来春にも新型コロナ感染予防DNAワクチン実用化へ 森下竜一氏 (大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学寄附講座教授)に聞く

 新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づき、16日に緊急事態宣言の対象区域が全国に広げられたものの、感染拡大は留まるところを知らない。そこで、アンジェスと大阪大学がいち早く共同開発を進めている新型コロナウイルス感染予防DNAワクチンの進捗状況や今後の展望を、同プロジェクトのキーパーソンである森下竜一氏(大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学寄附講座教授)に聞いた。
 大阪府、大阪市、大阪大学、公立大学法人大阪、大阪府立病院機構及び大阪市民病院機構は、「新型コロナウイルス感染症の予防ワクチン・治療薬等の研究開発に係る連携に関する協定」を14日に締結した。同協定は、新型コロナウイルス感染症にかかる予防ワクチン・治療薬等の早期実用化に向け、研究開発を推進し、治験や臨床研究等の実施に向けた連携を目的とするもの。
 これに伴い、個別にアンジェスと大阪市立大学医学部附属病院は、「新型コロナウイルス予防ワクチン開発に係る連携に関する協定書」を締結した。森下氏は、「この締結により、本年7月から大阪市大病院の医療従事者を対象に、新型コロナ感染予防DNAワクチンのP1/2試験を実施する方向で調整している」と説明する。これを皮切りに、「大阪大学医学部付属病院でも、同様にP1/2試験が実施される」予定だ。
 一方、実用化に向け「本年9月に、数100人程度のより大規模な試験を開始する」としており、来年春には現在開発中の新型コロナ感染予防DNAワクチンの実用化(100万人程度)が実現する見込みだ。
 森下氏らが開発している新型コロナDNAワクチンは、新型コロナウイルスの遺伝子をプラスミド(細胞の染色体とは別に、複製・増殖する遺伝因子の総称)に挿入して作製するもの。プラスミドDNAを大腸菌に入れ、大腸菌を大きなタンクで大量に増やして抽出する手法のため、1か月で数十万人分の生産を可能とし、製造はタカラバイオが行う。もともと鳥インフルエンザウイルスのパンデミック用に構築されたDNAプラスミド法を活用したものだ。
 新型コロナウイルスは、これまでのコロナウイルス同様に、ウイルス表面のスパイク(S)タンパク質の部分がヒト体内のレセプターに接着して感染を引き起こす。新型コロナウイルスのSタンパク質も、従来のコロナウイルスと比べて変異しておらず、Sタンパクを抗原とした新型コロナ感染予防DNAワクチン開発を進めている。
 こうした中、最近、新型コロナウイルスの変異がたくさん報告されている。この影響について森下氏は「日本で当初感染拡大したのは、中国・武漢で流行したタイプであったが、現在はヨーロッパ型、アメリカ型が感染の主体となっている。ただし、変異によって新型コロナウイルスの感染率や致死率が上がっているかは全く判っていない」と説明する。
 その一方で、「新型コロナ感染予防DNAワクチンは、細胞表面に接着するスパイク(S)タンパク質をターゲットとするため、ワクチンができないということはない」と言い切る。
 新型コロナ感染予防DNAワクチンの特徴としては、「ウイルスの遺伝子情報だけ判れば短時間(3週間程度)で開発できるので、急激に感染拡大する新型コロナウイルスにも有効」、「プラスミドDNAをベクターに使うので大量生産出が可能」、「良好な安全性を確認済」などがある。
 実際、森下氏らは、今年の3月はじめにワクチン開発に着手し、3週間ほどで完成している。また、安全性の確認については、「鳥インフルエンザ、エボラ、炭疽菌などの臨床試験が実施されており、良好な安全性が示されている」
 また、製造関連のメリットには、「製造期間が短い(6~8週間)」、「病原ウイルスを扱う必要がない」、「原薬(プラスミドDNA)生産には一般的な培養、精製施設で製造可」、「製剤の安定性に優れる」、「長期備蓄が可能」などある。
 DNAプラスミド法と従来の鶏卵法のワクチン製造法の比較では、製造期間は前者の6~8週間に対して、後者は6~8カ月要する。さらに、ワクチン製造用の有精卵を得るための時間を要し、数も限られているためパンデミック向きではない。
 現在、アンジェスでは、動物実験から臨床試験に移行するためのGLP試験を推進しており、製造のパートナーであるタカラバイオからは年内20万人の目途が付いたことが明らかにされた。森下氏は、「罹患した人に実際どのくらいの抗体ができているのか、特にウイルス感染後に産生されるIgG抗体ができているかの抗体検査による確認が重要になる」と指摘する。
