持効性注射剤「ボカブリア水懸筋注」によるメンタルヘルスを重視したHIV治療に期待 岡慎一ACCセンター長

岡氏

 塩野義製薬がグラクソスミスクライン(GSK)およびファイザーとともに資本参加するグローバルな HIV 領域のスペシャリスト・カンパニーのヴィーブヘルスケアは13日、「HIV感染症の最新治療と今後の展望~HIV感染症治療の新しい時代へ~」をテーマにメディアセミナー開催した。
 今回のセミナーは、5月31日に厚労省より日本初の持効性注射剤の抗 HIV治療薬として「ボカブリア水懸筋注(カボテグラビル注射剤)」の製造販売承認取得を契機に実施されたもの。
 セミナーでは、岡慎一国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター(ACC)センター長が、「HIVは、治療の進歩により劇的に予後が改善したものの、治療の長期化によってHIV感染の事実が患者の精神的負荷になっている」と指摘。
 その上で、「1ヶ月または2ヶ月に1回投与のロングアクティング抗HIV注射剤‟ボカブリア水懸筋注”の登場により、HIV患者は注射日以外はHIV感染を忘れることができ、メンタルヘルスを重視した新しい治療が期待できる」と訴求した。
 日本にはHIVとともに生きる人々が約3万人存在する。その数は今も増加傾向にあり年間1000人以上の人が新たにHIVに感染しており、HIVの蔓延防止は依然として取り組むべき問題となっている。
 その一方で、今やHIV感染症は、適切に診断、治療を受け、服薬を続けることで、非感染者と変わらず日常生活を維持できるまでになってきた。治療薬の合剤化などが進み、日々に服用する回数、錠数が減少している。
 とはいえ、疾患の性質から生涯服薬の継続を要するため、有効性を維持しつつ服薬の負担と副作用リスクを軽減する新しい治療薬の登場が待ち望まれていた。
 こうした中、「ボカブリア水懸筋注」が、日本初の持効性注射剤の抗HIV治療薬として5月31日に厚労省より製造販売承認を取得した。

サイモン氏


 メディアセミナーでは、サイモン・リ ヴィーブヘルスケア代表取締役社長が、これまでの抗HIV治療薬のアンメットメディカルニーズの課題として、「HIV陽性者は、薬を飲むときに周囲に疾患がばれてしまうことを懸念している」、「毎日のHIV薬服用を忘れないことへの不安」、「毎日抗HIV薬を服用するときに陽性を改めて認識し、悩む」を列挙した。
 さらに、「これからのHIV治療は、薬剤の投与頻度減少が重要課題となる。我々は、多様な治療選択肢を提供することでHIVとともに生きる人々のニーズにさらに応えていきたい」と訴えかけた。

HIV感染を忘れることができる「ロングアクティング」の時代へ移行

 続いて岡氏は、「HIV感染症の歴史と治療の進歩」、「HIV感染者の予後解析、「メンタルヘルスの重要性」、「ロングアクティング治療薬による新しい治療の時代」について講演した。
 1990年前後のHIV治療は暗黒の時代で、治療薬は1~2種類しかなく、しかも耐性ですぐに効かなくなてしまい、毎日のように患者が亡くなっていった。また、HIV治療よりも日和見感染の診断と治療が重要視された。
 その後、1996年頃からは、核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI)、プロテアーゼ阻害薬(PI)などの薬剤を組み合わせて併用するART(抗レトロウイルス療法)の幕開けとなった。ARTは、副作用も強く、きちんと薬剤を服用しなければ薬剤耐性が惹起するため、‟服薬指導”がより重要視されていた。
 2000年を超えるとHIV治療薬の副作用や服用回数が減少し、「きちんと治療を受ければ普通の人と同様の余命が得られる」ようになった。2015年頃には、治療の簡略化で劇的に予後が改善。2020年以降は、予防と根治の時代へと突入している。
 近年では、特にメンタルヘルスの重要性が訴求され、ロングアクティング治療薬による新しい治療の時代を迎えた。
 血友病HIV感染者30年をまとめると、死病数は2002年以降減少している。1997年以降エイズ関連死は減少し、2000年以降HCV関連死が増加し、HIV/HCV関連死は減少している。現在では、HCVも治療すれば治癒する疾患となっている。
 ACCに登録されたHIV感染者2014-2019年6年間の死亡原因は、AIDS:16%、非エイズがん(NADM)23%、メンタルヘルス関連(疑い含む):29%、心・腎・血管系:12%、肝関連(HCC含む)10%、その他・不明:10%となっている。
 死亡原因は、AIDSからNADM、心・腎・血管系やメンタルヘルス関連に移りつつある。その中で、HIV患者の非エイズがんの発症は、一般の人よりも10歳程度早く惹起するので注意を要する。
 また、メンタルヘルスは、日々の生活の中に目に見えない負担が生じていると考えられるため、その重要性が指摘されている。
 近年のHIV薬は、より予後を改善し、服用回数もSTR(single tablet regimen1)などの拡大により、BID (twice daily)からQD(once daily)が主流となっている。とはいえ、QDにおいても1日1回の服用時にHIV感染のことを思い出すため患者のメンタル的負担になっている。
 そこで岡氏は、2016年からロングアクティングのカボテグラビルとリルピビリンの注射薬を維持療法として投与したP3試験(FLAIR試験)に日本から参加した。同試験は、治療が初めての患者に経口薬(DTG/ABC/3TC)を20週間投与してウイルスが抑制されたことを確認し、同じ治療の継続か月1回の注射かを割り付け、48週での治療効果を判定するもの。
 その結果、ロングアクティング治療は、Primary & Secondary endpointにおいて、共に従来治療と非劣性であることが証明された。有害事象もロングアクティング治療特有のものは見られなかった。これらのデータは、2019年のCROIで報告された。
 患者満足度の質問では、ロングアクティング治療への満足度が有意に高く、どちらを好むかという質問では、回答した患者の99%がロングアクティング治療を選んだ。
 この結果は、日本人におけるサブ解析でも同様で、ロングアクティング治療群の患者は全例ロングアクティング治療を好んだ。
 2か月に1回注射投与するATLAS-2M試験でも、被験者の98%がSTRより2か月に1回注射(Q8W)を好み、94%が1カ月に1回注射(Q4W)より2か月に1回注射(Q8W)を好んだ。
 近年のHIV治療は、「QDから、QM( monthly)へ」、HIV感染を忘れることができる「ロングアクティング」の新しい時代へと移行しており、メンタルヘルスを重視した新しい治療が期待される。

