はじめに
武田薬品工業株式会社(武田)は2019年1月8日、アイルランド製薬大手シャイアー社の買収手続きが完了し、シャイヤ―社株を100%買収し、完全子会社化した。買収額は約6兆2000億円で、日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)では過去最大で、売上高約1.8兆円の世界18位の武田と19位のシャイアー社が合併したので、単純加算で売上高が年約3兆4000億円の世界第9位の巨大製薬企業が誕生し、武田は念願の世界製薬大手のベストテン内の仲間入りすることになった。
クリストフ・ウェバー社長
武田のクリストフ・ウェバー社長はシャイヤ―社の買収に関し、「これを機会に今後はグローバルな研究開発型のリーディングカンパニーを目指す」と決意を語った。さらに、「世界のトップテンの企業でもグローバルに売り上げが成長する候補化合物を14も抱えている企業はない」と研究開発の重要性を力説し、研究開発費を従来の3000億円から5000億円に拡大した。
その中には、京都大学iPS細胞研究所との共同研究で開発したCAR-T細胞療法(血液中の免疫細胞を取り出し、遺伝子操作でがんの攻撃力を高め体内に戻す療法)があるが、ノバルテイス(スイス)社のキムリアと異なり、健康な第三者から提供されたiPS細胞から製造するため、大量生産と製造価額の大幅な引き下げが可能になる。武田は他に12種類のCAR-T細胞療法候補を開発中で、世界のがん免疫領域でのシエア拡大を狙っている。
新薬開発に苦しむ製薬企業が多い中で、武田は買収によって有望な新薬候補を手に入れ、研究開発投資を拡大したが、反面、自社の時価総額を上回る買収で、大きな負債を抱えることになった。クリストフ・ウェバー社長は統合効果の実現と非中核事業の資産売却などで負債の削減を急ぐ考えだ。
シャイアー社の買収により、武田の事業拠点は約80の国・地域に広がり、米国市場での売上高は約3割から5割程度までに上昇する見通しである。
買収後の本業は好調で、前期の売上高はシャイアーの3ヵ月分が上乗せされたほか、武田の主力薬の販売も伸び、予想比の3470億円増の2兆970億円であった。
社長報酬
東京商工リサーチによると2019年3月期の上場企業の役員報酬調査では、1億円以上の役員がいる企業は275社564人で、3年連続で過去最高額を更新した。1位はソフトバンクグループのロナルド・フィッシャー氏の33億円で同社内では他に10億円以上が4人であった。武田のクリストフ・ウエバ―社長はランキング4位で17億5800万円(前年12億1700万円で、44%up)で、一般社員の平均年収額1015万円の173倍を超えるという。役員の平均報酬は1億4000万円で(前年より900万円up)、273社中1億円以上は557名(前期537名)であった。
株主総会
シャイアー社の買収を承認した2018年12月の臨時株主総会では、買収に要する新株発行の関連議案などに、創業家の一部を含むOBの株主らの組織「武田薬品の将来を考える会」が異議を唱えたが、反対票は6.72%にとどまった。
武田は翌2019年6月の株主総会で、欧米では一般的なクローバック条項(巨額損失が発生した場合などを過去に遡って役員報酬を会社に返還させる)の導入を52、2%で否決した。クローバック条項は出席株主の2/3以上の賛成が必要な定款の変更に該当するので、出席株主の過半数は越えたが2/3以上の賛成が得られなかったからである。現在、役員報酬の内規を検討中で、2020年5月までには方針を策定するという。社長の再任は84、3%の賛成で、前年総会から7,1%の低下であった。
これらの動きは武田のガバナンス(企業統治)に対する投資家の厳しい視線が浮き彫りとなり、2019年3月末の株主の内50、7%が海外投資家であることも無関係ではないだろう。今後武田は投資家との対話、取締役報酬の個別開示の拡充などを定款ではなく、会社の内規として導入することを検討しているという。武田のコーポレイトガバナンスは極めて強固で健全に機能しており、役員報酬やそれを決める業績評価は独立社外取締役が過半数を占める報酬委員会で検討後、社外取締役が多い取締役会で承認を受けることになっている。
債務返済