 中国の報告によれば、新型コロナウイルス感染者の中でIgG抗体ができているのは1/3程度のため、「今後、集団の60%が免疫を持つ“集団免疫”が形成されるかどうかは危惧される。従って、ワクチンを投与してしっかりと抗体を作っておく必要がある」と強調する。また、「新型コロナウイルスの活性化の低さが、抗体ができにくい原因になっているのではないか」との考えを示す。
 ところで、現在、P1試験中の新型コロナウイルスワクチンには、米バイオベンチャーのモデルナが開発する「RNAワクチン」、米イノビオ・ファーマシューティカルズの「DNAワクチン」、中国の「アデノウイルスワクチン」がある。専門家によるRNAワクチン、DNAワクチン、アデノウイルスワクチンに関する評価は概ね次の通りだ。
 ◆RNAワクチン=メリット:DNAワクチンより発現効率が高いため、抗体が早くできる可能性がある。デメリット:非常に不安定なので、遺伝子発現のための補助が必要。コストが高い。生産能力が低い。
 ◆DNAワクチン=メリット:大量生産が可能、安価、安定している。デメリット:発現効率が低く、アジュバントなどの工夫を要する。
 ◆アデノウイルスワクチン=メリット:発現効率が高い。デメリット:アデノウイルスによる副作用の発熱など安全性に対する不安。生産能力低い。コスト高。アデノウイルスそのものに対する抗体もできるので、抗体持続時間が半年~1年であるとすれば、再度投与した場合効果がない。
 これらの評価を総合して、「パンデミックな新型コロナウイルスには、DNAワクチンの有用性が高いのではないか」と指摘する専門家の声も少なくない。ただし、今後、DNAワクチンの発現効率のさらなる改善が求められるのは言うまでもない。
 森下氏は、新型コロナ感染予防DNAワクチンの抗体産生能力向上のための施策として「阪大と共同開発中のDNAワクチンにおけるファンペップ社と、ダイセルの参画」を挙げる。ファンペップ社では、抗体産生力が高く、より有効性の高い次世代ワクチン開発に向けて、大阪大学及び同社との間で、 アジュバント様作用(免疫反応を増強して効果を高める作用)を有する「AJP001」または エピトープ(新型コロナウイルスの一部の抗原ペプチド)ワクチンである「抗体誘導ペプチド」を DNAワクチンに併用投与する共同研究を実施している。
 アンジェスと大阪大学では、新型コロナワクチンの開発においても、こうしたファンペップ社のペプチド技術を用いることで、抗体産生力が高く、より有効性の高い次世代ワクチンの開発を目指している。
 一方、ダイセルが開発した新規投与デバイス「アクトランザラボ」の使用による遺伝子発現効率やDNAワクチンの抗体産生力向上にも期待が寄せられる。同デバイスは、火薬を駆動力として針を用いることなく薬液を特定の組織内に送達する技術を備えている。
 動物モデルを用いた研究によると、従来の針を用いた注射と比較して、送達場所の正確さに加えて遺伝子発現効率を高めることが報告されている。皮膚内は、筋肉内に比べて免疫担当細胞が多く存在することから、ワクチンの効率を高める。
 森下氏は、「ファンペップ社やダイセルのテクノロジーにより、ワクチンの投与量・回数の減少、より強力な感染予防効果や重症化が抑えられるなどの臨床的なメリットが期待される」と明言。その上で、「アンジェスでは、新型コロナウイルスに対するワクチンの有効性をさらに高めた第二世代の新型コロナ感染予防DNAワクチンの開発にも着手しており、来年以降の実用化を目指している」と明かす。
 今後の新型コロナウイルスの感染予測については、「極めて困難である」とした上で、「国内の死者は少ないので、今のところはギリギリで感染拡大を抑えられていると思う。これからは、ECMO関連機器が充足している範囲内での患者コントロールがポイントで、不足すれば、その分死者につながってしまう」との考えを示す。新型コロナウイルスで最も危惧されるのは、とにかく症状の進展が早いことだ。朝は軽症であっても、夕方にはECMOの装着を余儀なくされる症例もある。
 さらに、「今後は、PCR検査よりもむしろ、抗体検査が簡便にできるようになってIgG抗体を持っているかどうかの判断が付けば、院内感染が減少して医療崩壊の危惧が遠のく」と予測し、「IgG抗体と、感染初期に出現するIgM抗体をしっかりと分けて正確に測定できる抗体検査の確立と、ワクチンの早期開発が医療崩壊を防ぐ大きなポイントになる」と重ねて強調した。

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