における脂肪蓄積、炎症および線維化である。また、肝外病変として脂肪組織における炎症像(crown-like structure)も確認した(図1)。
トランスクリプトームの解析では、脂質代謝障害や好中球の浸潤、酸化ストレスの亢進などを示す遺伝子の挙動がみられ、これらもBDNF発現低下マウスが自己免疫性肝炎や薬剤性肝障害などの他の肝疾患ではなくNASHを発症していることを支持した。
BDNF発現低下マウスには、記憶・学習への影響だけなく、BDNFが摂食中枢に抑制的に作用することから過食といった肥満関連代謝障害が知られている。そこで研究グループは、BDNF発現低下マウスに摂食制限を施し、肥満に依存しない、BDNFの肝臓への直接的作用を確認した。
すなわち、BDNF発現低下マウスでは摂食制限によって体重増加や血糖値上昇が抑制されているにもかかわらず、肝臓では好中球を含む炎症細胞の浸潤を見出した。
この結果は、神経栄養因子BDNFと末梢臓器の疾患NASH発症の直接的関係を示唆すると同時に、BDNF研究が脳から末梢臓器へと新たな展開を迎えることを意味する。