希少疾病「心アミドーシス」の特徴と診断・治療の現況 遠藤仁氏(慶應義塾大学医学部 循環器内科 専任講師)

日本において心不全患者120万人の内 1万人以上のATTR心アミロイドーシス患者が潜伏

 ファイザーは、2月28日は “世界希少・難治性疾患の日(RDD)” メディアセミナー「希少・難治性疾患の患者さんのEquity(公平)実現のために社会ができることは?~心アミロイドーシス患者さんとご家族の歩み、専門医のお話しからともに考える~」を開催した。
 希少疾患は約7000種類に上るとされており、その診断や治療等には高いアンメットニーズが存在する。9回目を迎える今年の希少・難治性患者の声を届けるメディアセミナーでは、国の指定難病である心アミロイドーシス患者とその家族が、インタビューとパネルディスカッションでこれまでの歩みを紹介。患者の主治医である遠藤仁氏(慶應義塾大学医学部 循環器内科 専任講師)が「希少疾病の診断・治療について ~心アミロイドーシスとは~」をテーマに講演した。
 遠藤氏は、「わが国には、心不全患者が120万人存在いると推定されており、その半数が拡張不全で、拡張不全の5~15%にATTRアミドーシスが存在し、1万人以上のATTR心アミロイドーシス患者が潜伏している可能性」を示唆。その上で、同疾患の発症メカニズムや特徴、診断方法、治療について解説した。遠藤氏の講演内容は、次の通り。
 アミロイドは、色々なたんぱく質が凝縮して水に溶けにくい針金のような繊維状の物質で、全身の様々な組織に沈着して障害を惹起する。心臓においては、心臓細胞の隙間にアミロイドが溜まって心臓が肥大し固くなることで心臓の収縮が難くなり、心不全や不整脈を引き起こす。
 また、心臓の電気回路がショートして不整脈や電導障害(ブロック)を惹起する。これらに起因する症状には、息切れ、動悸、めまい、失神などが挙げられる。
 心臓に溜まるアミロイドは、主にALとATTRの2種類に分類される。ALは、免疫を司る形質細胞が産生するイムノグロブリン遊離L鎖が固まって形成されるアミロイド線維である。
 一方のATTRは、肝臓で生成されて様々な物質を輸送する役割を担っているトランスサイレチンを由来としたものだ。本来、トランスサイレチンは、4量体(4つのタイヤ)で安定した構造を有するが、それぞれのタイヤがバラバラにばらけてしまうと固まってアミロイド繊維を形成し、心臓に障害を引き起こす。
 このトランスサイレチン心アミロイドーシスは、DNAに変異のない野生型(老人性)ATTRwtと、DNAに変異のある変異型(家族性・遺伝性)ATTRvに分類される。
 「野生型ATTRwt」は、心臓、腱・靱帯(手根管症候群)に沈着する。「変異型ATTRv」は、心臓以外にも末梢神経・自律神経、眼、腸管、腱・靱帯、腎、脳血管などに様々な形で沈着し、熊本、長野に地域的な集積地がある。
 アミロイドーシスの診断は遅れやすく、一部論文では、「初発症状から確定診断までの時間が、半年以内37.3%、6~12カ月25.7%、3年以上10.5%」と報告されている。
 その理由として、「疾患の認知度が低い」、「診断のために体の組織を採取(生検)する必要がある」、「診断しても有効な治療手段がない」などが指摘されており、背景にあるアミロイドーシスを診断されないまま、「心肥大」「心不全」という病名で外来に潜伏している可能性がある。

