大阪大学とアンジェスが共同開発を進めている新型コロナウイルス感染予防DNAワクチン(AG0302)について、大阪大学医学部附属病院で実施されたP1/2臨床試験データが公表された。P1/2の免疫原性の中の液性免疫については、WHO推奨の国際標準基準品を用いて測定しているNexelis社で今後も測定を行う予定だ。
同試験では、重篤な副反応のない認容性や、接種後のS抗体(新型コロナウイルススパイクに対する抗スパイク抗体)の上昇・中和活性、細胞性免疫の惹起が確認され、注目を集めている。
そこで、今回の治験の評価や今後の方向性を、同プロジェクトのキーパーソンである森下竜一氏(大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学寄附講座教授)に聞いた。
大阪大学でのP1/2臨床試験で高い安全性確認
大阪大学でのP1/2臨床試験(症例数30例)は、「AG0302」2mgを①2週間間隔での2回接種(10例)②4週間間隔での2回接種(10例)、③2週間間隔での3回接種(10例)の用法・用量で実施されている。
①、②、③における副反応については、軽い注射部位の痛みはあるが、ファイザーのRNAワクチンのような発熱、倦怠感、悪寒は殆どみられず、非常に高い安全性が確認されている。
森下氏は、「関東と関西の8施設で実施中の500例規模のP2/3試験でも副反応に関して同様の結果が得られているようで、安全性におけるRNAワクチンとの違いは、かなり明確であった」と評価する。
ワクチンは獲得免疫によって機能を発揮する。ヘルパーT細胞からB細胞を刺激して、中和抗体を作ってウイルスを攻撃するため、中和抗体を作る液性免疫の強さが一般的なワクチンの評価となっている。
この液性免疫に加えて、細胞性免疫を有するワクチンが望ましいとされている。細胞性免疫は、ヘルパーT細胞からキラーT細胞に指令を出して、ウイルスが増殖している細胞を直接攻撃する。
液性免疫と細胞性免疫の二つのメカニズムを有することで、ワクチンは、感染予防、発症予防、重症化予防の効果を発揮できるというわけだ。
特に、細胞性免疫は、変異株にも対応できるのが大きな特徴である。変異株は、スパイク蛋白が変異して出現するが、細胞性免疫はスパイク蛋白の変異の影響を受けないことが判っており、今後、変異株が流行した時に重要である。
WHOが挙げるDNAワクチンの有用性を確認
WHOのワクチンガイドラインには、DNAワクチンの特徴として、「抗原特異的なB細胞刺激による中和抗体産生と、ウイルスが増殖している細胞を殺す細胞性免疫も惹起する理想的なメカニズムを有する」、「様々な抗原に対し、容易に対応できる」、「良好な安全性が確認されていて、ヒトの遺伝子への挿入はない」、「ベクターに対する抗体産生がなく、繰り返し投与が可能(アデノウイルスベクターに対する優位性)」などが明記されている。森下氏は、「大阪大学のP1/2試験で、その通りのDNAワクチンの有用性が確認できた」と胸を張る。
年内にも承認に向けた大規模試験実施へ
大阪大学のP1/2試験結果では、2mg・4週間隔・2回投与では、液性免疫反応は70%、細胞性免疫反応は90%、総合免疫反応 (液性と細胞性の両方またはいずれか一方)は90%であった。
2mg・2週間隔・3回投与では、液性免疫反応は100%全例で確認された。細胞性免疫反応は90%、総合免疫反応(液性と細胞性の両方またはいずれか一方)は100%であった。
「症例数のトータルでは、液性免疫反応は73%であったが、かなり多くの人で反応が見られたので、非常に手ごたえのある結果を得たと思っている」と強調する森下氏。さらに、「今後、500例規模のP2/3試験でもこの結果を確認し、年内にも承認に向けた次の大規模試験に進みたい」と意気込む。
