生殖医療・不妊研究への応用に期待
早稲田大学理工学術院の佐藤政充教授、京都大学大学院薬学研究科の倉永英里奈教授らの研究グループは、卵子とその周囲の細胞とをつなぐ突起構造の内部に、微小管が高頻度で存在することを超解像顕微鏡技術により発見した。
さらに、その突起構造を形成するためにはCamsap3タンパク質が重要な役割を果たすことを明らかにした。こららの研究成果は、卵子成熟を促す細胞間コミュニケーションの新たな仕組みを示すもので、卵成熟の欠陥による不妊の原因解明や生殖医療の発展につながるものと期待される。同成果は、本年4月28日に「iScience」(出版社:Elsevier/Cell Press)で公開された。

図1 卵子周囲の細胞から卵子に向けて伸びる突起のほとんどに微小管が含まれていることを発見
キーワード:
不妊治療、生殖医療、卵子、卵子の成熟、排卵、微小管、細胞間コミュニケーション
ヒトやマウスなど、ほ乳類の卵子は、卵巣内でたくさんの顆粒層細胞に取り囲まれた状態で成熟する。卵子の成熟に異常があると不妊につながるため、そのメカニズムを解明することは生殖医療の観点から重要だ。
顆粒層細胞は卵子に様々な分子を届けることで卵子の成熟を促すと考えられているが、具体的な分子メカニズムは分かっていない。卵子と顆粒層細胞の間には透明帯という領域が存在する。透明帯を超えて顆粒層細胞から卵子に直接分子を送り届けるために、顆粒層細胞はTranszonal projection(TZP)と呼ばれる突起状の構造を伸ばす(図1、図2)。これが卵子まで到達することで、卵子の成熟に必要な物質を送り届けると考えられている。
これまで、TZP突起の内部には、アクチンと呼ばれる細胞骨格の一種が内包されることが分かっていた。これに対して、異なる細胞骨格である微小管はTZP突起のうち5%程度にしか存在しなかったため、重要な機能を担うとは考えられていなかった。
同研究では、これまでの定説とは異なり、TZP突起構造の中に微小管が頻繁に存在することを発見し、これが卵子成熟に大きな役割を担うことを明らかにした。
着想の経緯は、戸谷美夏博士(京都大学)が以前から研究していた微小管結合タンパク質Camsap3であった。一般的にCamsap3は細胞内の微小管を安定化させる機能を持ち、マウスの生体内では腎臓や卵管、気管、脳などの幅広い組織で重要な役割を担う。
今回、Camsap3の遺伝子欠損(ノックアウト)マウスのメスは、排卵せず不妊を示すことを発見した。不妊の原因に迫るために卵巣組織を解析したところ、Camsap3欠損マウスでは初期段階の卵子は正常に形成されていたが、排卵が近づいた後期段階の卵子はほぼ消滅しており、卵子成熟の過程に異常がある様子が見えてきた。
Camsap3欠損マウスの卵子と顆粒層細胞を観察した結果、両者をつなぐTZP突起の本数が野生型マウスと比較して約60%に減少していた(図2)。従来の研究では、TZP突起は内部にアクチン細胞骨格を含むことが知られている。
これに対して、別の細胞骨格である微小管はTZP突起全体のうち約5%にしか発見されていないことから、微小管結合タンパク質Camsap3の欠損マウスにおいて、なぜ、アクチンを主体とするはずのTZP突起が異常を示すのか疑問であった。
そこで、超解像顕微鏡技術を用いてTZP突起を高精細に観察した。その結果、通説とは異なり、TZP突起の大多数(約80%)が内部に微小管を含むことを発見した(図2)。つまり、微小管結合タンパク質Camsap3を欠損すると、TZP突起内部の微小管に異常が起き、これがTZP突起の形成不全を引き起こすことが分かった。このように、微小管は従来想定されていたよりもはるかに重要な役割、つまり突起そのものを形成するために中心的な役割を果たすことが見えてきた。

