脳の信号伝達を支える糖鎖発見 岐阜大学

 岐阜大学糖鎖生命コア研究所の木塚康彦教授らの研究グループは、脳においてO-マンノース(Man)型と呼ばれる糖鎖が神経の速い伝達に不可欠であることを発見した。
 この研究成果は、脳における糖鎖の新たな役割を明らかにしたもので、今後、どの糖鎖がどのように脳機能へ関与しているのかを明らかにする手がかりの一つになると期待される。
 タンパク質に付く糖鎖には膨大な種類が存在しており、その形はタンパク質によって異なる。これら糖鎖は、細胞の中で多くの糖鎖合成酵素の働きによって作られ、様々な生命現象や疾患との関わりが報告されている。
 同研究では、脳において脱髄疾患などに関わるO-Man型糖鎖に着目した。O-Man型糖鎖は、脳に特異的に存在するMGAT5B(別名GnT-IX)と呼ばれる糖鎖合成酵素によって枝分かれ構造が作られる。MGAT5Bは脱髄疾患や脳腫瘍との関わりが報告されているが、正常な脳における役割はよくわかっていなかった。
 同研究では、MGAT5Bを欠損するマウスを用いて解析を行った。その結果、MGAT5B欠損マウスでは、ランビエ絞輪とよばれる神経の構造が異常に広がり、それにより神経伝達が遅くなるだけでなく、信号が伝わるタイミングにばらつきが生じ、協調運動能力が低下することなどが明らかになった。
 MGAT5Bは脱髄疾患やグリオーマに関与しているため、同研究の成果は、今後、これら神経系疾患の病態解明に寄与するものと期待される。これらの研究成果は、現地時間本年7月13日にCommunications Biology誌のオンライン版で発表された。

同研究の概要図 (図の作製には一部BioRenderを用いた)

 糖鎖とは、グルコースなどの糖(動物では約10種類の糖が存在)が枝分かれしながら鎖状につながったもので、多くはタンパク質や脂質などに結合した状態で存在している。タンパク質に付いている糖鎖には様々な形のものがあり、「タンパク質ごとに糖鎖の形が異なる」、「同じタンパク質でも、臓器ごとに糖鎖が異なる」、「健康なときと病気のときとで糖鎖の形が変化する」などが知られている。
 糖鎖の形の変化により、タンパク質の機能が変化したり、病気の発症や進行の程度が変化するため、糖鎖の変化や働きの仕組みを理解することは、生命や病気の原因を理解するために重要である。
 タンパク質に付く糖鎖は、細胞の中で糖転移酵素 2)(糖鎖合成酵素)と呼ばれる酵素の働きによって作られる。ヒトの体内には、約180種類の糖転移酵素が存在し、それらの働きが厳密に制御されることで膨大な種類の糖鎖が作られる。

図1 MGAT5Bが作る糖鎖構造

O-Man型糖鎖は、タンパク質のセリン(S)またはスレオニン (T)に付く糖鎖で、MGAT5Bによって枝分かれ構造が作られる。

 
 MGAT5B (GnT-IXとも呼ばれる)は、脳に特異的に存在する糖転移酵素で、タンパク質に付いた O-マンノース(Man)型糖鎖と呼ばれる糖鎖に作用して、枝分かれ構造を作る酵素である(図1)。これまでの研究で、MGAT5Bを欠損したマウスでは脱髄疾患からの回復が早いことや、MGAT5Bを欠損させたがん細胞では、脳腫瘍の一種であるグリオーマの生育が抑えられることなどが報告され、MGAT5Bが作る枝分かれしたO-Man型糖鎖と疾患との関わりが明らかになってきている。
 このように、MGAT5Bと疾患との関わりがわかってきた一方で、生理的な状況の脳においてMGAT5Bが果たす役割についてはよくわかっていない。MGAT5Bは、脳を構成する複数の細胞の中でも特に神経細胞(ニューロン)に多く存在していることから、枝分かれしたO-Man型糖鎖は神経細胞の機能に関与していると考えられる。そこで同研究では、MGAT5B欠損(KO)マウスを用い、神経細胞の機能に着目して本糖鎖の役割について調べた。 
 O-Man型糖鎖は、限られた種類のタンパク質にのみ付いていることが知られている。神経細胞に存在するタンパク質では、O-Man型糖鎖を持つものとしてNF186 が知られている。
 また、NF186は、神経細胞の中でもランビエ絞輪と呼ばれる部分に存在することがわかっている。ランビエ絞輪とは、神経細胞が持つ軸索(長い突起)のうち、絶縁体であるミエリン 10)が巻き付いていない領域のことで、神経細胞はランビエ絞輪ごとに飛び飛びで電気信号を伝達すること(跳躍伝導)で、速い信号伝達を可能にしている。NF186を欠損するマウスでは、ランビエ絞輪が形成されなくなるため、NF186はランビエ絞輪の形成に不可欠であることが知られている。
 そこで同研究では、MGAT5Bが作るO-Man型糖鎖がNF186の働きやランビエ絞輪の形成に関わる可能性について調べた。
 まず、マウスの脳内の複数箇所でランビエ絞輪の染色を行ったところ、MGAT5B KO マウスの脳では、いずれの場所においてもランビエ絞輪の幅が異常に拡張していることがわかった(図2)。

