福井大学医学系部門血管統御学分野の木戸屋浩康教授らの研究グループは、血管異常の正常化によるアレルギー性鼻炎治療の可能性示唆した。
研究グループは、アレルギー性鼻炎のマウスモデルを用いて、脂質分子であるリゾホスファチジン酸(LPA)の投与により鼻粘膜の血管の漏れや拡張が抑えられ症状が改善することを発見した(図1)。また、LPA処置によるアレルギー性鼻炎の症状の改善作用が、血管機能の異常化の抑制によるメカニズムを世界で初めて実証した。

これらの研究は、血管生物学とアレルギー学を融合したもので、従来の免疫反応を標的としてきたアレルギー性鼻炎治療から、血管の異常化に着目した新しい治療アプローチの可能性が示された。同研究成果は、令和8年4月に国際学術誌「Allergology International」に掲載された。
アレルギー性鼻炎は、くしゃみ、鼻水、鼻づまりを主症状とする疾患で、日本人の約40%が罹患しているといわれている。
これまでの研究では、アレルギー性鼻炎の病態は主に免疫反応(IgE抗体産生、ヒスタミン放出、好酸球浸潤など)に焦点が当てられ、現在の治療も抗ヒスタミン薬や抗ロイコトリエン薬など、主に炎症性メディエーターを標的としたものが中心であった。その一方で、アレルギー性鼻炎の症状発現には、血管の透過性亢進(血管から組織への血液成分の漏出)と血管拡張が重要な役割を果たしていることが知られていた。血管透過性の亢進は鼻粘膜の浮腫(むくみ)を引き起こし、血管拡張とともに鼻づまりの主要な原因となる。ところが、これらの血管異常に直接働きかける治療法はほとんど確立されていなかった。
リゾホスファチジン酸(LPA)は、細胞膜を構成するリン脂質の一種で、6種類のLPA受容体(LPAR1-6)を介して様々な生理作用を発揮する。近年の研究で、LPAR4という受容体が血管内皮細胞に多く発現し、血管のバリア機能を安定化させることが報告されていたが、アレルギー性疾患における役割は不明であった。
木戸屋氏らの研究では、ブタクサ花粉を用いたマウスのアレルギー性鼻炎モデルを用いてLPAの効果を詳細に解析した。アレルギー性鼻炎を発症させたマウスにLPAを投与したところ、くしゃみの回数が顕著に減少し、鼻粘膜への好酸球浸潤も有意に抑制された。
さらに、エバンスブルー色素を用いた血管透過性の評価実験では、LPA投与により血管からの色素漏出が著しく低下し、血管透過性の亢進が抑制されることが明らかになった。免疫蛍光染色による血管の観察では、アレルギー反応により拡張する血管がLPA投与により正常な太さを維持していることも確認された。
その一方で、血清中のIgE抗体の量には変化があなかった。これは、LPAが免疫反応そのものを抑制するのではなく、血管機能を直接改善することで症状を軽減していることを示唆している。
LPAの作用メカニズムをより詳しく理解するため、マウス血管内皮細胞を用いた培養実験を行った。ヒスタミンは、アレルギー反応で放出される代表的な化学伝達物質であるが、血管内皮細胞に作用すると細胞間の接着を緩めて透過性を亢進させることが知られている。
同研究では、ヒスタミンを添加する前にLPAで細胞を処理しておくと、細胞間の接着が維持されることを見出した。この保護効果がLPAR4を介したものであるかを確認するため、siRNAという技術を用いてLPAR4の発現を低下させる実験を行ったところ、LPAによる血管バリア保護効果が消失した。この結果は、LPAR4が血管内皮細胞のバリア機能維持に必須の役割を果たしていることを実証するものである。
分子レベルでの変化を理解するため、鼻粘膜から血管内皮細胞を抽出し、RNA-seq解析による網羅的な遺伝子発現解析を実施した。
フローサイトメトリーという手法で血管内皮細胞のマーカーであるCD31陽性かつ血球のマーカーであるCD45陰性の細胞を選別し、RNA配列解析を行った結果、LPA投与によりIL-4/IL-13シグナル伝達経路に関連する遺伝子群の発現が正常化されることが明らかになった。
IL-4とIL-13はアレルギー反応において中心的な役割を果たすサイトカインであり、これらのシグナル伝達経路の正常化は、組織レベルでの炎症反応の軽減につながると考えられる。また、血小板活性化に関連する遺伝子や細胞接着分子の発現も調節されており、LPAが血管内皮細胞において包括的な遺伝子発現制御を行うことで、血管機能の正常化と炎症の抑制の実現が示唆された。
同研究により、アレルギー性鼻炎の治療において「血管異常の正常化」という新しい治療戦略が示された。現在の抗ヒスタミン薬や抗ロイコトリエン薬は主に炎症性メディエーターを標的としているが、これらの薬剤では十分な効果が得られない難治性の症例も存在する。
同研究で示されたLPA-LPAR4を介した血管安定化のアプローチは、既存治療とは異なるメカニズムで作用するため、新しい治療選択肢となる可能性がある。特に、血管透過性亢進と血管拡張の両方に同時に作用できる点が特徴的だ。
同研究の今後の課題として、① 臨床応用に向けた点鼻製剤の開発と最適な投与方法の確立、② LPAR4選択的アゴニスト(受容体を活性化する薬剤)の開発、③ ヒトでの有効性と安全性の検証ーがあげられる。同研究は、血管生物学とアレルギー学を融合した新しいアプローチであり、アレルギー性疾患の病態理解と治療法開発に新たな視点を提供するものである。

アレルギー性鼻炎のマウスにLPAを投与したところ、炎症によって広がっていた鼻の血管が正常なサイズに縮小した。(A)血管内皮細胞のマーカーであるエンドムチンを免疫染色した鼻腔内血管の顕微鏡画像(左:未処置群、右:LPA投与群)。赤く染まった部分が血管で、LPAの投与によって血管が細くなっていることが視覚的に確認できる。(B)血管の太さを数値で比較したグラフ。LPA投与群では統計的に有意な血管径の縮小効果が確認され、アレルギー性鼻炎の症状の改善につながる新しい治療法の可能性を示している。

