経口補水液療法の第一人者が伝える「熱中症・脱水症回避の基礎知識」 谷口英喜氏(済生会横浜市東部病院)

 いよいよ本格的な熱中症シーズンが到来。既に危機的な状況で搬送される人も続出している。熱中症は脱水症を必ず併発する。熱中症予防のための正しい知識の基本は、身体を健全に保つために、“水分をどうコントロールするか”について知ることが必須である。
 そこで、脱水症の権威である谷口英喜氏(済生会横浜市東部病院 患者支援センター長/周術期支援センター長/栄養部部長)の新著『いのちを守る水分補給~熱中症・脱水症はこうして防ぐ』(評言社、2023年6月発売)より、同氏が“飲水学”と名付ける、「脱水症にならないための正しい知識」を紹介したい。

 人生を変える、“飲水学”

 “飲水学”は谷口氏が名付けた造語で、熱中症と密接に関わる脱水症を回避するために必要な、どんな水分を、いつ、どれくらいの分量を摂とるのかの正解を自分で導き出せるような知識を持つことを意味する。
 日頃健康管理をする上で、脱水、ということを意識しないという人も多いと思われるが、生命活動において水分を正しく摂取し、身体の中でその水分が正しく使われているかが否かは生死を分けるほど重要である。“飲水学”を知っているかどうかで、人生が変わってしまう。

水分と熱中症の関わり…「熱中症」と「脱水症」の違い

 ヒトは気温が上がると、汗をかいて自ら体を冷やして体温をコントロールする。体温を下げるには、冷たい飲料をとるよりも、飲みやすい適温の飲料を十分にとることが重要だ(温度より量が大事)。
 体内の水分が不足して体温コントロール機能が破綻すると、熱が体内にこもり、体温が上昇してしまう。これが熱中症だ。体温が上昇するとタンパク質の変性を起こす。臓器や筋肉はタンパク質からできているので変性し、生命活動を危機に晒してしまう。このようにして、細胞死が起こると、二度と回復が不可能な状態になる。 
 熱中症は、脱水症+異常高体温という病態から成り立っている。つまり、「熱中症」は病名であり、身体活動に必要な水分が足りなくなる「脱水症」は「熱中症」の症状の1つである。
 脱水症とは、体液、つまり水・電解質・非電解質が体内から失われた状態。ここでいう「水」とは、真水(= electrolyte free water 無電解質)を意味する。電解質とは、ナトリウム・カリウム・カルシウム・マグネシウム・塩素・重炭酸イオンなどで、非電解質は、ブドウ糖、尿素などを指す。

年代・体型で変わる最適な水分摂取

 体内の水分の割合を年代別に見ると、生まれたての赤ちゃんは体重の8割が体液で、年齢とともに体液量は減少する。乳幼児では7割、成人では6割、高齢者では5割に、そして死を迎える頃には3割にまで低下する。
 年代別の水分補給方法は、成人は、「喉が渇く前、渇いたらすぐに摂取」。小児では、「自由にいつでも摂取」。高齢者では「時間を決めて摂取」と覚えて頂く体。
 成人を例にみると、男性の体液量は体重の60%に相当し、女性の場合は55%に相当する。この違いは、筋肉量の違いによるものだ。肥満者は体液量が少なく脱水症になりやすい、アスリート体型は体液量が多いので脱水症になりにくいなど、体型によっての差も出てくる。

食事をしっかりとることが重要

 日常生活の中では、食事からの水分補給は意識していないと思う。だが、食事の中には多くの水分が含まれており、食事さえしっかりとっていれば、そう簡単に脱水症になることはない。
 水分摂取の目安は食事半分、飲水半分である。1食あたり500ミリリットル程度の水分補給効果が期待できる。食欲がない場合でも、水分やカリウムを豊富に含むキウイなどのフレッシュな果物も水分補給になるし、病気療養者や高齢者には経口補水液のゼリー状飲料もお薦めだ。

WHO推奨の効果的な水分補給法をアレンジした“6オンス(180mL)8回法”

