HIF-PH阻害薬「ロキサデュスタット」の甲状腺ホルモン検査値への影響をリアルワールドデータで発見 関西電力医学研究所、関西電力病院、岐阜大学

 関西電力医学研究所、関西電力病院、岐阜大学の共同研究グループは、電子カルテデータから、腎性貧血の新規治療薬HIF-PH阻害薬「ロキサデュスタット」が、甲状腺ホルモン検査値へ影響(TSH・遊離T4の減少)を与える一方、別のHIF-PH阻害薬であるダプロデュスタットは明らかな影響がみられないことを世界で初めて報告した。
 同研究成果は、ロキサデュスタットが甲状腺ホルモン検査値へ有意な影響を与えることを示すとともに、検査値通りの甲状腺機能低下症の症状を示さない可能性も考えられることから、ロキサデュスタット投与中の患者における甲状腺ホルモン検査値の解釈は注意が必要であるとともに、ロキサデュスタットはリアルワールドでヒトに対して甲状腺ホルモン様作用を持つ可能性が示唆される重要な知見であると考えられる。
 ロキサデュスタットはその化学構造上、甲状腺ホルモンであるT3(トリヨードサイロニン)様の骨格をもつことから、TSHを抑制し、T3,T4を低下させると考えられた。一方で甲状腺ホルモン値が低下している場合でも、甲状腺機能低下症様の検査データ(コレステロールやCKの上昇など)は認められず、ロキサデュスタットが甲状腺ホルモン様作用を持つ可能性が示唆された。そのため、ロキサデュスタットを使用中の患者における甲状腺ホルモン検査値の判断については十分な注意を要する。
 同研究成果は、2023年8月19日に米国内分泌学会の機関誌「Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism」で公開された。
 HIF-PH阻害薬は、腎性貧血の新規治療薬として世界に先駆けて本邦で使用開始となり、現在5種類の薬剤が臨床応用されている。だが、その有効性および安全性については依然として不明な点もあった。その中で、初めて本邦で市場に投入されたロキサデュスタットについては、その構造上甲状腺ホルモンであるトリヨードサイロニン(T3)様の骨格をもつことから、甲状腺ホルモン代謝への影響が以前より示唆されていた。
 甲状腺ホルモンは、生体でのエネルギー代謝の調整に重要な役割を果たしている。代謝を活性化させることで体温を一定に保つ働きや、心拍数を増加させ、脂質や糖質の代謝にも影響を与え、全身のエネルギー利用のバランスを調整する。甲状腺ホルモンが不足すると体全体の機能が低下し、ホルモンが過剰な場合は過度な活動を引き起こし得る。
 甲状腺ホルモン分泌は、脳下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)によって調節されており、血中の甲状腺ホルモン濃度が低くなると脳の甲状腺ホルモン受容体(THR)βが検知し、下垂体からTSHが分泌され甲状腺に作用し、甲状腺ホルモンの分泌を刺激する。
 逆に、甲状腺ホルモン濃度が高まると、TSH分泌は抑制され、甲状腺ホルモンの分泌も減少する。このようなフィードバック機構によって、体内の甲状腺ホルモンのバランスが保たれている。
 T3様骨格を有するロキサデュスタットについて、基礎研究では甲状腺ホルモン受容体(THR) βを活性化させ得ることが報告されており、甲状腺ホルモン不応症に対する治療候補薬としての検討もなされていた。加えて、症例報告でも甲状腺ホルモンの検査値が低値となったものが報告されていた。ただし、他のHIF-PH阻害薬における甲状腺検査値への影響も含めて、依然として詳細は明らかではなかった。
 そこで、共同研究グループは、HIF-PH阻害薬の甲状腺機能検査値への影響について、薬剤投与における甲状腺検査値の変化、及びHIF-PH阻害薬剤間に違いを認めるか否かを検討するため、関西電力病院でロキサデュスタットもしくはダプロデュスタットの投与が開始され、かつ薬剤開始前後で甲状腺機能(TSH, 遊離T4)が測定されていた患者について、血液検査結果及び臨床学的指標を後方視的に解析した。
 今回の検討では、ダプロデュスタットを使用している患者では投与前後で有意な甲状腺ホルモンの変化は認められなかったが、一方でロキサデュスタットを使用している患者では有意にTSHおよび遊離T4の低下を認めた。
 さらに、ロキサデュスタット群では、ダプロデュスタット群に比べ薬剤投与後遊離T4が低下する例を有意に多く認めていた(図1)。

図1 ロキサデュスタットおよびダプロデュスタット使用前後におけるTSHおよび遊離T4の変化の相関関係
ロキサデュスタット群は有意に遊離T4(FT4)・TSHが低下し、ダプロデュスタット群に比べ薬剤投与後FT4が低下する例を有意に多く認めた。 (90%:38% p<0.05; Fisherの正確検定)

 これらの結果から、ロキサデュスタット特有の事象として、投与後にTSHおよび遊離T4の低下を認めることが示された。なお、ロキサデュスタットがT3様骨格を有するため、生体内で甲状腺ホルモン様作用をしていることが否定できないことから、実際に検査値通りの甲状腺機能低下症としての症状が認められているか否かを検討するため、遊離T4と総コレステロールやCKの変化についての相関関係を検討した。その結果、遊離T4が低下している症例についても明らかな総コレステロールおよびCKの上昇は認められなかった(図2)。

図2 ロキサデュスタットおよびダプロデュスタット使用前後における遊離T4の変化と総コレステロール値・CK値との関連
T-choやCKはHIF-PH阻害薬投与前後の変化に有意差は認めず、また遊離T4(FT4)低下症例でのコレステロール・CKの著明な上昇は認めなかった。

 これらの研究成果は、ロキサデュスタットが甲状腺ホルモン検査値へ有意な影響を与えることを示すとともに、検査値通りの甲状腺機能低下症の症状を示さない可能性も考えられることから、ロキサデュスタット投与中の患者における甲状腺ホルモン検査値の解釈は注意が必要であるとともに、ロキサデュスタットはリアルワールドでヒトに対して甲状腺ホルモン様作用を持つ可能性が示唆される重要な知見であると考察される。
 今回の検討は、単施設で後ろ向きにHIF-PH阻害薬と甲状腺ホルモン検査値の関連について示したものであり、今後は前向き研究や基礎的な研究を通じて、HIF-PH阻害薬と甲状腺機能の関連についてより詳細な検討が必要であると考えられる。
 また、ロキサデュスタットが実際に甲状腺ホルモン様作用を認めるか否かについては基礎的研究を含めさらなる研究の進展が望まれる。

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