武田はシャイアー社買収後、売上高は3兆4000億円に倍増したが、一方では、約6兆円を超える有利子負債を抱え、2018年3月末の8倍以上に膨らむことになった。市場では巨額の負債に対する不安がくすぶるが、ウェバー社長は買収に伴うコスト削減効果などで利益を年1500億円底上げすると強調し、「早期に返済できる」と自信を示した。
現在、武田の有利子負債は2018年3月末時点で約1兆円、シャイアー社関連分が2兆円、さらに今回の買収で3兆3600億円を金融機関(米JPモルガン・チェース、三井住友銀行、三菱UFJ銀行)から借り入れたので、総額6兆円を超える巨額な有利子負債が立ちはだかることなった。これら借入総額に対する利息は年1000億円以上になるという。買収に絡む有利子負債対策は今後1~2年中に最大2兆円規模の社債の発行と7億7千30万株の新株発行(従来の発行済み株数7億9468万株)と約1兆1千億円規模の非中核事業の資産売却などを充てるという。
非中核資産の売却については、2018年までに中国合弁会社の保有株を300億円で売却、試薬子会社の和光純薬を約1500億円で富士フィルムホールデイングスに売却、2019年ではドライアイ治療薬をノバルテイス(スイス)に5800億円で売却、手術用パッチ剤をジョンソン・エンド・ジョンソン(米)傘下のエチコンに4400億円で売却、大阪市内本社ビルを英国不動産ファンドのグリーンオーク・リアルエステートに600億円で売却し、その他、東京本社や100年以上の歴史をもつ大阪工場(16ヘクタール)の約4割を売却するという。他に、例年年末に株主に配布されるカレンダーには武田家と懇意のあった昭和期の洋画家の小磯良平画伯の絵が掲載されていたが、このようなカレンダーの配布が中止となった。その絵が、本年限りで見られなくなるのは寂しい限りである。このような状況の中で、格付投資情報センター(R&I)は、武田薬品の格付けを「ダブルAマイナス」から「シングルA」に2段階引き下げ、ムーディーズ・ジャパンは、「A2(シングルAに相当)」から「Baa2(トリプルBに相当)」に3段階引き下げた。シャイアー社にも5年程度で特許切れを迎える薬が多く、武田はその間に新薬候補を育てなくてはならない。一方、2019年7月1日現在の武田の時価総額は6兆1477億9千100万円であるが、我が国を含めて欧米では、海外企業を買収した1年後に時価総額が増加した企業は2割程度であるという。今回の買収で武田の株価が低下したのは財務悪化や将来の成長性への懸念やシャイアー社買収に伴う有利子負債増大などの不安材料が重なった結果であろう。
おわりに
シャイアー社の買収は10年にわたって苦しんだ武田の起死回生を狙う1手だった。
製薬企業が新薬を開発するには自力で開発するか、外部からシーズを買うかの2種類があるが、武田はその双方を目指すことにした。それには研究開発と外部からの購入のどちらにも資金をつぎ込める潤沢な現金創出力が欠かせない。
また、グローバル市場においては、圧倒的な規模を持つ巨大製薬メーカー(メガファーマ)になるか、ジェネリックのメーカーになるか、もしくは特定分野にフォーカスしたニッチ・メーカーになるかという3種類の選択肢があるが、今回のシャイアー社の買収で、武田の売上高は年間4兆円に近づき、念願のメガファーマの一角を占めることが可能となった。
また、武田は従来の総花主義を排し、戦略分野を4つに絞り、消化器とがんの2分野は主として米国で、精神神経疾患の分野は主として日本で開発することにした。その他、希少疾患、血漿分画製剤、ワクチンなどはそれぞれで開発を推進することにした。
武田は日本に本社を置き、グローバルな研究開発型のバイオ医薬品のリーデイングカンパニーを目指し、優れた医薬品の創出を通じて人々の健康と医療の未来に貢献することを社是に掲げた。
足元では株価は17年末に比べ4割安の水準で低迷しているが、今後は買収の効果が目利き通り創薬力に繋がることを実績として示すまでは市場の評価は得られないし、信頼は得られないだろう。
武田は今回の買収で短期的には製品の種類や開発品目は大幅に増加するが、長期的には、他社に負けない独自の研究開発力を備え、新薬のシーズが継続的に出るような体制の構築が必要になる。船出したTAKEDAの航海は決して順風満帆ではない。