大規模試験のサイズは、先日政府が発表したワクチン戦略において、「WHOやICMCRの議論をもとに、厚労省が改めて承認要件を示す」とされている。「その内容を見て、試験のサイズ、試験を行う国などを早急に決定する。加えて、今後、WHO推奨の国際標準品を用いて測定しているNexelis社での測定も行う予定である」(森下氏)
アストラゼネカ製ワクチンと同等の有効率期待
PMDAがワクチン承認条件の一つとして定めている大阪大学P1/2試験におけるAG0302の中和抗体陽転率は、2mg・4週間隔・2回投与で60%、2mg・2週間隔・3回投与で70%で、国産ワクチンで初の免疫原性が確認された。
中和抗体同陽転率に加え、森下氏は、「細胞性免疫で2倍以上活性化している。国内で承認されているアストラゼネカ製のワクチン(中和抗体陽転率70%)と同等の有効率が期待できるのではないか」との考えを示す。
また、過去の新型コロナウイルス感染から回復した人のデータをみると、細胞性免疫に関しては、重症症例では中和抗体を100%産出しているが、軽症や無症状では中和抗体が産出されていない人も多くいる。
だが、中和抗体が産出されていなくても感染後の細胞性免疫は獲得しており、「今回の我々のデータは、回復患者における血清の状態と類似しているので、AG0302には、十分に感染予防、発症予防効果があると考えられる」と期待を寄せる。
過去の新型コロナウイルス感染から回復した人のデータでは、T細胞のウイルスへの反応が急速に上昇している。このT細胞による細胞性免疫が、感染予防に重要であることも判明している。従って、AG0302の細胞性免疫を誘導する特徴は、非常に望ましいと考えられる。
AG0302ワクチン
イギリス株、ブラジル株の変異株にも効果
変異株については、ファイザーやモデルナのmRNAワクチン投与後の患者血清をみたデータでは、イギリス株には効果があるものの、中和活性はブラジル株で低下を示し、南アフリカ株では半分以下に落ちている。
今後、ファイザーやモデルナのワクチン投与が進んでいく中、これらのワクチンの効果を減弱する変異株の出現が増加する可能性が高いと予測される。
INO4800DNAワクチン(イノビオ)の報告では、中和活性は南アフリカ株では低下するものの、ブラジル株に対してはかなり高く、それぞれのワクチンのモダリティや設計によって変異株に対する有効性が異なる可能性がある。
また、細胞性免疫に関しては、イノビオのデータでは変異株に関係なく効果が示されており、DNAワクチンの有効性が改めて明らかにされている。
一方、森下氏らのラットへのAG0302ワクチン投与後血清を用いた変異型ウイルスの検討では、変異型ウイルスのスパイク蛋白に対する抗体価はイギリス株では30%、ブラジル株では35%程度低下しているものの、両株に対して有効であることが証明されている。
日本国内の変異株の発生状況は、N:アスパラギンが、Y:チロシンに変異しているN501Yは、イギリス型、ブラジル型に共通であり、関西で流行している。感染力が1.6倍で、重症化率が高く、若者への感染率が高いと言われている。
E:グルタミン酸がK:リシンに変異しているE484K は、日本型、ブラジル型、フィリピン型に共通で、関東で流行している。感染力は同じだが、ワクチンの効果が減弱している。アストラゼネカ製ワクチンは、「南アフリカ型での有効性は10%に低下する」という報告もある。
南アフリカ型などの変異株に対するDNAワクチン設計に着手
こうした中、「AG0302は、今、国内で流行しているイギリス型、ブラジル型の変異株に対して効果が期待される。他方、既存のワクチン同様に、南アフリカ株では効果が落ちる可能性が高く、現在、これらの変異株に対するDNAワクチンの設計に取り組んでいる」と話す。
実際、既に、南アフリカ型に対するDNAワクチンを作成し、動物実験を実施している。ブラジル型やインド型に対しても同様に設計を進めており、今後、どの程度の有効性があるのかを検討していく。
森下氏は、最後に、「日本国内での変異株の流行状況を鑑みながら、より有効なDNAワクチンを設計して行きたい」と抱負を述べた。