統合失調症は、幻覚・妄想などの陽性症状、社会的引きこもり、自発性低下などの陰性症状を生じる。さらには、認知機能障害や不安・抑うつなどの多様な症状を生じ、社会生活上の困難を来たす疾患である。頻度も高く国内の患者数は約80万人に上り、再発することの多い慢性疾患である。 治療において、主流となる非定型抗精神病薬を用いた薬物治療では、体重増加や代謝系副作用の出現により治療継続が困難となる場合が少なくない。
一方、双極性障害は、長期にわたって躁状態とうつ状態を繰り返す疾患で、国内患者数は約22万人に上る。ほとんどの期間に躁状態もしくはうつ状態を呈し、社会生活や家庭生活上での大きな障害になっている。治療の基本となる薬物療法では、躁症状に有効な薬剤が多くあるのに対して、うつ症状の治療選択肢は限られており、しかも効果は未充足であった。
こうした中、これらのアンメットメディカルニーズに応える新たな治療選択肢として、有効性が高く副作用の少ない非定型抗精神病薬「ラツーダ錠20mg、40mg、60mg、80mg」(一般名:ルラシドン塩酸塩)が、本年6月11日、国内で上市された。そこで、ラツーダの有用性や服薬指導のポイントを稲田健氏(東京女子医科大学医学部精神医学講座准教授)に聞いた。
大日本住友製薬で創製されたラツーダは、「統合失調症」および「双極性障害におけるうつ症状の改善」に有効性を示し、体重増加や代謝系の副作用リスクが低い薬剤として、統合失調症では欧米を含む47の国または地域で、双極Ⅰ型障害うつでは米国を含む7つの国または地域で承認されている。
米国では、統合失調症患者を対象とした国際共同フェーズ3試験(PEARL試験)に基づき2010年に、双極Ⅰ型障害うつ患者を対象とした国際共同フェーズ3試験(PREVAIL試験)等の結果を基に2013年に承認を取得し、その後、ブロックバスターへと成長を遂げた。
国内では、統合失調症患者を対象とした国際共同フェーズ3 試験(PASTEL 試験、JEWEL 試験)、双極I 型障害うつ患者を対象とした国際共同フェーズ3 試験(ELEVATE 試験)等の試験結果を基に、昨年7月31日に製造販売承認申請を行い、本年3月25日付けで、「統合失調症」および「双極性障害におけるうつ症状の改善」の適応症を取得した。
ラツーダは、抗精神病作用と関係するドパミンD2受容体を遮断する作用に加えて、非定型抗精神病薬の特徴であるセロトニン 5-HT2A受容体へのアンタゴニスト作用をしっかりと有している。5-HT2A受容体やセロトニン5-HT7受容体へのアンタゴニストとしての作用が、気分改善効果に関連しているものと考えられる。
さらに、心筋梗塞などの心血管系の副作用につながる肥満に関連するヒスタミンH1およびセロトニン5-HT2C受容体、不快な抗コリン作用を示すムスカリンM1受容体に対してはほとんど親和性を示さない。これらの受容体プロファイルから、統合失調症の各種精神症状や双極性障害のうつ症状への優れた改善効果に加えて、高い忍容性が期待できる。
統合失調症におけるラツーダのエビデンスでは、急性期の統合失調症の患者を対象とした国際共同フェーズ3相試験(JEWEL試験)において、PANSS合計スコア約100点の患者へのラツーダ40㎎6週間投与群(n=245)は、同スコアを19.3点低下させた。
プラセボ群(n=233)のPANSS合計スコアのベースラインからの変化量は-12.7点で、ラツーダ投与によるEffect sizeは0.410となり、統計的にも明らかに有意差が示された。
PANSS合計スコアは、統合失調症患者の病態を評価する尺度で、同スコア100点の患者は、医師から症状の有無を問いかけなくても、自ら幻覚症状や妄想を語り掛けたりするなど、かなり症状が重い。このような患者層におけるPANSS合計スコア19.3点の低下は、ラツーダの統合失調症に対する有用性を裏付けている。
さらに、このデータは、プラセボを対照にしているところにも大きな意義がある。精神疾患の患者は、プラセボに対する反応が良いため、二重盲検試験で有意差を付けるのは非常に難しいからだ。
