データでみる医療・医薬の世界 八野芳已(元兵庫医療大学薬学部教授 前市立堺病院[現堺市立総合医療センター]薬剤・技術局長) 第9回

第1節:食生活と栄養

(1)食生活の変遷(in19.5.28/Tue.寄稿済)

(2)食生活とライフステージ&附則「天寿を全うする」って・・・(in19.7.3/Wed.寄稿済)

(3)摂取栄養の変化 [「栄養面から見た日本的特質」:農林水産省] (in19.8.25:Sun.寄稿済)

(4)食生活に重要な栄養素 ―種類とそのはたらき―  (in19.9.26:Thu.寄稿済)

(5)栄養素の消化・吸収・代謝 (in19.10.7:Mon. 寄稿済)

(6)エネルギーの摂取と消費 (in19.11.1:Fri.投稿済)

第2節:医療と食事

  • 医療機関における食事・栄養 (in19.12.5:Thu.投稿済)
  • 疾患領域別栄養食事療法&薬物療法

 I.循環器疾患 (in20.1.6:Mon.投稿済)

II.消化器疾患(1、2:図1)

図1

この項目では、①胃・十二指腸潰瘍、②炎症性腸疾患、③肝臓病、④胆石症・胆嚢炎、⑤膵臓病の5つの疾患を取り上げ、その病態と栄養療法および薬物療法についてまとめる。

まず、食物の摂取後の流れについては、 [口腔咽頭食道小腸(十二指腸、空腸、回腸)大腸(盲腸、結腸、直腸)肛門]で構成される消化管を通って、最終的に体外へ排泄される。この消化管内ではさまざまな分泌液が消化腺から出ており、消化・吸収を担っている。これらの消化液には消化酵素が含まれていて、消化・吸収に役立っている。この他、関係する臓器として、膵臓、肝臓がある。

口腔、咽頭、食道:最初に食物が通る場所になり、咽頭の下方では食物が通る食道と気管・肺へと続く道がある。食道は胃につながっていて、咽頭と食道は胃へ食物を運ぶために嚥下を行う。嚥下とは「食物を飲み込むこと」であり、口腔から胃へ食物を届ける作用となる。また、食道は普段は閉じているが飲食物が来ると繻動が起こり、飲食物は速やかに胃へ運ばれる。なお、繻動は食道だけでなく胃や腸でも見られる。

だ液:成人ではだ液を一日に約1リットル分泌する。交感神経の作用を受けると濃くて粘り気のあるだ液が少量分泌され、副交感神経の作用を受けると粘り気の少ないだ液が多量に分泌される。だ液には消化酵素である「プチアリン」と糖タンパク質である「ムチン」が含まれている。プチアリンはデンプンを分解する作用をもっており、デンプンをデキストリンや麦芽糖に変える。しかし、プチアリンはわずかに酸性(pH6.8くらい)のときに最もよく働く性質をもっているため、ほぼ中性の口腔ではあまり作用を示さず、胃に入り、胃酸によって酸性に傾きだすと作用を示しだす。ムチンは粘性が高く、嚥下を容易にする働きがある。

:胃は胃底、胃体、幽門部の三つ部分からなる。胃の粘膜からは胃液が分泌されており、胃底と胃体の粘膜からは「ペプシン」、「ガストリチン」、「リパーゼ」などの消化酵素が含まれている。幽門部からの胃液には消化酵素が含まれていない。ペプシンはタンパク質を分解する作用を示す。胃液が強い酸性を示すのは塩酸を含むためである。ペプシンはペプシノーゲンという形で分泌されているが、塩酸によってペプシンに変わることで作用を表す。口腔から分泌されるプチアリンも塩酸によって酸性に傾くことで効果が強く表れる。乳児の胃液にはレンニンという酵素が含まれており、乳汁を凝固させる働きがある。この酵素は成人の胃液には含まれていない。