図2 野生型ではTZP突起の内部に微小管が含まれ、Camsap3欠損マウスでは微小管の短縮化にともなうTZP突起の減少が見られた
さらに、TZP突起の内部で微小管とアクチンが示す形態にはいくつかのパターンが存在し、卵子成熟の段階に応じて、その形態が変化することが明らかになった。初期段階では、微小管とアクチンが並走する直線的なTZP突起が多く見られたが、卵子成熟が進むにつれて、枝分かれした複雑なTZP構造へと変化した。Camsap3はTZP突起内の微小管上に局在していたため、Camsap3は微小管の向きや安定性を制御していると考えられる。
これまで、卵子表層に到達したTZP突起は、ギャップ結合や接着結合といった結合様式で卵子に接続することがわかっている(図3)。このような結合箇所には、アミノ酸などの低分子化合物が通れるほどの小さな穴が存在する。
一方、mRNAやミトコンドリアのような大きな分子はどのようにTZP突起から卵子に送られるのか不明のままである。同研究では一部のTZP突起において、微小管がTZP突起の先端からさらに伸長して卵子内部まで貫通する構造がみられた(図3)。
このようなTZP突起では、TZP突起の先端が卵子の細胞膜と融合してトンネルのように貫通し、卵子の細胞質に直接つながっていると考えられる(図3)。つまり、ミトコンドリアやmRNAなどの巨大な物質を卵子内に送り届けることが容易だといえる。
野生型において、このような卵子の細胞質に直接つながったTZP突起の内部にミトコンドリアが存在する様子が観察された。これらの観察結果は、TZP突起内部の微小管は顆粒層細胞から卵子に向けてミトコンドリアなどの巨大な物質を輸送するために使われている可能性を示唆している。
これらの成果は、TZP突起はアクチンを主体とする突起構造だとみなしてきた従来の理解を大きく更新するものである。同研究によって微小管を内部に発見したことで、微小管がTZP突起の形成を促し、さらに微小管をレールとして卵子から顆粒層細胞への物質輸送が起きるという新しいメカニズムが見えてきた。

図3 TZP突起の先端には2種類ある:(中央)TZP突起の先端が卵子内に接触する例、(右)先端が卵子に融合して微小管が侵入したTZP突起の例「出典: Aikawa et al., 2026(今回の発表論文)
同研究は、卵子成熟の分子メカニズムの解明に大きく寄与する基盤研究と考えている。卵子は周囲の顆粒層細胞から分子を受け取ることで成熟し、排卵される。卵子成熟の欠陥は排卵障害の原因となり、不妊症のひとつであるが、成熟の欠陥が起きるメカニズムはよく分かっていない。
同研究では、Camsap3の欠損によってTZP突起の形成不全が起こり、また、これが排卵障害を引き起こすことが示された。つまり、TZP突起の形成を司る重要分子としてCamsap3が同定できたといえる。これを足がかりとすることで、卵子成熟の欠陥による不妊の治療や予防に応用できると考えられる。
また、近年、顆粒層細胞から卵子にmRNAやミトコンドリアが輸送される可能性が注目されている。同研究はTZP突起内に微小管の存在を示したことで、これを物質輸送のレールとして卵子に成熟因子を届けるという卵子成熟の新たな分子機構のベールがはがされた。
将来的には、TZP突起を人工的に作製したり、成熟分子が分かればそれを人為的に卵子に届けたりすることで、卵子の成熟能力を高める新たな生殖医療技術の開発につなげていく構想を描いている。
同研究により、超解像顕微鏡技術を用いることで従来考えられていたよりも多くのTZP突起が微小管を含んでいることが明らかになり、物質輸送の原理が見えてきた。だが、顆粒層細胞から卵子に向けてどのような分子が輸送されているのかは、依然として明確な知見・証拠がない。佐藤氏らは、その輸送される分子の同定を最重要課題と捉えている。この因子が決定できれば、未成熟の卵子にそれを人為的に投与することで人工的に卵子成熟を誘導して、不妊治療につなげられる可能性があるからだ。

