最新の新型コロナウイルスの知見    森下竜一阪大教授が神農祭道修町文化講演会で講演  (第1編)

 大阪少彦名神社の神農祭本祭の23日、大阪薬業クラブで道修町文化講演会が開催され、森下竜一氏(大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学寄附講座教授)が「新型コロナウイルスと大阪ワクチンの進捗状況」をテーマに講演。「新型コロナウイルスの特徴や発生および感染拡大経路」、「日常正しく恐れて留意するポイント」、「治療薬やワクチン開発の現状」について解説した。講演内容を、「最新の新型コロナウイルスの知見」と「治療薬・ワクチンの今」の2編に分けて紹介したい。
 新型コロナウイルス感染症(COVID19)は、新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)の感染によって引き起こされる疾患である。細菌とウイルスは、どちらも小さいため顕微鏡を使わないと見ることはできない。だが、両者の大きさにはかなり隔たりがあり、キリンと金魚の違いと同程度である。すなわち細菌(大腸菌)は0.002㎜、新型コロナウイルスは0.0001㎜程度である。
 コロナウイルスは、表面にスパイクがあり、これを輪切りにすると王冠の形をしているため、その形状からコロナと名付けられた。コロナウイルス自体は、SARS、MERSが出るまでは、通常の風邪の15%が普通のコロナウイルスによるもので、危険なものと理解されていなかった。幸いSARSやMERSは、パンデミックになる前に流行が終息したが、新型コロナウイルスは感染が広がり易い特徴があり、パンデミックに至ってしまった。
 ウイルスは、「生きた細胞に感染して行かなければ、いつか消えて無くなる」7割以上のヒトが新型コロナウイルスに掛かって抗体を獲得すれば、このウイルスを体の中で増やせるヒトは3割を切って来る。そうなれば、ウイルスは十分増えることができずに、何時かは消えてなくなる。これが集団免疫の考え方である。
 だが、新型コロナウイルスに罹患しても十分に抗体価が上昇しない。大阪大学でも調べているが、感染しても中和抗体になるウイルスが増えず、ウイルスを実際に攻撃する善玉抗体ができていないヒトがかなりいる。また、抗体ができても持続時間が短いので集団免疫によるウイルスの根絶は難しい。
 一方、ワクチンは、ある程度抗体の持続期間を持たせるようにできているので、自然に新型コロナウイルスに罹患して免疫を獲得したケースにはなり難い。概ね、1年間有効性のあるワクチンの開発が目標となっているので、ワクチンの場合は、中和抗体ができるとコロナウイルスの侵入を防ぎ、感染予防につながる。加えて、再度、ウイルスが別の細胞に感染して増殖し、重症化するのを防ぐ効果がある。従って、ワクチンの接種率を上げれば、生きた細胞でしか増殖できない新型コロナウイルスの消滅が期待できるというわけだ。
 2003~2004年のSARS-Cov、2012年~のMERS-Covは、死亡率は50%を超える。一方、新型コロナウイルスは、感染者の8割程度が軽傷ですむのが特徴だ。さらに、新型コロナウイルスが他の人にうつるピークが発熱の前の日であることが、パンデミックを引き起こす大きな要因になっている。新型コロナウイルスは、症状が出ていない間にうつしてしまうのに対して、インフルエンザウイルスは、90%が症状が出てからうつるため、発熱等の症状があれば、学校や会社に行かないことが感染防止の有効な手段になっている。
 また、インフルエンザは2日間で症状が進み、そのあとは自然に良くなっていくが、新型コロナウイルス感染症は、2週間程度重症状態が続くため、ベッドの占拠率が高く、患者が増加すれば結果的に医療崩壊に繋がる。
 「インフルエンザで毎年無くなる人がいるのになぜ、新型コロナウイルス感染症だけそんなに大騒ぎるのか」と指摘する人がいるが、その理由はベッドに対する圧迫率が大きく異なるためである。現在の第3波で大阪の感染者は22日には500人上る。感染者は、もう少し増加する可能性もある。だが、今のところ大阪の重症化ベッド占拠率は27~28%なので、すぐに医療崩壊する状態には至っていない。