心アミロイドーシス
「ピロリン酸シンチグラフィ」診断と、経口治療薬の登場がエポックメイキングに

 こうした中、近年では2つのエポックメイキングな変化が注目されている。一つは、診断において「ピロリン酸シンチグラフィ」が有用であることが判ってきた。もう一つは、野生型(老人性)ATTRwt患者についても、経口のトランスサイレチン安定化薬で予後の改善が図れるようになったことだ。
 診断面においては、これまでカテーテルを使ってワニ口クリップ様の器具でご飯粒大の細胞を切り取る心筋生検が不可欠であった。だが、2年前から非侵襲で体に負担の無いピロリン酸シンチグラフィによる高い精度の画像検査でATTRの診断が可能になった。
 その結果、シンチグラフィが陽性で、かつALアミロイドーシスを否定するMタンパクを認めない所見では、「全身性ATTRwtと診断できる」診断基準が設けられた。イギリス 国立アミロイドーシスセンターの報告によれば、画像モダリティの使用により野生型ATTRと診断される患者は2010年あたりから格段に増加している。
 一方、ATTR心アミロイドーシスの治療には、TTRアミロイドそのものをターゲットにして寿命を延ばす「疾患修飾療法」と症状を和らげる「心不全治療治療」がある。
 TTRアミロイドーシスそのものをターゲットとする治療では、①TTR合成の抑制(肝移植、遺伝子サイレンシング)、②トランスサイレチンを生成させない、または4量体の安定化(TTR4量体安定化薬)、③アミロイド線維の除去(有効性が確認された治療法はなく、抗体療法などが開発中)ーが挙げられる。
 ③においては、現在開発段階であるがアミロイド線維自体を溶かしてしまう作用機序の治療法が検討されており、一部薬剤として実用化されている。
現在、心アミロイドーシスAL、ATTRv、ATTRwtに対する治療選択肢には次の方法があり、いずれも適切な早期診断が、早期治療介入を促し、予後の改善につながる。

◆AL:造血幹細胞移植、化学療法

◆変異型ATTRv:肝移植、TTR安定化薬等、核酸医薬

◆野生型ATTRwt(老人性):TTR安定化薬等
 特に、ATTRwt(老人性)のアミロイドーシス患者については、これまで良い治療手段がなかったが、2019年から経口用のTTR型アミロイドーシス治療薬を使って進行を抑えることが可能となった。
 一方、心アミロイドーシスの心不全治療では、減塩と利尿薬による水分の管理が非常に重要である。投与される利尿薬には、ループ利尿薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬、バソプレシン受容体拮抗薬、SGLT2阻害薬などある。
心不全の標準的な治療薬であるβブロッカー、Ca拮抗薬、ACE阻害薬/ARB、ジギタリス製剤などは、高度な徐脈・低血圧をきたす恐れがあり、心アミロイドーシスについては推奨されない。
 また、心アミドーシスは、心臓が固くなって心房細動が発症し易く、心臓に血液の澱みができて血栓を形成する可能性が高くなるため、脳梗塞を起こし易い疾患の一つである。従って、抗凝固療法の必要性とタイミングにも留意する必要がある。
 このように心アミドーシスは、速やかに診断が行われ、治療に繋げる時代になってきている。今後、その診断・治療法が心アミドーシスが潜伏しているあらゆる患者に届けることができようになるかが重要なポイントとなる。
 2019年にTTR型アミロイドーシス治療薬が登場してから世界的にも飛躍的にATTRアミロイドーシスへの注目度が高まっており、わが国においても循環器領域を中心に医学会全体での認知度が上昇し、近年では、各学会で多くの演題・セッションが組まれている。
 わが国の心不全患者数は120万人と推定されており、その半数が拡張不全である。その拡張不全の5~15%にATTRアミロイドーシスが存在すると言われており、1万人以上のATTR患者が潜伏している可能性がある。
 そこで、日本循環器学会のレジストリ研究に参加している認定施設の医師の協力を得て、実際どの程度の患者が存在するかアンケートを実施したところ、昨年3月のデータで累計症例数は1431人に上る。地域差があり、西の地域の方が診断数は多かった。症例数は増えており、単年あたりの診断例数も増加しているもののわが国のATTR診断例数は存外低い。
 地域差が生じている理由としては、① 疾患認知度、② 地域・他科連携、③ 人口(高齢者人口)、④ 診断検査へのアクセシビリティ、⑤ 遺伝学的背景、⑥ 地域の風習・生活習慣ーなどが挙げられる。
 早く正確に診断するために、2020年に日本循環器学会のもとで心アミロイドーシスの診療ガイドラインが提示され、新たな診断基準が設けられて診断方法が明確化された。
 具体的には、左室肥大(特に、原因不明の左室肥大)+「症状・ 心不全」、「心電図・ QRS低電位・ 偽梗塞パターン」、「年齢・ 60歳以上」、「臨床検査・ NT-proBNP・ 高感度トロポニン」、「画像・ エコー・ 心臓MRI」、「既往歴・ 手根管症候群・ 脊柱管狭窄症」のうち、1つ以上がみられる場合、心アミロイドーシスと診断される。
 2022年には、米国の心不全治療ガイドラインにおいても心アミロイドーシスの診断スキルがかなりのページ数を割いて掲載された。
 診療ガイドラインによって医師が心アミロイドーシスを知るようになれば、次は疾患を疑うことが最重要事項となる。すなわち、様々な心アミロイドーシスの特徴を見逃すことなく、医師が患者を拾い上げていかねばならない。

