遺伝子を使って花や野菜や果物を自由にデザインする 名古屋大学 准教授 白武勝裕氏(大学院生命農学研究科 園芸科学研究室)

果実の味や色を司る液胞膜トランスポーター

 分子生物学的な研究手法とゲノム編集などの遺伝子工学技術は、医学、薬学だけでなく農学の世界でも盛んに活用されている。名古屋大学大学院生命農学研究科の白武勝裕准教授は、「遺伝子を使って花や野菜や果物をデザインする」を目標に掲げて、園芸作物の品種改良を進め、世界で初めてゲノム編集で甘いトマトを作出するなど、革新的な試みを続けている。
 白武氏の研究テーマの一つは、植物の「液胞」と液胞膜で働くトランスポーターの研究である。植物は100万種類に及ぶ代謝物を生産し、それらが農作物の食味、香り、色、機能性(薬効成分)、毒性などに関与している。その大部分は植物細胞内で最大のオルガネラ(細胞内小器官)である液胞に溜まる。例えば、果実の液胞には、糖、有機酸、ビタミン、ミネラル、色素(アントシアニン)、機能性成分(ポリフェノール類)などが高濃度に蓄積している。
 白武氏は「昔は植物の液胞が生物学的にどのような意味があるのか十分に理解されておらず、単に不要物を溜める“ゴミ捨て場”だと考えられていた」と話す。液胞機能研究の重要性を指摘したのが、酵母の液胞を観察してオートファジーの仕組みを解明し、ノーベル賞を受賞した大隅良典氏であり、1998年から大隅氏を代表とする科研費研究プロジェクト「植物の生存戦略における液胞機能の総合的理解」がスタートした。その研究メンバーの一人として、液胞膜タンパク質の同定や機能解析を担当した白武氏は、トランスポーター、チャネル、プロトンポンプ、アクアポリンなど、液胞への物質蓄積に働く多数のタンパク質を特定した。
 また、同プロジェクトにより、液胞は不要な物質や有害な物質を蓄積するだけでなく、蓄積した成分によって、病害虫を忌避・防御したり、環境ストレスを緩和したり、プログラム細胞死により器官形成に関わったり、オートファジーによる細胞成分の再利用を促進したり、植物の生存戦略に欠かせない役割を果たしていることが分かったという。
 白武氏はさらに液胞とトランスポーターの研究を進め、トマトで機能する糖トランスポーター、有機酸トランスポーター、水輸送を担うアクアポリン、アントシアニンなどの二次代謝物を輸送するABCトランスポーターなどのゲノムワイド解析を実施し、それらの機能を明らかにした。
 「遺伝子組換えなどで特定のトランスポーターを多く発現させたり、発現しなくしたりすることで液胞内に蓄積する成分をコントロールできる」と白武氏は指摘する。
 白武氏のもう一つの研究テーマが、農作物の成分を迅速・簡便に分析する方法の開発である。農作物に限らず、一般的な成分分析の手順は、試料から成分を抽出し、前処理・誘導体化、クロマトグラフによる分離、イオン化、質量解析という手順で行われるが、白武氏は抽出から分離までの過程をスキップして、試料中の成分を直接イオン化して質量分析する「アンビエント質量分析」の手法を導入した。
 例えば、果実の成分分析を行う場合、果実に微細な針を刺して針先に成分を付着させた後、針に電圧をかけて成分をイオン化することで質量分析が可能になるという。揮発性成分(香気成分)であれば、針を刺さずに、電圧をかけてコロナ放電させた針先に、揮発性成分を放出している試料をかざすだけで分析が可能だ。
 「名古屋大学大学院医学系研究科で薬物動態の研究をしていた研究者から学んだ分析技術を農作物に応用したもので、農作物に含まれる81種類のアントシアニン分子種を3分間で検出することができる技術を開発した(図1)。米国から農作物に刺した針を送ってもらって分析した際も成分は検出できた」と白武氏は説明する。
 

図1 農作物の成分分析にアンビエント質量分析の手法を応用

世界初、ゲノム編集で甘いトマトを作出

 こうした植物の液胞とトランスポーターの研究、農作物の成分分析技術の開発などの成果を踏まえ、白武氏が目指しているのが、遺伝子操作によって農作物の味や香り、機能性をデザインすることである。
 その成果の一つが、2021年に発表した「ゲノム編集で作った糖度が3割高いトマト」であり、ゲノム編集技術でトマトの甘さを高めた品種は世界初であった。
 トマトの甘さは、葉において光合成で作られたスクロースが、師管を通って果実に運ばれ、果肉細胞の液胞に蓄積することでもたらされる。果実のスクロース濃度が葉と同じになるとそれ以上は流入しないため、果実ではインベルターゼという酵素がスクロースをグルコースとフルクトースに分解して濃度を下げ、より多く流入するようにしている。
 一方でそれにブレーキを掛けるインベルターゼインヒビターが存在し、バランスを取っている。白武氏は、CRISPR-Cas9と神戸大学が開発したTarget-AIDという新しいゲノム編集技術を用いて、インベルターゼインヒビターの遺伝子を改変して、機能させなくした。
 その結果、葉から果実へのスクロースの流入が増加し、グルコースとフルクトースが果肉細胞の液胞内に多く蓄積した甘いトマトの作出に成功した(図2)。白武氏は「従来の品種改良や栽培の技術では、トマトは甘くなると果実が小さくなるのが一般的だったが、このトマトは糖度が20~30%高いが、大きさは変わらない」と特徴を説明する。現在、社会実装を目指して、このゲノム編集トマトの届出準備を進めている。

図2 ゲノム編集による甘いトマトの作出 

 また、同じゲノム編集技術を用いてトマト果実で細胞分裂の抑制に働いている遺伝子を改変すると、細長いトマト果実が作出できた。細長いトマトは輸送性に優れるという。
 白武氏は「まだまだ狙い通りにはいかないことの方が多いが、将来的にはテーラーメードで花や野菜、果実の味、形、色、香りなどをデザインする時代が来るだろう」と展望するとともに「これからは果実や野菜のおいしさだけではなく、健康機能を高める研究にも力を入れたい」と強調する。
 例えば、赤ワインに含まれるアントシアニンやカテキン、またフレンチパラドックスの原因成分として知られる機能性成分のレスベラトールは、アミノ酸の一種であるフェニルアラニンから産生されるが、それらの生合成経路(代謝経路)の分岐点を遺伝子工学技術で改変することで、健康機能を有する成分を高める研究も行っている。
 白武氏は「農学は自分たちの世界に閉じこもりがちな面もあるが、私は理学・医学・薬学・栄養学など異分野の研究者と交流することを大事にしている。これまでも多くのヒントをいただいたが、今後も同じ姿勢で研究を続けたい」と話している。

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