小腸:小腸は十二指腸、空腸、回腸の三つ部分からなっている。腸の粘膜からは分泌液がでており、この液を腸液という。腸液のほとんどは粘液であり、消化酵素は含まれていない。小腸では腸液以外にもすい臓から分泌される膵液と肝臓から分泌される胆汁も加わる。これらの消化酵素によって、食物中の栄養素が吸収できる大きさまで小さくなる。

大腸:大腸は盲腸、結腸、直腸の三つからなる。大腸では消化酵素が分泌されず、吸収だけが行われる。その吸収物は主に水である。盲腸は回腸の先から出たところより下に伸びている部分である。盲腸の先には虫垂があり、ここが炎症になることで虫垂炎となる。虫垂炎が世間で言われる盲腸炎である。

膵臓:膵臓には外分泌腺と内分泌腺が存在し、二つの異なる働きをしている。

[外分泌]膵液にはタンパク質分解酵素であるトリプシンとカルボキシダーゼ、脂肪分解酵素である膵リパーゼ、糖分分解酵素であるアミラーゼ、マルターゼ、ラクターゼが含まれている。トリプシンはタンパク質をペプチドまで分解し、カルボキシダーゼはペプチドをアミノ酸まで分解する。膵リパーゼは中性脂肪を脂肪酸とグリセリンに分解する。アミラーゼはデンプンを二糖類まで分解する。マルターゼは麦芽糖をグルコースに分解し、ラクターゼは乳糖をグルコースとガラクトースに分解する。

[内分泌]すい臓にはランゲルハンス島とよばれる細胞集団が存在する。ランゲルハンス島からはインスリンやグルカゴンが分泌されている。

肝臓:肝臓は消化酵素の分泌や栄養の貯蔵など、さまざまな役割を果たしている器官である。肝臓が分泌している消化酵素には胆汁があり、その成分は胆汁酸と胆汁色素である。

肝臓は血液中のグルコース(ブドウ糖)をグリコーゲンに変えて貯える。また、体に必要なリン脂質やステロール類などの脂質や生体に必要なタンパク質(例、アルブミン、フィブリノーゲン)をアミノ酸から合成する。

尿素は肝臓で作られ、そのあと腎臓の作用によって排出される。つまり肝臓は老廃物の合成も行う。また、有害物質は無毒な物質に解毒する作用も果たしている。

  • 胃・十二指腸潰瘍の病態、栄養療法および薬物療法について

a.潰瘍ができてから治るまで(3)の経過:内視鏡で見る胃潰瘍のようす(イラスト-1)

イラスト-1(3):内視鏡で見る胃潰瘍のようす

1.できたての時期(活動期)

 潰瘍ができたばかりの時期は、潰瘍の底には「白苔(はくたい)」と呼ばれるものがついていて、周囲は赤く腫れていて、胃液の分泌も胃腸の運動も盛んになっているため、心身の安静が大切である。仕事を休むなどしてストレスを減らし、食事・薬を規則正しくとること。放置すると、潰瘍が深く、治りにくくなり、出血したり、穿孔することもあるからである。また、出血している場合は静かに横になっている必要もある。個人差はあるが、活動期は2~3週間である。

2.治りかけの時期(治癒過程期)

 潰瘍自体が小さく浅くなり、周囲の腫れがひいてきて、白苔は薄くなる。この時期には、腹痛などの症状はほぼ治まっているが、ストレスがかかるなどするとすぐに悪化、再発するので、処方されている薬を勝手にやめてはいけない。

3.治りかけの時期(瘢痕期)

