
胆汁酸依存性毒性のin vitro評価系を開発
医薬品開発における毒性評価で特に難しいとされてきたのが、スティーブンス・ジョンソン症候群、皮膚重症薬疹、薬物性肝障害に代表される特異体質性毒性の発現予測である。千葉大学大学院薬学研究院の生物薬剤学研究室は、この10年ほどの間、皮膚重症薬疹、薬物性肝障害にフォーカスし、その毒性発現機序解明とこれに基づく毒性予測法開発の研究に取り組んできた。その中から今回は、薬物性肝障害の研究を紹介する。
同研究室教授の伊藤晃成氏は、「特異体質性毒性の予測が難しいのは、毒性発現に関係するリスク要因が多数存在しているからである」と指摘する。従来から薬物性肝障害が発現する主な原因として、「腸で吸収された薬物が最初に通る臓器であるため、高濃度曝露が起きやすい」ことに加え、薬物によっては「代謝によって反応性の高い代謝物となって肝細胞にストレスを与える」、「肝細胞内のミトコンドリアの機能障害をもたらす」「胆管への胆汁酸排泄トランスポーターBSEPを阻害して肝細胞内に胆汁酸がうっ滞する」といった機序が考えられていた。伊藤氏によると、製薬企業などでは代謝物、ミトコンドリア毒性、BSEP阻害でそれぞれ評価系を構築し、それらの結果をスコア化して、化合物の総合的な肝毒性評価を行うことが一般的であるという。
同研究室が着目したのは、BSEP阻害活性だけに基づく肝毒性評価の限界だった。海外の研究報告で、胆汁うっ滞型肝障害を評価するにはBSEP阻害活性だけを見ても不十分ではないかと指摘され始めたからだ。
「薬物の代謝物がBSEPを阻害する場合もあるし、肝細胞には胆汁酸がある程度蓄積すると別のトランスポーターで血液側に排出する機構もある。これらの幅広い機序を踏まえた評価方法として、当研究室の前任教授である堀江利治氏と、開発当時は助教で、後に講師を務めた関根秀一氏が、肝細胞を用いた胆汁酸依存性毒性のin vitro評価系を構築するというコンセプトを発案した」と伊藤氏。
ただ、この方法の実現には大きな課題があった。肝細胞をシャーレで培養すると胆汁酸合成に関わる機能が低下するうえ、生体内に存在する腸管循環も失われる。そのため、培養系では生体内のような胆汁酸環境が維持されず、細胞内の胆汁酸量は低いレベルになってしまう。このままでは、どんな薬物を添加しても細胞死が起きるほどの胆汁酸濃度にはならない。
そこで堀江氏、関根氏らが開発したのが、培養した肝細胞に単独では細胞死が限定的にとどまる濃度の胆汁酸をあらかじめ添加しておく方法である。すなわち、ラットの培養肝細胞に生体内より高濃度の胆汁酸を添加することで胆汁酸による負荷がかかった状態を作り、ここに評価対象となる薬物を加えて細胞死がどの程度増加するかを測定する実験系を構築した。この評価系は実際に高感度に薬物の毒性を評価することができた。後に伊藤氏はこの方法を「BAtox」と名付けた。
伊藤氏らはこのコンセプトを引き継ぎ、ヒト肝細胞を用いた胆汁酸依存性毒性評価系を構築した。さらに、その評価結果を薬物性肝障害の臨床報告と比較する研究に取り組んだ。
ヒト初代肝細胞を用いたBAtoxで22種類の薬剤の毒性を評価し、添付文書に記載されたALT/AST上昇頻度(%)と比較したところ、ALT/AST上昇頻度の高い薬剤ほどBAtoxでも高い毒性を示す傾向が示された(図1)。

図1 添付文書におけるALT/AST上昇頻度とBAtoxによる胆汁酸依存性毒性評価との関連(Susukida et al., Drug Metab Dispos, 2015)
さらに、伊藤氏は「胆汁酸の蓄積は肝細胞障害の一因と考えられるが、それだけで肝細胞死のすべてを説明することは難しい。他の毒性要因や生体側の反応が重なることで、肝障害が増幅される可能性がある」として、臨床報告での肝障害リスクが高い、低い、無しの3群から計54種類の薬剤を選択。
BAtoxと並行してミトコンドリア毒性試験、脂質蓄積試験、肝細胞の構造阻害毒性試験を行ってみたところ、今回比較した試験系の中では、BAtoxが臨床上の肝障害リスクと最もよく対応していた。こうした研究結果が評価され、BAtoxは胆汁うっ滞毒性の受託試験サービスとして商品化され、製薬企業などでも活用されるようになっている。