手根管症候群が心アミロイドーシス早期診断の重要な手掛かり

 もう一つ重要な点は、アミロイドーシスは、全身に及ぶ疾患なので、心臓だけでなく他の科の医師にも協力を仰ぐ必要がある。特に腎臓疾患よりも先に特徴が出る手根管症候群が早期診断の重要な手掛かりとなる。
 手根管症候群は、有病率が3.1~4.1%で、女性の発病率は男性の3.8倍と高く、 40~50歳代の女性に好発する疾患である。
 だが、アミロイドーシスが背景にある症例では、70~80歳代の高齢、男性、左右両方の手が手根管症候群を発症している。こういった患者に対しては、「アミロイドーシスが心臓にも及んでいるのではないか」と疑いを向けることが重要である。アミロイドが心臓に溜まってきて心不全を発症するまでには大変な時間を要する。だが、治療は早い段階での介入が望まれるため、心不全が発症した時点で診断を付けても治療の時期を逃してしまう。そのためにも手根管症候群で早く診断することで、より良い治療成果が検出できると考える。
 提供できる医療の地域間の違いをどのように改善するかも心アミロイドーシス治療の課題の一つとなっている。地域間格差を改善するには、①骨シンチグラフィをどの地域でも受けやすくする、②病理診断をどの地域でも正確に行う、③今後必要な取り組みとして、遠隔地域でもオンライン診療で正確な診断を実施するーが重要なポイントになる。
 ①では、PYPシンチグラフィを受けられる施設が各地域にどれくらいあるかが診断のボトルネックとなっており、ATTR患者の診断率に影響している。
 ATTR診断におけるPYPシンチの本邦の現状については、PYP検査を受けるまでの物理的距離は、「PYPが保険適応外だっであったが、55年通知で保険収載される」、「PYPを実施できる施設が限られているが、HMDPもPYPと同等に検査可能になり、保険収載もされるようになった」ことにより縮まりつつある。
 だが、PYP検査をうけるまでの心理的距離については、画像検査だけで診断としてよいとガイドラインに明記され、臨個票も改訂され、画像診断だけで治療もできるようになった。
 だが、その一方で、ATTR心アミロイドーシス治療薬の導入は認定施設に限られており、投与には依然、心筋生検によるdefinite診断が患者要件となっているため改善の余地がある。
 ②の病理診断については、どの施設でも簡単にできるものではない。そこで、厚労省アミロイドーシス調査研究班は、診断コンサルテーション事業として、熊本大学医学部アミロイドーシス診療センター、または信州大学第三内科アミロイドーシス診療支援サービスに生検を送れば、正確な診断を付けて戻すサービスを展開している。
 ③のオンラインでの診断コンサルテーション+遠隔診療(慶應義塾大学医学部附属病院でシステム構築中)により、診断されない患者が減少し、早期発見が期待され、診療経験が少ない医師・医療機関でも安心した医療を提供できるようになる。
 さらに、・診療支援を受けた医師の啓発につながり、徐々に自律的な診断体制が地域にも根付くようになることが期待される。

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