2022年10月9日・10日、「日本薬剤師会学術大会仙台大会 結 ~地域と共に未来へ~」に現地参加してきました。
コロナ禍で3年ぶりの現地参加は新鮮で多くの刺激を受けてまいりました。11年前に仙台で大会が予定されていましたが東日本大震災で中止となり、復興に必要だった長い年月と人々の協力でやっと実った今回の大会。
会場に訪れるやいなや、その背景を感じ、胸の奥が熱くなりました。大会テーマ「結」の文字は、この地のフィギアスケート選手の羽生「結」弦さんの書ということでした。
今回の学会の中で特に興味を持ちましたランチョンセミナー「『漢方薬とオキシトシン 〜心身一如〜』前島裕子先生 ( 福島県立医科大学 病態制御薬理医学講座 准教授、肥満・体内炎症解析研究講座 特任教授)、共催:ツムラ」 について紹介させていただこうと思います。
かつてオキシトシンは、お腹を空かせた赤ちゃんがすぐに乳首に吸い付き、乳管から母乳を押し出す射乳反射や分娩を促す、愛情ホルモンとしての存在でした。
前島先生はオキシトシンの研究を神経内分泌分野で始められたところ、その多彩な効用にたちまち魅了され、今も昼夜を問わずステイ・ラボで研究に没頭されています。
愛情ホルモンとしての側面ばかりでなく、信頼の醸成、不安の軽減、自閉症の改善、薬物・アルコール依存の改善、リラクゼーション、肝臓・膵臓などの臓器に対するストレス軽減、疼痛緩和、食欲抑制、肥満解消など、心身に働くオキシトシンのパワーや限りない魅力が明らかになってきています。
【心身一如】は、身心ともに充実していること。 物事に一心に集中しているさま。 また、身体と精神は一体であって、分けることはできず、一つのものの両面にすぎないという仏教の考えだそうです。今回の講演のサブテーマとオキシトシンが結びつきます。
特に、肥満解消は前島チームによる世界最新の研究で、ヒト臨床への期待が高まります。現在日本は長寿大国と呼ばれ、超高齢社会を迎えて、健康に過ごせる「健康寿命」の延伸が重要視されています。そんな中、肥満は糖尿病、高血圧、高脂血症を引き起こし、さらにこれらが動脈硬化や心血管障害につながることから、健康寿命の延伸には「肥満」の改善、予防は重要なファクターであると考えられています。
また、肥満はガンや認知症のリスクをあげることもわかってきており、 前島先生のチームではマウスを使った研究において神経ペプチドであるオキシトシンの慢性投与が、食欲、体重を低下させ、血糖値、脂肪肝を改善することから、抗メタボリックシンドロームに有用であることを示してこられました。
肥満や加齢により、血中オキシトシン濃度が低下することが報告されています。他にもオキシトシンは、筋肉の維持や再生、骨形成、神経細胞の増殖、成長に関わることが報告されています。
ところで、漢方薬である加味帰脾湯は、ストレスによる緊張を和らげる効能があることが知られています。マウスの実験によって加味帰脾湯がオキシトシン受容体を活性化することを発見し、さらにオキシトシン受容体を活性化する加味帰脾湯中の成分まで同定することができました。「心身一如」オキシトシンはまさに 「心」と「身体」の健康を維持する重要なファクターであり、その受容体を活性化する作用をもつ加味帰脾湯は健康寿命延伸という課題において可能性を秘めていると考えらます。
さて、「加味帰脾湯」の成分は黄耆(オウギ)、柴胡(サイコ)、酸棗仁(サンソウニン)、蒼朮(ソウジュツ)、人参(ニンジン)、茯苓(ブクリョウ)、遠志(オンジ)、山梔子(サンシシ)、大棗(タイソウ)、当帰(トウキ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)、木香(モッコウ)、竜眼肉(リュウガンニク)です。
「人参養栄湯」の成分は、人参(ニンジン)、当帰(トウキ)、芍薬(シャクヤク)、地黄(ジオウ)、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)、黄耆(オウギ)、陳皮(チンピ)、遠志(オンジ)、五味子(ゴミシ)、甘草(カンゾウ)です。
「補中益気湯」の成分は人参(ニンジン)、蒼朮(ソウジュツ)、黄耆(オウギ)、当帰(トウキ)、陳皮(チンピ)、大棗(タイソウ)、柴胡(サイコ)、甘草(カンゾウ)、生姜(ショウキョウ)、升麻(ショウマ)です。
実験から加味帰脾湯と補中益気湯はオキシトシン受容体を活性化し、人参養栄湯では活性化しませんでした。この結果から加味帰脾湯と補中益気湯にはあり人参養栄湯にはない成分は、大棗(タイソウ)生姜(ショウキョウ)であることがわかります。
先生のお話では、当帰も関係があるそうでした。成分に関するグラフは消去法のようで分かりやすく、たいへん興味を持ちました。
加味帰脾湯と同じようにオキシトシン受容体を活性化させることに、ハグや愛犬との見つめ合いがあるそうです。今からさっそく実行して認知症予防、骨粗鬆症予防、肥満予防を心がけてみようと思います。オキシトシンがウィズコロナに貢献して、また来年も全国学術大会が開催され参加することができますように。
薬剤師 宮奥善恵