 世界保健機構WHOが推奨する水分補給法をアレンジした「6オンス8回法」を紹介したい。WHOでは、「毎日コップに8オンスの水分を8回以上摂取」することを推奨している。
 1オンスは約30mlに相当するので8オンスは約240mlと、かなり大きいコップに注いだ水分になる。8杯飲むと、240×8=1920mlにもなり、日本人には1杯あたりの量および1日の水分量ともに多過ぎる。
 日本人に必要な水分摂取量は、成人でざっくりと1400~1500ml。従って、コップ1杯180ミリリットル(約6オンス)を8回で1440ミリリットル摂取できれば、通常の生活では十分な摂取量になる。

子どもの水筒にはお茶か水

 たくさん汗をかく子どもの水筒にスポーツドリンクを入れたくなるお母さんの気持ちもわかる。だが、糖分濃度が高い飲料は、むし歯の原因になったり、血糖値を上昇させたりする危険性がある。水筒の中身は水またはお茶。カフェインに弱い場合はカフェインレスで。また、教育機関においても、休み時間だけではなく、授業中にも自由に水分摂取ができる環境づくりが重要である。

カフェイン飲料でも水分補給は可能

 ご存知のように、カフェインには利尿作用があるが、人によって感受性は異なり、また耐性もつきやすいため、最近の研究では、カフェイン飲料も1日に必要な水分量の補給に有用であると結論づけられている。カフェイン入り飲料を飲みなれている(耐性ができている)人なら日常的な水分補給としても問題はない。
 ただし、脱水症状がある人だけはカフェイン飲料はNGである。また、過剰摂取も避けよう。

アルコール飲料は水分補給にならない

 ビールなどのアルコール飲料は、脱水を引き起こす唯一の飲料である。アルコールには強い利尿作用がある。10gのアルコール(日本酒やワインなら小さなグラス1杯程度)を摂取すると、100mlの利尿が得られるといわれる。「お酒を飲むときは一緒に水分補給!」を忘れずに。

トイレが近くならない、就寝前の水分摂取法テクニック

 「就寝前には何も飲まないほうがいい」と水分をとらない人も多いようだ。だが、別の大きな健康リスクを負うことになる。就寝中にトイレが近くならない水分摂取の方法を紹介したい。

・1回の水分摂取量を150ml程度の少量にし、5分間程度かけてゆっくり摂取。

・水分の温度は冷やさず、常温かやや温め。

・水分の種類は、白湯か経口補水液に。

・可能であれば、就寝中に一度目覚め、もう1杯の水分補給。

・起床時にも同様の水分補給を行う

・それでもトイレが近くなる場合には1回量を150→100→50ミリリットルと減らしていく

・50ミリリットルも尿意をもよおすようであれば、それは水分摂取と無関係な尿意なので、泌尿器科的な診察を受ける

・裏技として、キウイやトマトなどの水分量が多い果物・野菜を少しとるのも効果あり

大量の真水だけを飲むと逆に危険

 熱中症対策のために多量の水分をとればいいと短絡的に考えるのも危険だ。水分は、塩分・糖分・カリウムとともにとることで身体に効率よく吸収される。真水ばかりを飲んでいると体液過剰で溢水症(いっすいしょう)を起こし、命を失う場合もある。
 溢水症とは、体液が過剰になり、血管の外である組織間液や細胞内に水分が漏れ出て浮腫を生じた状態。また、水を大量に(5~10リットル程度)飲水することにより生じる「希釈性低ナトリウム血症」(水中毒)という症状を起こすこともある。
 1時間に1ℓ以上の真水だけをとるのは避けよう。

夏を安全に過ごすための“飲水学”は、全人類の必須科目。

“飲水学”のバイブルを、命と健康を守るすべての人に備えていただきたい。

「いのちを守る水分補給 ~熱中症・脱水症はこうして防ぐ」

著者/谷口英喜氏 定価:1400円(税別) 発行/ 評言社 、2023年6月

 一般飲料水から経口補水液まで、また 日常生活から脱水症まで 。経口補水療法の名医が教える、すぐに役立つ健康水の飲み方。夏期の脱水症・熱中症を前に、麻酔医であり経口補水液療法の第一人者が、 「正しい水分補給」についてわかりやすく解説した、命と健康を守る人すべてに備えてほしい一冊だ。「水」そのものに関する健康書はたくさんあるが、 病気のリスクを軽減する水分補給についての健康書は初めて。

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