現在の第3波は今週がピークで、第4波は年明けに

 私個人的には、第3波は今週がピークで、それ以降ある程度収まって来るとみている。日本人は、自主的に自粛をするため、そろそろその効果が出始めると思われる。第4波は、新年を迎える年明けにやって来るのではないかと予測している。お正月にお年寄りが多い古里に帰省する場合には、注意を要する。できれば来年のお正月は、帰省を自粛した方が良いだろう。
 新型コロナ感染症が重症化してもエクモ(人工心肺装置)を使えば50%の患者が助かるものの、そのためには医師・看護師合わせて8名のスタッフが必要になる。従って、エクモの使用は大学病院クラスでないと難しい。大阪では、阪大病院、大阪市大病院、府立病院など何か所かの病院でエクモが使えるので、エクモ数と実際に使える数は同程度である。
 ところが、地方ではエクモが県に1台とか、大学病院でしか使えないケースが多いので、地方で新型コロナ感染症が増えてくると患者数はそう多くなくても致死率が高くなる可能性がある。加えて、地方では、大学病院でしかがん等の治療ができないところもあり、新型コロナウイルス感染症治療により他の医療が圧迫される場合もある。


 新型コロナウイルス感染症は、発症する0.7日前がヒトにうつすピークで、発症すれば、「発症する前日にだれと会っていたか」の保健所の聞き取り調査が入る。だが、その条件に該当しても保険適用となるPCR検査の範囲は非常に狭い。例えば、マスクをした状態で発症者と接していた場合、PCR検査は公費の対象にならない。マスクは感染防止に非常に有効なので、マスクをしていたケースでは、濃厚接触者とみなされないため、自費でPCR検査ができる医療機関を探さねばならない。自費を払ってPCR検査ができる医療機関はそう多くはない。しかも、検査結果が出るまでに3~4日かかってしまうので、その間自宅待機する必要があり、結果的に困難を来す。
 その一方で、新型コロナウイルスの感染予防対策は、それほど難しいことが要求されるものではない。基本的に空気感染はせず、接触感染、飛沫感染が主体である。ただし、エアゾルと言う非常に細かい粒子が空間をさまようので、密閉空間になると感染が拡大してしまう。エアゾール感染が、クラスターのかなりの部分を占めている。
 新型コロナウイルス自体は、膜を持つRNAウイルスなので非常に弱く、石鹸で不活化される。アルコール濃度70%以上で消毒すれば効果は高く、こまめな手洗いが感染を防止する。
 新型コロナウイルス感染は、ウイルスのスパイク部分がヒト細胞のACE2受容体に結合して発症する。ACE2受容体は、気道と舌の表面に最も多く存在し、感染の可能性を左右する。すなわち、会食中やカラオケ、ライブハウスなど、口を開けている空間で、感染が起こり易くなる。
 逆に、マスクをして口を閉じていれば、そうそう感染しない。会食は、マスクを取って口を開けるので感染し易くなる。

マスクは感染防止に非常に有効

 お互いにマスクをして1.8m離れれば感染は起きない。両者がマスクをしていれば距離が近くても感染率は1.5%、感染している人がマスクをしていれば感染していない人がマスクをしなくても5%しかうつらない。だが、感染している人がマスクをしていなければ、感染していない人がマスクをしていても30%うつる。感染している人も感染していない人もマスクをしていない場合は、90%うつる。
 マスクは、自分がかかっている場合は他の人にうつさない。また、マスクをして人と接するのが最も有効な予防策でもある。「三密を避ける」、「マスクをする」、「ソーシャルディスタンスを保つ」、「良く手洗いをする」が、非常に有効な感染防止策となる。


 よくマスコミから「なぜ、大阪は東京より感染者が多いのか」という質問を受ける。大阪は結構家族と住んでいる人が多く、家庭内感染が目立つ。一方、東京は、一人暮らしが多いのが影響しているものと考えられる。同じことは地方でも言えるので、来年の正月対策は、政府として早めに方針を出した方が良いだろう。
 新型コロナ感染症に罹患した場合、潜伏期は2日から14日間で、通常、感染してから5日間で発病する。発病しても無症状な人がかなり多いので、発病に気づかない人も大勢いる。風邪の症状が1週間程度続き、80%の患者が軽症状態で治療される。残りの20%は、急に咳・痰、呼吸困難が出てくる中等症に移行し、肺炎症状が増悪して入院に至る。そこから5%が人工呼吸器の管理が必要となるが、すぐに、呼吸困難になる人はそれほど多くはない。ある程度風邪の症状が長く続いてなかなか良くなって退院してくれないため、ベッド数は逼迫してくる。
 最近、新型コロナウイルス感染者の致死率は下がっている。以前だと80代の人はすぐに亡くなっていたが、現在はかなりの人が助かる。だが、とりあえずベッドの上で命が助かるという状態なので、ICUベッドは埋まっていく形になる。新型コロナウイルス感染者が蔓延すれば、どんどんICUベッドを追加していかなければ混乱が生じる。
 ベッド数だけでなく、医師を始めとする医療従事者数も足りなくなる。今、看護師も疲れて辞めてしまう人が増加しており、熟練した人材を確保し難い。医療スタッフも含めて、医療資源をどのように確保するかが、非常に大きなか課題となっている。また、熱が出た場合は、新型コロナウイルス感染症とインフルエンザの両方の疑いを持たねばならないので、通常よりも負担が大きくなる。医療機関によっては、最初から発熱者を診察しないケースも出てくるので、その場合は混乱が起こると思われる。ちなみに、風邪の症状とは異なる新型コロナウイルス感染症における特異的症状には、味覚・嗅覚障害が挙げられる。

