治療薬・ワクチンの今  森下竜一阪大教授が神農祭道修町文化講演会で講演 (第2編 その2)

米国は軍がワクチン開発に投資、日本も複数モダリティに国が投資を

 アンジェス以外の国内勢では、塩野義製薬がグループ会社のUMNファーマが有する昆虫細胞などを用いたタンパク発現技術「BEVS」を活用した遺伝子組換えタンパクワクチンを開発している。遺伝子組換えタンパクワクチンは、ウイルスの遺伝子情報から目的とする抗原タンパクを発現・精製後に投与に供される。
 遺伝子情報そのものを投与し、体内で抗原タンパクを合成させるmRNAワクチン等の新規技術と比べて、抗原発現や精製に一定の開発期間を要する一方で、BEVSを活用したインフルエンザ予防ワクチンをはじめ、複数の製品がその効果と安全性を基に承認・実用化されている確立された技術である。遺伝子組み換えタンパクワクチンは、2020年内にP1、年明けにP2を国内で行い、2月または3月からの大規模P3試験はグローバルに実施する。
 ワクチンの生産は、UNIGEN社(原薬製造)、アピ社(製剤製造)と連携して、来年3月までに第一期の供給体制を構築し、2021年末までに増産体制(3000万人分~供給)構築を完了する。
 さらに、KMバイオロジクスの不活化ワクチン、第一三共のRNAワクチン(いずれも前臨床)などの開発が進められている。
 インフルエンザなど通常のワクチンは、有精卵に不活化・弱毒化したウイルスを打ち、卵の中でウイルスを増殖させ、そのウイルスのタンパクがたくさん増えて、それを抗原としてヒトの体内に接種して抗体を作るキメラ法が取られている。
 だが、新型コロナウイルスは、ウイルスを弱毒化する方法の開発に時間を要している。また、鶏の卵ではウイルスが増えないので、増殖にサルの腎臓細胞を用いる必要があり、生産システム構築にも時間が掛かる。


 「日本勢のワクチンのプレゼンスは弱い」との指摘があるが、その要因は海外とのワクチンに対する考え方の違いにある。米国では、バイオテロ対策として普段から軍がお金を出してワクチンの開発を行っている。
 日本でも安心安全の観点から複数のワクチンのモダリティを国が資金を投じて引き続き研究しておく必要がある。製造も含めて非常時にどのように対処するかを決めておかなければ、新型コロナの教訓を活かすことはできない。
 人と家畜が一緒に暮らしている中国では、どうしても今回のような事態が引き起こる要素がある。なぜなら、新型ウイルス感染症が発症して中国のトップが指令を出すまでに、日本に入って来る可能性があり、水際対策は用をなさないからだ。今後、わが国は、新しいウイルスが入って来ることを前提に、どれだけ早くワクチンを開発・供給するか取り組んでいく必要がある。
 加えて、ファイザーはドイツのビオンテック、アストラゼネカはオックスフォード大学と、ワクチンのシーズはベンチャーから得ている。従って、国が新しいモダリティを活用してワクチンを作るベンチャーを支援することも重要である。大企業は、ビジネス的にワクチンの開発は難しいため、ベンチャーが創出したものを大企業が生産・供給する2段階の仕組みの構築が急がれる。