治療薬でウイルス量を抑制すれば一切の不安・差別・偏見は不要

 一方、782組のゲイカップルの2年間にわたる観察期間で、ウイルスが検出限界以下に抑えられていた場合、コンドーム無しの性行為を7万6088回行ったが、カップル間の感染はゼロであった。
 この結果は、「The U=U (undetectable equals untransmittable) campaign」を支持する科学的裏付けとなっており、‟治療薬でウイルス量を抑え”てさえいれば、すべて自由で、一切の不安・差別・偏見は不要である。「コンドーム不要」、「子供も作れる」、「仕事もできる」

渡邊氏

 渡邉智幸ヴィーブヘルスケアメディカルアフェアーズ部門長(医師)は、カボテグラビル+リルピビリンの2ヵ月に1回投与と1ヵ月に1回投与の有効性を比較したATLAS-2M試験について説明。
 48週において、カボテグラビル+リルピビリン2ヵ月に1回投与の1ヵ月に1回投与に対する有効性の非劣性(主要評価項目)が示された。
 また、48週時で注射部位反応(ISR)は、2ヵ月に1回投与群で30%、1ヵ月に1回投与群で20%であった。
 渡邊氏はDHHS (米国保健福祉省) ガイドラインにも言及し、ロングアクティング療法は、「経口剤で3-6か月ウィルス学的に抑制されており、治療参加意欲のあり、注射のための頻回の診療に同意している患者への最適な治療オプション」と定義していると紹介。
 さらに、ハロザイム社と提携して、3カ月に1回以上の長時間作用型抗HIV注射剤を開発していることも明かした。

手代木氏

 手代木功塩野義製薬社長は、塩野義が取り組む社会課題として「感染症の恐怖からの解放」を強調した。
 塩野義製薬は、60年以上の長きに渡って感染症に取り汲み、新型コロナ感染症の早期終息、インフルエンザやAMRを含む重症感染症への貢献、HIVなど3大感染症薬の開発を推進してきた。
 抗HIV薬については、GSKと1999年から2000年にかけて塩野義の研究所で見い出した世界初のインテグラーゼ阻害薬(INSTI)「S-1360」の開発に着手。以降、より効果のある安全性のバランスに優れた抗HIV薬の開発をジョイントベンチャー会社の「GSKシオノギ」で進めてきた。
 さらに、GSKがヴィーブ社を創設したため、GSKシオノギをヴィーブ社に譲渡し、後日塩野義がヴィーブ社に資本参加して現在に至る。
 手代木氏は、「その間、多くの失敗を経て、HIVインテグラーゼ阻害薬ドルテグラビル、カボテグラビルを創出し、やっとSTR(2剤療法)に辿り着いて完成度の高いHIV治療法が確立できた」と振り返った。
 さらに、「今後のHIV治療は、薬を飲み続けなければならない慢性患者としてさらなるQOLの改善が必要となる。それを実現すべく、世界初の持続性注射剤‟カボテグラビル+リルピビリン”を開発した」と明言。
 その上で、「ヴィーブ社とのパートナーシップにより、HIVとともに生きる方々のQOL向上に寄与すべく、今後も継続して必要とされる治療薬の提供を目指したい」と抱負を述べた。

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