ダイヤモンドプリンス号からの大きな教訓
       
 ダイヤモンドプリンス号の新型コロナウイルス感染症患者のゲノム解析により、ウイルスがどこから来てどのように感染して行ったかの感染経路が判明している。また、2000数百人のデータ比較により、「日本人の感染率・死亡率は、欧米人と差がない」、「一番ウイルスが多いのはトイレの床」という事実も明らかになった。「日本人は新型コロナに掛かりにくい」、「死亡率は少ない」は、誤った認識である。
 また、ダイヤモンドプリンス号で最も新型コロナウイルスが多かった場所は、トイレである。新型コロナウイルスが含まれた糞便をフタを開けて流せば、床や周囲にウイルスが飛び散り、その後入った人が土足で踏んで個室に持ち帰えれば、感染は拡大していく。
 京都大学の山中伸弥教授が新型コロナウイルス感染症で指摘しておられる「ファクターX」は、トイレ習慣が正体だと考えられる。欧米だと、トイレに行った靴を脱ぐことなく新型コロナウイルスを家庭に持ち込む。家庭のトイレをしっかり消毒することも、家庭内感染の予防に繋がる。
 今まで、クラスターが発生したライブハウスのトイレも、きれいではなかった。映画館やホテルはトイレを清潔にしており、そういった場所では、感染は起こり難くなっている。
 ゲノム解析の結果から、現在、ダイヤモンドプリンス号に存在した新型コロナウイルスは、全て根絶している。当時の加藤勝信厚労大臣がウイルスの対処法でかなり責められていたが、封じ込めには成功している。幾つか問題点はあったものの、大まかに言えば対処法は間違っていなかった。
 現在、2月に流行った武漢型の新型コロナウイルスは1割もなく、大半はヨーロッパ型、スペインから来たものが占めている。3月の春休みに学生が旅行して、スペインから持って帰ってきたものが今の流行の中心である。ウイルスのゲノム解析は全て行われており、フォローアップできている。
 ヨーロッパ型と武漢型のウイルスの違いは、ウイルスのスパイクのところにアミノ酸の変異が入っている点で、一か所だけ異なる。変異ウイルスについて東大の中岡先生は、「毒性は変わらないが、感染力は上がっている」と報告している。
 ワクチンは、おそらく多くの国で1~2月に作り出しているため、全て武漢型に対するものであると考えられる。とはいえ、ヨーロッパ型でも基本的には同じ中和活性を持つので、一か所程度の変異であれば今のワクチンでも十分に通用する。
 新型コロナウイルスは武漢で発生し、イラン、イタリア、スペインからヨーロッパ全体や日本、アメリカに拡大した。アメリカからは中南米に広がって行った。


 新型コロナウイルス感染症は、肺炎が一つの特徴で、熱が無くても発症する場合がある。朝方、しんどい人が夕方には人工呼吸器に繋がれるケースもある。息苦しいのは中等度の症状で、トランプ大統領もそれに該当した。CTを撮れば肺炎症状が出るので、しんどいと感じればCT撮影するのも診断の一つの方法である。
 当初、新型コロナウイルスの致死率は80代以上は28.3%、70代14.2%、60代4.7%であった。80代以上の致死率は、8月では8%と1/3に減少し、10月では6%となっている。だが、入院期間は2週間以上を要し、初期の段階でインフルエンザのゾフルーザのようなたたく薬剤が無いので、高齢者はより警戒を要する。
 エクモに繋がれると肺炎では死なずに、血栓が詰まって脳梗塞や心筋梗塞で亡くなる場合が多い。基礎疾患として心筋梗塞や喘息、喫煙の習慣があれば致死率は高くなる。現在は、抗血栓薬等を予防投与するので、血栓で死亡する患者も減少している。
 高齢者も整った環境下に居れば最終的に命を救うことに繋がるので、入院できるようであればできるだけ入院をお勧めしたい。
   

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