図2 MGAT5B KOマウスにおけるランビエ絞輪の異常拡張

マウス脳内のランビエ絞輪を染色し、幅を測定した。ランビエ絞輪に存在するNav1.6、その側方領域に存在するCasprを染色することでランビエ絞輪を可視化した。右のグラフの点線は中央値を、アスタリスクは野生型とMGAT5B KOの間で統計学的に有意に差があることを表す。

 ランビエ絞輪の幅が一定以上になると、幅が大きくなるにつれて神経細胞の伝達速度が遅くなることが知られている。神経の伝達速度の遅延は、運動や認知、精神など脳の様々な機能の低下を引き起こす可能性がある。実際に、MGAT5B KOマウスの運動能力をロタロッドと呼ばれる装置を用いて調べたところ、MGAT5B KOマウスでは、運動能力が低下していることがわかった(図3A)。そこで次に、脳内 で運動を司る領域(運動野)に存在する神経の伝達速度を野生型とMGAT5B KOマウスで比較した。その方法として、神経細胞の末端を光で刺激し、その信号が軸索を伝わる速度を電極によって測定した (図3B左)。
 その結果、MGAT5B KOマウスでは、野生型マウスと比べて、運動野の神経伝達速度 が遅くなるだけでなく、信号が伝わるタイミングにばらつきが生じることがわかった(図3B右)。これらの結果から、MGAT5Bが作るO-Man型糖鎖の枝分かれは、運動野などの神経において、ランビエ絞輪の形成と電気信号の伝達機能に極めて重要であることが判明した。

図3 MGAT5B KOマウスの運動能力異常と神経伝達速度の低下

A: ロタロッドと呼ばれる装置を用いた運動試験の成績。回転する棒から落下するまでの時間を計測し、短いほど運動能力が低下することを表す。B: 脳の運動野における神経伝達速度の測定。光によって電気信号を発するように遺伝子操作した神経の末端を光で刺激した。神経の軸索を電気が伝わる速度を電極により計測し、速度とばらつきを表示した。

 最後に、O-Man型糖鎖の変化がなぜランビエ絞輪の拡大を引き起こしたのか、その仕組みを調べた。枝分かれしたO-Man型糖鎖が付いているNF186を脳から精製し、結合しているタンパク質を探索したところ、CNTN1 (Contactin 1 13)) と呼ばれるランビエ絞輪の境界の形成に不可欠なタンパク質と結合していることがわかった。
 これらの結果から、NF186の持つO-Man型糖鎖は、CNTN1との結合に関与することで、ランビエ絞輪の形成を調節しているのではないかと仮説を立てた。これを検証するため、MGAT5Bを持たない細胞と多く持つ細胞に、NF186とCNTN1を発現させ、両者の結合の度合いを共沈降実験によって調べた。CNTN1をビーズを用いて沈降させ、共沈降してくるNF186の量を調べたところ、MGAT5Bを多く持つ細胞の場合では、CNTN1に結合して共沈降してくるNF186の量が少ないことがわかった (図4)。
 このことから、MGAT5Bの作るO-Man型糖鎖の枝分かれ構造は、NF186とCNTN1の結合を抑制しており、MGAT5B KOマウスでは、糖鎖が変化して両者の結合が異常に強くなることで、ランビエ絞輪の幅が拡張していると考えられた (図5) 。

図4 MGAT5BによるNF186とCNTN1の結合の抑制

MGAT5Bを持たない細胞(-)と多く持つ細胞(+)に、NF186とCNTN1を発現させた。CNTN1をビーズにより沈降させ、CNTN1と結合して共沈降してくるNF186の量を、ウエスタンブロッティングと呼ばれる方法で調べた。バンドが濃いほど結合が強いことを表し、赤矢印は結合が弱くなったことを表す。右側は、共沈降したNF186のバンドの強さを表したグラフ。
 同研究により、MGAT5Bが作るO-Man型糖鎖の枝分かれ構造は、NF186とCNTN1との結合を抑制することで、神経細胞のランビエ絞輪の形成、神経の電気信号の伝達、ひいては個体の運動機能の調節に重要な役割を果たすことが判明した。
 これらの成果は、脳における糖鎖の新たな役割を明らかにしたものであり、今後、どの糖鎖がどのように脳機能へ関与しているのかを明らかにする手がかりの一つになると期待される。さらに、MGAT5Bは脱髄疾患やグリオーマに関与しているため、同研究の成果は今後、これら神経系疾患の病態解明に貢献するものと期待される。

図5 研究結果をまとめたモデル

MGAT5Bが作るO-Man型糖鎖はNF186に付いており、NF186とCNTN1の結合を抑制して適切なランビエ絞輪の幅を形成する。MGAT5B KOマウスでは、NF186とCNTN1との結合が異常に増強され、ランビエ絞輪の末端のCNTN1が減少してランビエ絞輪が広くなると考えられる。図の作製には一部BioRenderを用いた。

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