 白苔がなくなり、粘膜がひきつれて生じたひだの真ん中に小さな傷痕が見えるだけになる。傷痕は赤い(赤色瘢痕)うちはまだ再発の危険が高いが、白くなると(白色瘢痕)潰瘍は「治った」と判断される。治療開始からこの時期までは、胃潰瘍で8週間ほど、十二指腸潰瘍で6週ほどで、この時点で、一応治療は終わる。しかし、潰瘍の中には、どうしても白色瘢痕まで至らずに、赤色瘢痕にとどまるものもある。人によっては、さらに6ヵ月~1年、あるいはそれ以上、治療を続けなければならないこともある。

b.病態・栄養療法の原則と実際(1)表1にまとめた。

疾患 病態 栄養療法の原則 栄養療法の実際
胃・十二指腸潰瘍 胃や十二指腸の粘膜をこえた欠損をきたす病気である。ヘリコバクター・ピロリ、Helicobacter pyloriが発見されるまでは、いったん治療しても薬物療法を中止すると再発しやすく、慢性の経過をたどる疾患とされていた。ヘリコバクター・ピロリの除菌療法が行えるようになり、以前に比べて食事療法の重要性は低下したが治療中や治療後の発生予防の観点から食習慣の改善(食事療法)が必要である。 ・自覚症状を軽減するために、粘膜への攻撃因子を除去し、粘膜の抵抗性を増大させることを目的とする。そのため、食事療法は粘膜を保護し、抵抗性を増大させて治療を促進させる栄養素を補給することになる。止血が確認されたら、流動食から5分がゆ食、全がゆ食、ごはん食へと積極的に食事を移行させ、十分な量の栄養素を補給できるようにする。 (1)胃酸分泌を促進しない、(2)胃内停滞時間が短い、(3)粘膜に物理的・化学的刺激を強く与えない、(4)十分な栄養素が確保されている、(5)消化しやすい形態である の要素を兼ね備えた食事であること、また、①栄養バランスを考える、②食材のかたさに配慮する、③刺激物を控える、④温度調整を行う、⑤塩味・酸味を控える、⑥ゆっくりよくかむ、⑦嗜好飲料を控える

表1

c.薬物療法について(1、4):治療薬には、①攻撃因子抑制薬、②防御因子増強薬、③H.pylori除菌薬がある。まず、消化性潰瘍の発症要因としては、胃酸やペプシンなどの攻撃因子と,粘液や粘膜血流などの防御因子の不均衡により発症するというバランス説により古くから消化性潰瘍の成因になると説明され,この理論に基づく治癒がなされてきたが、現在では病態の解明が進み,ヘリコバクタ一・ピロリ(Helicobacter pylori:H.pylori)の感染非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の服用が消化性潰瘍の2大成因であることがわかってきている(図2、3)。


図2(4):胃・十二指腸潰瘍の原因と治療薬

それ以外の原因でおこるものは,日本を含めたアジアでは数%程度である。そして、各々の治療薬の作用機序の概要は、抗コリン薬は,ムスカリン受容体を遮断することによって,胃酸分泌を抑制する。H2受容体括抗薬は.胃の壁細胞のH2受容体において,胃酸の分泌を促す刺激をあたえるヒスタミンに掠抗することによって.胃酸分泌を抑制する。抗ガストリン薬は、胃粘膜に存在するガストリン産生細胞に作用してガストリンの分泌を抑制するか.胃の壁細胞のガストリン受容体を遮断することによって胃酸分泌を抑制する。

図3(1):消化性潰瘍に発症と薬物治療

プロトンポンプ阻害薬は.胃の壁細胞のプロトンポンプを特異的に阻害することによって.胃酸分泌を抑制する。すべての酸分泌を抑制することになるため,その作用は強力である(図4)。主な胃・十二指腸潰瘍治療薬の種類と特徴を表2に示す。

図4(1):胃酸分泌抑制薬の作用機序

表2(4):主な胃・十二指腸潰瘍治療薬の種類と特徴

参考資料

  • 新看護学3 専門基礎3 食生活と栄養 ㈱医学書院 2017.2.1 p.245247
  • 消化管の働き | おなかの悩み相談室 | 大幸薬品株式会社

www.seirogan.co.jp › fun › stomach › what

  • 健康の森[日本医師会ホームページ]胃潰瘍と十二指腸潰瘍

www.med.or.jp › chishiki

(4)系統看護学講座 別巻 臨床薬理学 p.125-129 2019 医学書院

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