実臨床でのDPP-4阻害薬による膵癌発症リスクの安全性確認 岐阜大学が国内医療ビッグデータ解析

 矢部大介岐阜大学大学院医学系研究科教授・関西電力医学研究所副所長らのグループは26日、国内の医療ビッグデータを用いて、DPP-4阻害薬が他の経口糖尿病薬と比較して、膵癌の発症リスクを上昇させないことを明らかにしたと発表した。
 わが国で糖尿病治療薬の処方を受ける人の6割以上に使用されるDPP-4阻害薬は、臨床開発治験や市販後調査により十分な安全性、有効性が確認されてきた。だが、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬の使用が膵癌の発症リスク上昇を危惧する声があった。世界規模で行われたDPP-4阻害薬の臨床研究の多くで、DPP-4阻害薬による膵癌の発症リスク上昇は認められていない。
 とはいえ、膵癌に対する安全性を証明するには多数の患者を長期間観察する必要があり、これまでに行われてきた臨床研究では不十分とされてきた。
 今回の診療上得られる医療データを用いた検討は、リアルワールドエビデンス研究と呼ばれ、様々な背景を有する多数例を対象として、薬剤や医療行為の影響を長期に観察することができるため、比較的頻度の少ない副作用の検出にも有用とされている。
 同研究では、DPP-4阻害薬がわが国で使用できるようになった2009年12月から、研究開始時に入手可能であった2019年6月までの期間において、DPP-4阻害薬を新たに開始した6万1430人とDPP-4阻害薬以外の経口糖尿病薬を開始した8万3204人において、アルコール多飲や慢性膵炎など膵癌の発症リスクとなる状態を補正したうえで、膵癌発症リスクを比較検討した。
 いくつかのリアルワールドエビデンス研究の限界点も考慮すべきであるが、諸外国に比してDPP-4阻害薬を使用する糖尿病のある人が圧倒的に多いわが国において、DPP-4阻害薬が他の経口糖尿病薬と比較して、膵癌の発症リスクを上昇させないことを明確化した本研究成果は意義深いものと考えられる。
 なお、同研究成果は、Journal of Diabetes Investigation誌のオンライン版に掲載された。
 糖尿病の大半を占める2型糖尿病では、インスリンとよばれる物質が十分に分泌されない(インスリン分泌障害)、もしくは十分に作られていても働きが悪いため(インスリン作用障害)、血糖値が慢性的に高くなる。
 欧米白人の2型糖尿病では、肥満によるインスリン作用障害が主な特徴である一方、日本人を含む東アジア人の2型糖尿病では、インスリン分泌障害を主な特徴として、あまり太っていないのに2型糖尿病を発症する。
 このような2型糖尿病における人種差から、日本や東アジアの国々ではインスリン分泌障害を改善する治療薬が多く使われてきた。インスリン分泌を促進する治療薬として、従来、スルフォニル尿素薬(SU薬)やグリニド薬が頻用されていたが、2009年に低血糖リスクの低いDPP-4阻害薬が使用可能になって以降、わが国で糖尿病治療薬を使用する人の6割以上にDPP-4阻害薬が使用されている。
 DPP-4阻害薬の安全性や有効性については、臨床開発治験や市販後調査等により十分な安全性、有効性が確認されてきた。だが、実験動物を用いた一部の研究結果から、DPP-4阻害薬による膵癌の発症リスク上昇を危惧する声があった。
 膵癌は、複数の遺伝子変異が重なり多段階的に発生するため、最初の遺伝子変異から10年以上かかり進行癌となるともいわれている。このため、特定の治療薬の膵癌に対する安全性を証明するには、多数の症例を長期に観察する必要がある。従って、DPP-4阻害薬について行われてきた臨床開発治験や市販後調査等をもとに膵癌の発症リスクを十分に議論することができなかった。
 こうした背景から、同研究では、国内の医療ビッグデータ(健康保険組合に所属する加入者が医療機関を受診した際に発行される全レセプト、健康診断結果)を用いて、DPP-4阻害薬と他の経口糖尿病薬を比較して、膵癌の発症リスクを検討した。
 今回の検討では、わが国の2009年12月~2019年6月の期間において、DPP-4阻害薬を新たに開始した6万1430人とDPP-4阻害薬以外の経口糖尿病薬を開始した8万3204人を比較した。DPP-4阻害薬と他の経口糖尿病治療薬の比較において、膵癌の発症頻度や膵癌を発症するまでの期間について、有意な差を認めなかった(図1)。

図1 DPP-4阻害薬とその他の経口糖尿病薬で膵癌発症までの期間に差は認めなかった


 膵癌のリスクとなる加齢や性別、膵疾患(膵管内乳糖粘液性腫瘍や慢性膵炎、膵嚢胞)、アルコール多飲を考慮しても、DPP-4阻害薬の使用による膵癌の発症リスク上昇は認めなかった(表1)。

表1 多因子解析においてDPP-4阻害薬内服による膵癌リスクの上昇は認めなかった

 これらの結果から、わが国の日常臨床で集積された医療ビッグデータからは、DPP-4阻害薬の使用が膵癌の発症リスクを上昇させるということはなかった。同研究成果は、わが国で糖尿病治療薬の処方をうける人の6割以上に用いられるDPP-4阻害薬の安全性を確信するうえで重要な知見といえると考えられる。
 同研究では、リアルワールドエビデンス研究として日常診療から得られる医療ビッグデータを活用して、糖尿病治療薬DPP-4阻害薬の使用により膵癌の発症リスクが上昇しないことを明らかにした。こうした研究手法は、DPP-4阻害薬以外の糖尿病治療薬はもちろん、他疾患の治療薬の安全性評価にも有効と考えられる。
 同研究では、レセプトや健診データをもとに解析を行ったが、近年注目される個人の健康・医療・介護に関するデータを一元的に保存するPHR(Personal Health Record)が普及すれば、医療機関での採血検査や画像検査のデータはもちろん、自宅での血圧や血糖、体重などのデータ、食事や運動のデータも含め、AI等を用いたデータ駆動型研究を行うことで治療薬の安全性や有効性の確認のみならず、有効かつ安全に治療薬を用いる方法を明らかにすることも可能になると期待される。

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