統合失調症の治療では、陽性症状の幻覚・妄想を制御し、認知障害や陰性症状を改善し、社会機能を回復していく。このためには、薬物治療と心理社会的治療をうまく組み合わせて、継続していくことが重要である。だが、薬物治療の継続率は決して高いとは言えず、3~5割程度に留まる。その理由として、肥満や血糖値が悪くなったりコレステロールが増加するなどの代謝系の副作用が挙げられる。
ラツーダは、有用性に加えて、治療継続に大きな影響を与えている副作用がかなり軽減されているのが大きな特徴である。JEWEL試験における6週時のラツーダ群(n=247)の中止率は19.4%で、プラセボ(n=236)の25.4%よりも少なかった。これまでの統合失調症治療薬は、6週時で、体重増加や、代謝系の副作用を引き起こし易かった。
6週時からさらに12週間経過したJEWEL継続試験の臨床検査値のベースラインからの変化量も、体重は殆ど変わりなく、HbA1c差も少なく、総コレステロール値も悪化しておらず、ラツーダは、統合失調症において有効で、副作用も少ないというエビデンスが示されている。
ラツーダは、こうした統合失調症の様々な精神症状や、不安や双極性障害のうつにも有用性を示すことが大きな特徴である。従来の治療薬は、双極性障害のうつに対して効果が未充足であったため、ラツーダに対する期待は大きい。
ラツーダの双極性障害のうつ状態を対象とした国際共同フェーズ3試験(ELEVATE試験)において、うつ症状を評価するMADRS合計スコア変化量は、プラセボ群(n=171)-10.6に対し、ラツーダ20-60㎎群(n=182)は-13.6であった。Effect sizeは0.328となり、統計的にも有意差が示された。
これまでの双極性障害のうつ治療薬には、オランザピン、クエチアピンがあるが、いずれも太りやすく糖尿病患者には禁忌であった。一方、ラツーダは、ELEVATE試験における6週時の臨床検査値のベースラインからの変化量は、体重やHbA1c、総コレステロール値がプラセボに比べてほとんど変化せず、双極性障害のうつ状態に有効で、特に代謝系の副作用が少ないという点で優れた薬剤で、糖尿病患者への投与も可能である。
また、双極性障害のうつ治療薬としては、オランザピン、クエチアピンに続く3剤目の薬剤であるが、先の2剤の薬剤に比べて同程度の有効性があり、体重増加の副作用が少ないということで、海外のガイドラインではラツーダは第一選択薬となっている。
ラツーダの使い方については、統合失調症は1日1回40㎎~80mg、双極性障害のうつ状態は1日1回20mg~60㎎を用量とする。血中濃度は1週間程度で安定するが、効果は2週間程度経過をみる必要があるので、増量は通常1週間以上開けて行い、副作用が無く効果が得られれば維持用量とする。
ラツーダの服用は必ず食後に
ラツーダの服薬指導で最も留意すべき事項は、「必ず食後に服用しなければならない」という点である。ラツーダは食事の影響を受けやすく、食後の服用と空腹時の服用では、血中濃度が2倍以上異なる。
例えば、ラツーダを1日40㎎必要とする患者が空腹時に服用した場合、1日20mgしか投与していないのと同程度の血中濃度となり、薬の効果が得られなくなる。従って、服薬指導時には、「必ず、ラツーダは食後に飲んでください」と強調する必要がある。また、他の抗精神病薬と同様に「アルコールとの併用を避ける」ことも忘れてはならない。
また、双極性障害のうつ状態になれば、患者は動けなくなって運動量が大きく低下するため、特に体重増加リスクが高くなるので、血管系障害にも留意しなければならない。
一方、統合失調症治療薬のロナセンも、ラツーダ同様に確実な治療効果があり体重増加の副作用も少ない。昨年9月に発売されたロナセンテープは、「血中濃度が安定しやすい」、「服薬アドヒアランスが高い」などの特徴がある。テープ製剤によって血中濃度が安定すれば、副作用がより軽減され、効果が得られるというメリットがある。薬を飲み忘れると血中濃度が安定しなくなり、副作用を自覚しやすくなる場合もある。
実際、視覚変容が出現した統合性失調症患者の治療で、ロナセンテープに替えたところ良くなった経験がある。また、薬剤を服用する行為が嫌いな患者や、薬剤を服用することで「自分が病気である」と思ってしまう人は、ロナセンテープが好ましいだろう。