これまでの様々な経験活かして伸び悩む業績を成長軌道に 辻村明広田辺三菱製薬代表取締役

キーポイントは‟希少疾患治療薬による米国での事業展開”

 「田辺三菱製薬発足以来15年間伸び悩んでいる業績を成長軌道に乗せるのが私の使命だと痛感している。これまでの様々な経験を活かして、是非達成したい」。力強く抱負を語るのは、本年4月1日付で三菱ケミカルグループ執行役エグゼクティブバイスプレジデントファーマ所管、田辺三菱製薬代表取締役に就任した辻村明広氏だ。
 田辺三菱製薬は、2007年に田辺製薬と三菱ウェルファーマが合併して発足して以来、これまで15年間、売上収益は4000億円程度の規模で伸び悩んできた。特に、ここ数年は収益体制が落ち込んでいる。
 こうした中、辻村氏は、「私のこれまでの様々な経験が、田辺三菱製薬を成長軌道に導くことを期待され、今のポジションに就いたと認識している」と強調する。
 三菱ケミカルグループの経営方針「Forging the future未来を拓く」において、ヘルスケアは「戦略的にフォーカスする領域」と位置づけられており、これからの辻村氏の手腕が注目されるところだ。
 辻村氏は、1967年12月生まれの55歳。1992年3月、金沢大学工学部工業化学科卒後、同年4月総合商社のニチメン(現・双日)に入社した。ニチメンでは、「新規事業の立ち上げ」や「ニチメンと日商岩井の合併交渉」、「企業再生のプロセス」などを経験した。
 その後、ニチメンと日商岩井が合併して双日が誕生(2004年4月)した年の8月、参天製薬に入社する。
 参天製薬の14年間では、M&A、ライセンス契約およびアジアを中心とした海外事業展開に尽力し、同社の成長に貢献した。
 2018年10月からの約5年間は、サンバイオでバイオテックの副社長として運営に携わった。サンバイオへの入社は、「世界初の再生細胞治療薬と、新薬の65%が米国のバイオテックで創出されていることに興味があったから」と説明する。
 こうした辻村氏のユニークな経験が評価され、2023年4月、現職に就任した。
 辻村氏は、「これからの田辺三菱製薬の成長軌道のポイントは、ずばり米国ビジネスにある」と断言する。「単一国でもっとも市場が大きく、世界の医薬品市場の4割を占める米国への進出は、同社を成長軌道に乗せるために不可欠となる」
 米国への橋頭保となったラジカヴァ(筋萎縮性側索硬化症治療薬)について、「競合有意性のあるポジショニングが取れている」と評価する。「ラジカヴァのフランチャイズの上に、中枢神経領域や免疫炎症領域のパイプラインを持っていくことで、まずは米国での成長を図る」戦略を明かす。
 その上で、「できるだけ早い時期に海外売上比率を30%に引き上げて、近い将来50%に持っていきたい」と訴求する。
 ラジカヴァに続く米国進出のための新製品候補としては、「MT-7117」(赤芽球性プロトポルフィリン症とX連鎖性プロトポルフィリン症P3、全身性強皮症P2)、「ND0612」(パーキンソン病P3)、「MT3921」(脊髄損傷P2)ーなどを挙げる。
 ND0612は、イスラエルのニューロダムが開発したデバイスと医薬品のコンビネーションで、「P3データが良く、今年度中に米国FDAに承認申請を行う予定である」。
 MT-3921は、「POC結果が来年出てくる」。その後は、「前臨床で幾つかの候補化合物がある。現在、優先順位の見直しを行っており、スピードを上げて開発していく」と強調し、研究開発のターゲットとして「希少疾患」を指摘する。
 辻村氏は、希少疾患の薬剤を開発する理由として、①パテントクリフのリスクコントロールが容易、②当局の優先的審査の対象になり、薬価も高い、③承認が取れれば効率的なプロモーションを掛けられるーの3点を挙げ、「リソースに制限のある当社の戦略としては理に適っている。差別化できる希少疾患治療薬を複数揃えれば、米国で十分戦っていける」と確信する。
 パテントクリフのリスクコントロールでは、売上高1000億円以上のブロックバスター製品が特許切れになれば大きなパテントクリフがやって来る。だが、「希少疾患の数100億円程度の製品を幾つか積み重ねていけば、一つ特許が切れても他で補える」というわけだ。
 効率的なプロモーションについては、「希少疾患を診断して治療できる施設は限られているので、セールスレップの数も少なくて済む」と説明する。実際、米国でのラジカヴァの営業活動では、「一人当たり10億円程度売り上げ実績を示している」
 米国と同時に、中国を中心に推進するアジア展開も見逃せない。「アジアも最初から視野に入れた共同試験の実施を試みるなど、アジアでの製品開発もスピード感をもって行う」考えを強調する。
 辻村氏は、研究開発の重点領域にも言及し、「従来の中枢神経、免疫炎症に加えてがん領域」を列挙する。がん領域の研究開発も「希少疾患」がキーワードになっている。導入品で現在開発中の「MT-2111」(P2)も希少疾患(再発又は難治性びまん性大細胞型B細胞リンパ腫)を対象としたもので、「この化合物は国内のみの開発であるが、色々なノウハウを蓄積して今後の海外戦略製品に繋げていきたい」と話す。
 また、国内事業については、「免疫炎症、糖尿病、腎領域の治療薬、ワクチンでしっかりと足元を固める」と述べ、「国内事業を強固にして、海外での勝負に繋げていく」考えを改めて強調した。
 糖尿病領域では、本年4月18日に発売した世界初の持続性GIP/GLP-1受容体作動薬「マンジャロ」について、「立ち上がりは想定通りで、ディテールもしっかりできている。価値の最大化を達成したい」と大きな期待を寄せる。
 また、ワクチン事業も、「カナダのメディカゴは事業撤退したが、国内のワクチン事業は大きな柱の一つ(2022年度実績351億円)である。阪大微研とともにしっかりと継続していきたい」と語った。
 辻村氏は、本年4月1日に現職に就任して以来約2カ月間、研究所や米国の事業所など現場に近い従業員との面談を重ねてきた。6月からは全ての部署の部長との面談を重ねていく。
 その狙いは、「信頼関係を構築した上でもっと現場に近いところに権限を委譲し、意思決定とモチベーションの向上を図り、高クオリティとスピードアップに繋げる」ことにある。
 医薬品の開発や上市、米国事業で必要な導入品の契約締結においても「意思決定の早さが重要である。色々な側面で‟薬は時間が命”となるので、それに沿うように社員のマインドセットを変えて行きたい」と抱負を述べた。
      

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