国内バイオバンクの課題は利便性、信頼性、広報

ゲノム医療の進展に伴い、この20年ほどの間に国内外でヒト生体試料と情報を研究用資源として保管・活用するバイオバンクが多数設立された。ほとんどのバイオバンクの設立主体は学術研究機関である。ただ、バイオバンク関係者の国際会議や論文で指摘されている課題は、その利用率が低いことだ。
岡山大学教授の森田瑞樹氏(ヘルスシステム統合科学学域・生体情報学分野)は、岡山大学病院バイオバンクの実務責任者であり、AMEDゲノム創薬基盤推進研究事業「バイオバンク利活⽤推進のための調査研究(2020〜2022年度)」、「バイオバンクの利活⽤促進に向けた⾼品質な管理・運営体制の構築(2023〜2025年度)」の代表者として、国内バイオバンクの利活用推進のための取り組みを続けてきた。
森田氏は「世界的に、保管されている生体試料の使用率(症例数ベース)が10%を上回るバイオバンクは数少ない」と現状を述べるとともに、「少なからぬコストを掛けて構築、運営しているにもかかわらず、利用率が低いままでは事業の継続性にも関わってくる」と危機感を募らせる。
研究者視点から「未使用の生体試料は将来、価値ある研究に使用される可能性がある」という指摘もあるが、森田氏らの調査では生体試料は検体採取・保管開始から2~3年以内に使用のピークを迎え、それ以降はほとんど使用されないものがほとんどであるという。
国内バイオバンクの利用率が低い背景には、①生体試料提供の手続きが煩雑で時間が掛かる(利便性)、②事業として洗練されていない(信頼性)、③バイオバンクの存在や利活用方法が知られていない(広報)―という3つの課題があったと森田氏は指摘する。
研究者や製薬企業がよく利用するヒト生体試料の入手先として、海外から生体試料を調達・販売しているサプライヤー企業がある。これらを利用すれば、注文書1枚で簡単に試料が入手できる。
一方、学術研究機関を母体とするバイオバンクは、「試料提供の際に倫理委員会の承認や契約書締結などの手続きが必要であり、それ以外にも手続きのためにやり取りが多く、利便性に課題があった。また、品質管理やトレーサビリティーの確保など、客観的な妥当性や透明性を担保する体制が未整備であり、事業としての信頼性が十分ではなかった」と森田氏は述べる。AMEDの研究班では、手続きの迅速化と信頼性確保、利便性向上に取り組み、それらの成果の研究者への広報活動に力を注いできた。
AMED研究事業で「バイオバンク利活用ハンドブック」を作成
森田氏らの研究班がまとめた資料が、ヒト生体試料の処理方法や品質を詳しく紹介した『バイオバンク利活用ハンドブック〈試料編〉』である。これは、別のAMED研究班(代表者:吉田雅幸氏)が作成した資料で、「バイオバンクとは何か」から始まって、利用手続きや情報公開などまで紹介した『バイオバンク利活用ハンドブック』を補完する内容となっている。
研究者がバイオバンクを利用するなら、まず、ヒト生体試料について知る必要がある。『バイオバンク利活用ハンドブック〈試料編〉』ではバイオバンクが取り扱う生体試料とその処理手順、研究目的、品質などの知識を紹介している。
「大学等の基礎研究者は動物や細胞モデルで実験することが多く、ヒトの血液、組織などの試料に慣れていない人も多い。例えば血液試料であっても、血清と血漿では適した研究目的が違うため、まず生体試料について基本的な知識を持っていただきたい」と森田氏は指摘する。
また、ヒト生体試料を探す場合、国内14のバイオバンクが保管する70万人分220万点の試料が検索できる『バイオバンク横断的検索システム』(図1)がある。疾患名や試料種別などから自身の研究に使える試料検索ができるシステムであり、別のAMED研究班(代表者:荻島創一氏)によって構築・高度化が進められている。森田氏は「このシステムは、例えば既往症・併存症などでさらに絞り込むなど、高度な検索も可能だ」と説明する。

図1 バイオバンク横断検索システム(https://x.gd/2TbnJ)
一方、先に研究に適したバイオバンクを探し、自分の研究に必要な試料について問い合わせるという方法もある。その際に有用な情報入手先には、クリニカルバイオバンク学会『バイオバンクリスト』と、AMED『バイオバンク情報一覧』がある。例えば、試料提供の際に契約形態を共同研究のみに限定しているようなバイオバンクもあり、共同研究を避けたい場合には最初からそのようなバイオバンクは除外して探すことができる。
では、バイオバンクを探す際に利用者はまず、どのようなことを確認しておくべきなのか。バイオバンク側があらかじめ情報開示することで利用者が情報を得やすくなることを期待して、森田氏らはバイオバンクによく寄せられる質問を13項目にまとめ、「バイオバンク利用者向け開示項目」(図2)として整理した。
森田氏らの呼び掛けに応えて、2026年1月時点で6つの国内バイオバンクがホームページ上でこの開示13項目一覧表を掲載しており、この数は現在、さらに増えている。

図2 バイオバンク利用者向け開示項目(https://x.gd/2B2Ns)
バイオバンク利用の手続きについては、『バイオバンク利活用ハンドブック』で標準的な手続きとその流れを8つのステップに分けて紹介している。
その上で、森田氏はバイオバンクの最新情報を得る場としてクリニカルバイオバンク学会が主催するシンポジウム(年次大会)、バイオバンク・ネットワーク ジャパンが主催する「バイオバンクオープンフォーラム」「バイオバンク・ネットワーク・イノベーションディスカバリーフォーラム(製薬協・臨薬協共催)」などがあるとして、興味のある利用者の参加を呼び掛けている。
そもそも国内のバイオバンクを利用するメリットはどこにあるのか。森田氏は「主に日本人から採取した検体で構成されたバイオバンクであるため、日本人のゲノムやプロテオーム解析、日本人対象の創薬研究などに適すること、生体試料に豊富な臨床情報が付加されていること、高い品質の生体試料が得られること、必要に応じて診療科の専門家の助言が得られることが最大の特長」と説明する。
海外から調達した生体試料に付加されている臨床情報が限定的なのに対し、大学病院やナショナルセンターが運営する国内バイオバンクから入手した試料には豊富な臨床情報が付く。採取の際には患者に電子カルテ情報開示の同意取得も行っているため、試料購入後も申請すればカルテ情報の開示はもちろん、カルテにない情報の追加取得に応じてくれることもあるという。
また、「採取場所は大学病院や基幹病院であり、処理・保管施設との距離も近く、丁寧かつ迅速に処理するため、高品質でばらつきが少ないといった点でも優れているという自負がある」と森田氏。加えて、岡山大学病院バイオバンクなどいくつかのバイオバンクでは、その時点では保管していない生体試料を集めてくれる「前向き収集」、大学病院の設備利用や実験機器持ち込みにより、採取した試料を凍結せずにそのまま用いる実験も可能であるなど、利用者のニーズに応じて柔軟な支援も行っている。
国内バイオバンクの弱点であった利便性、信頼性はAMEDの支援などによって大きく改善され、「倫理審査や契約書締結が必要なことは変わらないが、多くのバイオバンクで試料提供までのリードタイムは短縮されてきている」と森田氏はいう。国内バイオバンク同士のネットワークも強化された。現在、日本人では全ゲノム、SNPアレイを合わせて約70万人分のゲノム情報が解析済みとされ、100万人が次の目標として想定されつつある。
「日本人のデータによる研究推進という意味からも、国内バイオバンクを積極的に利活用していただきたい」と森田氏は呼び掛けている。
