コロナ禍におけるICTの利用促進で広がる「病弱教育」の可能性 谷口明子東洋大学文学部教育学科教授に聞く

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延により、DXやICT化が加速した日本の教育界。コロナ前よりICTの活用が比較的進んでいた「病弱・身体虚弱教育」(病弱教育)にはどのような影響がもたらされたのか。現状や課題、新たな取り組みについて谷口明子東洋大学文学部教育学科教授に聞いた。
【Summary】

・コロナ禍で「関わり」が限定され、学習意欲や人格的成長に悪影響を及ぼす懸念

・ICTの活用が広がる中で、対面授業とのバランスを模索することが肝要

・キャリア教育の一環として、病弱児の社会的自立を促すWeb教材を開発

現代医学の進歩に伴い、病弱教育の現場も多様化

 「病弱教育」は、特別支援教育の一環で、長期にわたり継続的に医療や生活規制を必要とする児童生徒への教育の総称である。主に慢性疾患のある児童生徒が対象であるが、最近では心の病を抱える児童生徒も増えてきている。
 長らく子どもたちの「学習したい」という気持ちが省みられず、教育保障のない時代が続いていたが、1994年に文部省(現、文部科学省)により病気療養児の教育に関する通知が出され、現在に至る。
 今では、病院に隣接する「特別支援学校」や病院内の「院内学級」に加え、病室を教師が訪問する「ベッドサイド教育」など、多様な学びの場が設けられている。また、慢性疾患のある、または退院直後の児童生徒のための特別支援学級が
一般の小中学校に設けられるケースも見られる。
 近年は、医学の進歩により病弱児も通常の学級で学ぶ機会が増えているが、一人ひとり異なるニーズに合わせてケアやサポートを行うことは容易ではなく、病弱児支援に特化したコーディネーターを求める声も上がっている。

直接的な「関わり」とICTの活用、バランスの模索が課題

 私の病弱教育に関する研究は、「関わり」がテーマである。定期的に現場を訪問し、病弱教育を受ける子どもたちの観察を通して、教師や仲間との関わりが持つ「意味」を解き明かす。
 学校教育においては、知的な発達を促すだけでなく、人格形成も重要な目的の一つである。そのために、人と関わることが欠かせない。子どもたちが集まり、対話し、共に行動する中で得られる学びは数多くある。

コロナ禍で直接会えないことに起因する心理的ケアが困難に

 ところが、コロナ禍で病院が厳戒体制となり、一切の教育的な関わりが遮断された。教師が児童生徒に直接会えないことに起因する心理的ケアの難しさが大きな課題として浮上した。病弱児には体調や学習意欲の変動が激しいという特徴があり、教師は現場で子どもたちの様子を観察しながら臨機応変に対応する姿勢が求められる。
 だが、オンラインによるコンタクトだけでは子どもの不安やストレスを汲み取って適切にケアすることは困難である。また、関わりが授業のみに限定されてしまい、休み時間などにふれあう機会がなくなったことから、子どもたちの学習意欲や人格的成長に悪影響を及ぼす懸念も生じた。
 病弱教育では、かねてよりタブレットの導入をはじめとしたICT化が進んでおり、最近ではバーチャルリアリティ(VR)と呼ばれる仮想空間の活用が展開されている。子どもたちがそれぞれ自分のアバターをつくって仮想空間に集い、さまざまな授業や友人との交流を満喫するというものだ。
 中にはパラスポーツ「ボッチャ」の大会をオンラインで開催した事例もある。病弱教育は個別性が高く、集団の確保が難しいという課題があったが、オンラインで1カ所に集まり、複数人で活動しやすくなったことは大きな変化であり、新しい試みだと感じる。
 また、コロナ禍という緊急事態により生じた教育の急速なオンライン化は、通常の学級の先生方にとってもICT導入のきっかけになった。これまでは「経験がないから」と敬遠されていた遠隔操作ロボットの活用も可能になった。病弱児が操作するロボットを授業や卒業式などの行事に出席させたり、VRを使って社会科見学に参加したりと、通常の学級でのICTを活用した病弱児支援の取り組みが広がっている。
 その一方で、前述したように病弱教育は直接的な関わりが重要であり、ICTの活用と対面授業とのバランスが今後の課題となるため、教師のさらなる多忙化が危惧される。これ以上の負担を生み出さないように、予算の確保や人的補助などの制度改革が急務である。

病弱児の社会的自立を目指すキャリア教育の重要性

 現代医学の発展に伴い、重篤な病の経験のある病弱児も大人になって普通に就職し、社会的に自立するケースは珍しくない。だが、地元の学校に戻っても馴染めずに不登校になった、就職しても勤続できなかったという事例も多数報告されている。病弱児が自分の手で社会を生き抜くために必要な力を伸ばすキャリア教育が求められているのである。
 そこで私は、自立に向けて自身の症状や特性、理解してほしいことを周囲に説明するスキルを養うWeb教材「カード☆DE ☆チャット」を開発した。画面に表示されるカードには「自分のいいところは?」「退院したら心配なことは?」などの質問が書かれており、子どもたちが出てきた質問に答える仕組みである。
 ゲーム感覚で楽しみながらコミュニケーションを学べるよう工夫した。好みや得意分野、体調などを言語化し、自己理解を促進することで、周囲と関わりを持つきっかけづくりになればと考えている。

 新型コロナウイルス感染症が5類に移行した後も、教育現場ではICTを活用した多様な取り組みが行われている。病弱教育に限らず、不登校の子どもに対する教育に関しても効果を発揮しているという報告があり、今後はデジタルネイティブの教師も増えていくことが期待される。教育のICT化にはさまざまな可能性があり、得られた知見を社会全体で共有することが重要である。

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