複数のワクチンが輸入された場合の投与配分が課題に

 世界で開発が先行している様々なモダリティのワクチンは、有効性においていずれも良い成績が示されており期待できると思っている。その一方で副作用の発症は、各手法によってかなりのバラツキがある。
 ファイザーのワクチンは、倦怠感60~70%、頭痛80~100%、モデルナでは倦怠感70~80%、頭痛60~100%で、ほぼ副作用が出るのが前提である。ただし、副作用は、一過性のものと報告されている。新型コロナウイルスは若い人は症状が出ないが、むしろワクチンを打った方が症状が出るという矛盾が生じてしまうため、若い人がワクチンを打ってくれるかどうか心配なデータになっている。
 アストラゼネカのワクチンは、ヒトのアデノウイルスを用いると風邪に掛かったヒトが抗体を持っている可能性があるので、チンパンジーのアデノウイルスを投与している。こちらも倦怠感60%、頭痛60%出現しており、アデノウイルスのワクチンでは、肝機能障害にも注意する必要がある。
 また、米国では、発熱を抑えるためにアセトメンタム4000mg使用しているが、日本の最高用量は300mgなので、わが国ではどのうように発熱をコントロールするかも課題になる。
 中国のカンシノのワクチンは、人民解放軍で使用許可されているとの報道がある。このワクチンには、ベクターにアデノウイルスを用いており、アデノウイルス5型はヒトでの感染が多いため、5型とロシアのアデノウイルス26型の2種類のアデノウイルスが混合されている。
 いずれにしろ、副作用はワクチン毎に非常に差があるため、これから先はどのように色々な種類のワクチンを使って行くかが大きな課題となる。同時に認可された場合、医師も含めて非常に困難を来すと考えられる。
 その一方で、有効性について、モデルナからの臨床試験結果は朗報である。
 その内容は、米国で3万人以上を対象に実施したP3相試験(2回接種)の結果、95人が発症。ワクチン接種組は5人で、90人はプラセボを摂取したグループで、有効性は94.5%に上る。うち、重傷者11人は全てプラセボであった。
 有害事象は、大部分が軽度(グレード1)か中等症(グレード2)で、グレード3(重大だが、直ちに生命を脅かすものではない)の頻度は2%以上。2回目の接種後に倦怠感(9.7%)、筋肉痛(8.9%)、関節痛(5.2%)、頭痛(4.5%)、痛み4.1%であった。
 これらの好データも、今後、半年、1年経過したときにどのくらい有効性を保持できるのか、副反応が今後どうなるのかなどの点をしっかりとみていく必要がある。
 日本政府の新型コロナワクチン供給体制については、ファイザーと6000万人分、モデルナと1500万人分、アストラゼネカと6000万人分の契約をしており、来年のオリンピックまでに全国民に供給できると発表されている。
 新型コロナワクチンの接種費用は国が負担し、副作用が出た場合も国家が賠償するのは良いが、どのような形でワクチンを供給していくかが大きな課題になる。
 複数のワクチンが入ってきた場合、厚労省では県単位としているが、これは少し現実的ではない。例えば大阪府と兵庫県で異なるワクチンを打つと、副作用が起こった場合に集団訴訟になる懸念や、ある県はワクチンを打つがある県は打ちたくないなどの事態が発生する可能性があるなど、様々なリスクを孕んでいる。
 現実的には、ある程度自分の打つワクチンの選択肢を持たさなければ、納得して接種する人が少ないと考えられる。この辺は、今後政治課題になると思うが、どのようにするのか非常に懸念される。
 また、新型コロナワクチンの保管の問題も見逃せない。ファイザーのワクチンは-70度C、モデルナは-20度に保つ必要があり、どのように品質管理をしながら日本に輸入するのか、解凍後は短期間で打たなければならないので接種のやり方をどのようにするのかも大きな課題である。

新型コロナ対策はあと半年が勝負「正しく恐れて適正な対処を」

 森下氏と長谷川幸洋氏(ジャーナリスト)は、「どうする!?感染爆発!!日本はワクチン戦略を確立せよ!」の書籍を出版し、ワクチン戦略の重要性を強調している。現在、新型コロナウイルスの感染が過去最多を更新しているが、一旦横ばいになると予測している。ただし、自主的な自粛が進まないと大爆発になる。
 また、「非常事態宣言が有効であったか」の質問をよく受けるが、「過去の非常事態宣言は非常に有効であった」と考えている。それにより感染を遅延させ、ほぼ半年の時間を稼いだからだ。この半年間で治療方法が判明し、ワクチンの目途も付いてきた。治療薬の目途も付き始めたということで、あともう一度半年の時間を稼げば、かなり対処できてくるだろう。
 とはいえ、もう一度“非常事態宣言”をする必要はないだろう。新型コロナウイルス対策とともに、Go To トラベルキャンペーンも含めて、感染地区を除外しながらアクセルとブレーキを緩めたり噴かせたりして、経済も回していく必要がある。新型コロナウイルスが落ち着いて、いざ元に戻った時に、経済基盤が何も残っていないとなると産業上非常に大きなダメージを被る。我々のワクチンもそうだが、プラスミドDNAが不足しているだけでなく、ワクチンのボトルやキャップなど全ての物流が途絶えている状況で、それぞれの企業が苦労して確保に尽力している。
 日本の産業構造において、中国からの物流が限られてくれば、国内の工場を回し続けることが非常に重要である。感染地区ではない安全なところの経済を回していくためにも、全国一律の緊急事態宣言は意味がない。
 むしろ感染の起こっているところをどの大きさで切り離すか、そういう議論が必要になると思われる。いずれにしろ、あと半年が勝負になる。私は、先が見えてきたと思う。最近、よく「新型コロナは、もはや未知のウイルスではない。ほぼその正体が判ってきたので『正しく恐れる』ことが重要である」と話している。“正しく恐れる”ことで、十分対処できる。国がどうこうというのではなく、自分の行動を変えるのが最も重要である。
      

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