RIの診断から創薬・治療までの応用目指して 日本メジフィジックス田村伸彦社長に聞く

 近年、ラジオアイソトープ(RI、放射性同位元素)は、疾患の鑑別や、患者個々に対する既存の治療薬の効果予測といった診断分野だけでなく、RIを用いた治療など医療の様々な分野で活用されている。さらに、治療と診断を組み合わせた「セラノスティクス」など、RIを組み込んだ新しい医療技術が、未来医療の重要な推進役として注目を集めている。
 こうした中、日本メジフィジックスは、1973年の創業以来、約半世紀に渡って、日本の核医学のリーディングカンパニーとして、RIの可能性を開拓し続けて医療現場のニーズに応えてきた。
 そこで、田村伸彦社長に、RIの医療への応用の今後の展望、診断から創薬・治療までの日本メジフィジックスの構想を聞いた。

セラノスティクス実現に注力

 日本メジフィジックスは、住友化学とGEヘルスケアの折半出資による放射性医薬品の製造販売会社で、日本の民間企業としては初めてサイクロトロンを導入。2005年には、PET検査用診断薬を国内で初めて販売するなど、いくつかの「日本初」を成し遂げてきた。
 核医学画像診断やPET診断、RI内用療法に用いられる放射性医薬品の研究・開発、製造・販売を主業務としており、売上高は305億円(2020年度実績)。現在、100%輸入に依存している原料「モリブデン-99」の自社製造や、セラノスティクスの実現といった新たな挑戦に取り組んでいる。
 昨年4月に代表取締役社長に就任した田村氏は、大日本住友製薬やその米国子会社サノビオンで創薬に従事してきた経歴の持ち主だ。加えて、サノビオン社の社長も歴任した田村氏は、米国の経営・考え方にも精通しており、その経験は、GEヘルスケアとの意思疎通に活かされている。
 そんな田村氏は、「これまで医薬に携わってきたので、この会社に来て平面的な安定元素のみの周期表に加えて立体的に同位体が広がる核図表を見た時、目からうろこが落ちた」と社長就任時を振り返る。
 さらに、「当社がこうした同位体を用いて診断薬や治療薬の開発に取り組んでいることを改めて実感し、非常に新規性の高い分野での挑戦に大きな可能性を感じた」と核医学の潜在能力を強調する。
 これまでRIの応用は、診断が中心であったが、様々な学会や世界動向として、近年は治療への応用が注目・期待されている。
 こうした理由から、日本メジフィジックスも、「従来の診断分野に加えて、治療分野も視野に入れて発展していく」と話す。
 日本メジフィジックスの社風については、「日本における核医学普及にひたむきに取り組む‟堅実さ”と、技術力を強みに新たな試みにも臆せず挑戦する‟大胆さ”がある」と言及。
 さらに、「‟日本初”があることが我々の誇りで、これらを武器に、核医学の新たな価値創造に挑み続けたい」と力を込める。
 田村氏が大日本住友製薬取締役常務執行役員から日本メジフィジックス社長に就任以来、1年半が経過したが、その間の手応えとして、「コロナ禍における業績低下に対する社員の対応力の良さ」と「核医学の重要性の啓発意欲」を挙げる。
 コロナ禍において同社は、減収・減益を経験したが、「全社員が、この危機への対応に順応してきている」と評価する。
 また、医療現場では、コロナへの対応が優先され、その結果、各種疾患の診断が後回しになった。この苦い経験が「核医学の重要性、認知度アップを改めて世の中に啓発しようという社内の機運の高まりに繋がっている」と力説する。
 わが国では、東日本大震災の福島第一原発事故による放射性物質漏洩報道などにより、X線検査やCT検査も「被ばく」による害をこうむるといった概念が少なくない。放射性物質という理由だけで、放射性医薬品がもたらす医療上のメリットが否定され、本来必要な医療が放棄される事例を否定できないのが現状だ。
 こうした理由で、わが国の診断や治療への核医学の応用は、欧米に比べて非常に限られた分野に留まっており、かなり遅れている。
 わが国の法的な部分も遅れの要因の一つとして影響している。医薬品は薬機法で規制されているが、放射性医薬品は薬機法に加えて、原子力規制法もクリアしなければならない。さらに、放射性医薬品を使用する病院にも、線量制限がある。
 このような状況下においても「我々は、核医学がもたらす大きなメリットと極めて少ない放射線被ばく量の正しい理解への啓発に尽力する必要がある」と強調し、「日本市場への欧米競合他社の参入を考えれば、わが社も今後、世界を意識した戦略を練る必要がある」と強調する。
 田村氏が掲げる具体的な戦略は、「PET診断薬事業の強化」と「セラノスティクス創薬への参入」だ。同社の事業の柱である診断分野には、創業当初から業界をリードしてきたSPECT診断薬と、日本で初めてデリバリーを実現したPET診断薬がある。
 SPECT診断薬は、「特に、コロナ禍の1年目で影響を受け、今年に入って少し緩和されたものの、中長期的にみると検査が減少傾向にある」と分析する。
 その一方で、近年、「SPECT診断薬に比べてPET診断薬の方がより分解能が高い」という意見が多くを占め、PET診断薬への期待が高まっている。実際、医療現場では「SPECT診断薬からPET診断薬への移行が可能な検査はPET診断薬で行う」傾向にあり、田村氏も「PET診断薬事業の強化」を掲げる。
 同社の新しいPET診断薬としては、認知機能障害がありアルツハイマー型認知症が疑われる患者の脳内アミロイドベータプラークを可視化する「ビザミル静注」や、初発の悪性神経膠腫診断薬「アキュミン静注」が薬事承認を受けている。
 一方、患者個々の医薬品に対する効果や副作用を投薬前に予測するコンパニオン診断療薬は、オーダーメイド医療の推進を目的としたもので、同社もその開発に余念がない。
 日本メジフィジックスでは、核医学検査と核医学治療を合わせた「セラノスティクス創薬」でこの難しいテーマに臨んでいる。
 薬剤の標的部位への到達には個人差がある。そこで、抗原などの標的部位に集まる抗体やペプチド等に、RIを組み込んだ診断薬と治療薬を組み合わせたセラノスティクスの開発は意義がある。
 まず診断薬により、画像診断で薬剤の到達具合、集積具合を確認した後、治療効果が見込まれる患者には治療用RIを組み込んだ治療薬を投与して治療する。
 診断により薬剤が集積していない患者には、不要な治療薬の投与を行うことなく別の治療に切り替え、それぞれの患者に合致した個別化医療を提供するようなことが可能となる。
 日本メジフィジックスが開発しているセラノスティクスは、様々ながん種を対象としたもので、画像診断薬には新RI核種、治療薬にはα線を出す核種が組み込まれている。
 α線は、2重ラセンのDNAを破壊する。従って、α線核種を組み込んだ抗体やペプチドをがん細胞付近やその中に留まらせることで、がん細胞を殺傷できる。胃がんや肺がんなどのがん種に関係なく治療できるポテンシャルがあるのも、このセラノスティクスの特長だ。
 欧米では、RI核種を組み込んだがん治療薬の研究が積極的に行われており、β線を出す核種を用いた治療薬が実用化されている。日本でも、β線のRI治療薬が実用化されている。
 田村氏は、「これまでβ線を出す核種の研究が中心であったが、最近はα線の方がより強力で安全性も高いとされ注目されてきている。従って、当社は、未だ実用化されていないα線の治療薬の研究を進めていきたい」と力を込める。