安定的な評価を可能にしたHepaSHを用いた胆汁酸依存性毒性評価システム
一方、ヒト初代肝細胞を用いたBAtoxは、用いるロット間のばらつきが大きいことも分かった。多数の個体から採取されるヒト初代肝細胞は個体差が反映され、1ロット当たりの供給量が限られるため同一ロットでの実験継続が難しいという課題がある。
供給量が安定した複数のヒト肝腫瘍由来細胞株も試してみたが、最も重要なBSEPトランスポーターが発現していなかったり、代謝酵素など薬物動態関連遺伝子の発現に違いがあったりして、BAtoxの標準細胞としての性質はヒト初代肝細胞に及ばなかった。
そこで、新たに開発したのが、ヒト肝キメラマウス由来細胞「HepaSH cells」を用いたBAtoxである。ヒト化マウスの体内で再構築させたヒト化肝臓から単離調製したHepaSH cellsは、ヒト初代肝細胞における個体間のばらつきが平準化されており、供給量も安定している。
伊藤氏らがHepaSH cellsの2つのロットを用いたBAtoxと、ヒト初代肝細胞を用いたBAtoxを用いて22種類の薬剤の試験を行ったところ、計3つの細胞ロットで概ね同様の傾向が得られた(図2)。 このことから伊藤氏は「HepaSH cellsは、BAtoxを安定的に実施するための標準細胞として有望である」と期待を示す。

図2 HepaSH cellsの2つのロットおよびヒト初代肝細胞を用いたBAtoxの試験結果(Takemura et al., Drug Metab Pharmacokinet, 2026)
一方、BAtoxを用いた解析を進める中で、当初は想定していなかった現象も見えてきた。BAtox開発の出発点は、主にBSEP阻害とその周辺のトランスポーター阻害を介した胆汁酸依存性毒性を捉えることだった。だが、これらのトランスポーター阻害だけでは説明できない反応も検出されることが分かってきた。
「BAtoxは、胆汁酸の存在によって薬物の細胞毒性が増強されるという現象を捉える試験であり、その背景にある機序をあらかじめ限定するものではない」と指摘し、「そのため、当初は想定していなかった機序の関与を示唆する反応も見えてきた。こうした現象を捉えられたことも、BAtoxを構築したことで得られた重要な成果だと考えている」と伊藤氏。ただし、こうした反応が生体内の肝毒性にどの程度関与するのかについては、今後さらに検証する必要があるという。
また、今後の研究の方向について、「胆汁酸による肝障害のメカニズムを理解するには、肝臓だけでなく腸管や腸内細菌にも目を向ける必要がある」と話す。胆汁酸は肝臓でタウリンやグリシンと結合した抱合型となり、胆汁中に排泄されて腸管へ運ばれる。腸管ではその一部が腸内細菌によって脱抱合され、その後、再吸収されて肝臓に戻る。
このように、胆汁酸は腸と肝臓の間を循環していることから「薬物による腸内細菌叢への影響も肝毒性に関与する可能性がある。薬物性肝障害の被疑薬に抗菌薬が多い背景の一つにも、このような機序が関係しているのではないか」と述べる。
こうした可能性を考える上で、伊藤氏は抗菌薬による腸内細菌叢と胆汁酸組成の変化に注目している。「抗菌薬投与によって体内の抱合型胆汁酸が増加する可能性があり、その変化が免疫系の活性化や肝臓の炎症に関係するのではないかと考えている」と仮説を示す。
伊藤氏はBAtoxを、「前臨床段階で、薬物がもつ胆汁酸依存性毒性のポテンシャルをin vitroで評価するためのシンプルな試験」と位置付ける。BAtoxが捉えるのは、胆汁酸の存在によって増強される毒性のポテンシャルであり、生体内で起きる肝障害の全体を再現するものではない。
「実際の生体内では、薬物が持つ毒性ポテンシャルが、薬物の曝露や代謝、胆汁酸輸送による代償機構、腸内細菌、胆汁酸組成、炎症など、複雑な生体システムの影響を受ける。その結果として、最終的な肝毒性が現れると考えている」と伊藤氏は説明し、「今後は、腸内細菌、胆汁酸組成、炎症などとの関連を含め、in vivoでの研究に注力し、胆汁酸依存性毒性が発現するメカニズムを明らかにしたい」と展望を語る。