海外戦略はアジアをターゲットに

 海外戦略では、「これからの市場拡大が期待されるアジア」をターゲットとする。中国、韓国、台湾などのアジア諸国においても、高齢化と生活様式の欧米化で認知症や生活習慣病は増加傾向にあり、核医学が注目されている。
 田村氏は、アジア市場進出の具体策として、「ライセンスアウトの技術提供を足がかりに核医学の普及を図る」方法と、「アジアでの広いネットワークを誇るグローバル メディカル ソリューション(GMS)との提携による核医学の拡大」を挙げる。
  日本メジフィジックスの強みの一つに、「研究」、「生産」、「営業」を三位一体と捉え、製品開発から製造、供給に至るまでの一連の工程のシームレスな管理がある。研究では、核医学の新たな利用法を開拓するともに、セラノスティクス実現に尽力。生産では、安定供給のさらなる強化を目指して、日本ではすべて輸入に依存している原料「モリブデン-99」の初の国内生産に向けた準備を進めている。
 独自の輸送体制も見逃せない。製品原料確保のために、サプライヤーや国際輸送ルートの開発に注力。製品輸送のために国内運輸会社と連携した独自の輸送体制を確立している。
 また、半減期が約2時間と特に短いPET診断薬の安定供給のために、専用の生産拠点を全国11か所に開設。SPECT診断薬生産用の2拠点とともに、全国をカバーする供給体制を整備している。
 「今後、海外からの競合会社の参入も予測される。こうした中、従来の診断薬事業を強化しつつ、新たにセラノスティクスの事業化に注力していきたい」と田村氏。
 最後に、「我々も日本における核医学のリーディングカンパニーの地位に安泰するのではなく、アグレッシブにスピード感を持って全社‟One Team”となって邁進していきたい」と抱負を述べた。
     

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