【前編】第34回くすり文化 ーくすりに由来する(or纏わる)事柄・出来事ー 八野芳已(元兵庫医療大学薬学部教授 前市立堺病院[現堺市立総合医療センター]薬剤・技術局長)

(2)-7:江戸時代(1603-1867)-No.5

[江戸時代のくすり文化の歴史]

[資料1]:薬学の歴史 in 日本薬学会:医学、薬学が近代科学として確立

17世紀から18世紀にかけて、医学が“病気の科学”として確立され、病気の原因を科学的に明らかにし、予防法を見つける努力が始まりました。ジェンナーによる天然痘の予防のための種痘などがその成果です。19世紀後半になると、コッホによって結核菌やコレラ菌が発見され、これら不治の病とされていた病気の原因も解明されてきました。 薬学においては、伝承薬であった草木の有効成分が19世紀に入り、次々と単離されるようになりました。長井長義が麻黄からエフェドリンの単離に成功した業績は、日本の薬学が世界に伍してゆく実力を備えた象徴でもありました。

1590李 時珍が「本草網目」を表す  [ 1628 ハーベー(イギリス)が血液の循環を立証  1796 ジェンナー(イギリス)が 種痘法を完成  1803 華岡青洲が全身麻 酔により乳がんの手術に成功  1803 ゼルチュルナー(ドイツ)が阿片から鎮痛成分モルヒネの単離に成功(薬効成分単離の始まり)  1820 ペレチェとカベントウ(フランス)がマラリア特効薬のキナ皮から有効成分キニーネの単離 に成功 ]  1887 長井長義が生薬の麻黄から有効成分エフェドリンの単離に成功(日本における生薬有効成分研究の始まり)  1882~1883 コッホ(ドイツ)が結核菌、コレラ菌を発見  1880 パスツール(フランス) がワクチン接種による伝染病予防を一般化  1880 日本薬学会発足

[資料2]:in薬の歴史と配置薬の沿革(薬の年表)江戸時代

1683 年 富山藩2代目前田正甫公、反魂丹の調製 岡山の医師万代常閑の伝授 1690江戸城において三春藩主秋田河内守の腹痛を治して販売権を得る「先用後利」を教えた富山配置販売の始まり 1730 森野薬草園(奈良県大宇陀町)御所今住 蘇命散・三光丸 奈良の配置薬の始まり 甲賀 神教丸・万金丹 日野 感応丸 滋賀県の配置薬の始まり 鳥栖・田代地区 万金膏 鹿島地区 唐人膏 佐賀県の配置薬の始まり 1866 仲間取締議定書連印帳 現各都道府県協議会の前身

[資料3]:1690 富山の配置売薬の始まり? 1729 幕府御薬草御用植村左平次の採薬調査 森野藤助賽郭 「森野旧薬園」「松山本草」 蘇命散、三光丸 滋賀の配置売薬の始まり 佐賀の配置売薬の始まり 1804華岡青洲、通仙散を用いた全身麻酔による手術 1870 売薬取締規制 阿片取締規制 1886 日本薬局方公布

[江戸時代の感染症とその対応等について-その2]

[江戸時代の麻疹・コレラの流行年表](鈴木則子著『江戸の流行り病』を参考に作成)

(in令和3年度テーマ展:江戸時代の感染症と人々のくらしin日光市二宮尊徳記念館)

[虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきうおうえん)]について

AI による概要:

1822年(文政5年)に発生した「西日本を中心としたコレラの猛威」は大阪でも大流行し、多くの人々が苦しみました。その時に、薬種問屋が虎の頭骨や雄黄(ゆうおう)など10種類の生薬を配合して虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきうおうえん)」という丸薬を作り、病除け用に供しています。今は、少彦名神社(神農さん)の「神農祭(しんのうさい)」で張子の虎(はりこのとら)のお守りとともに配られている歴史的な薬であり、現在も「神農さん」の縁起物として知られています。

[文献1]:災厄を払う虎

In 災厄を払う虎    國學院大學  https://www.kokugakuin.ac.jp › 國學院大學メディア

今年の干支にちなんで:文学部、日本文学科、在学生、卒業生、企業・一般

  • 教職員、文化文学部 教授 大石 泰夫

2022115日更新

 「張子(はりこ)の虎」という民具は、古くから端午の節供や八朔祭の縁起物とされ、香川県三豊市はその生産地として知られている。ピンと張ったヒゲやゆらゆらと揺れる振り子式の首など、そのユーモラスな姿は誰もが見たことがあるであろう。

少彦名神社(大阪市)で御守の張り子の虎が付けられたササ飾りを受け取る参拝者(共同通信提供)

In 災厄を払う虎    國學院大學  https://www.kokugakuin.ac.jp › 國學院大學メディア  この張子の虎の起源として伝えられるのが、大阪市中央区道修(どしょう)町に鎮座する少彦名(すくなひこな)神社の神農祭である。文政5(1822)年、コレラが大阪に流行した際に、薬種仲間が病除けの薬として「虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさつきおうえん)」という丸薬を作って「神虎」(張子の虎)の御守とともに神前祈願の後に奉納したことに由来するといわれる。安政5 (1858)年にもコレラが流行し、その際にこの薬に添えられた効能を記す文書が残されている。この伝承にちなむ少彦名神社の神農祭には、「神虎笹」という縁起物が授与される。五葉笹に、張子の虎と少彦名神社のお札をつけたものとして授与され、家内安全・無病息災の御守とされている。中国の本草書『証類本草』には、「虎骨」が去風湿薬としてリウマチ、関節炎、痛風などに応用され、筋骨を強壮するためにも用いられると記載されている。虎は日本には棲息しない動物なので、この中国の伝承が伝来したものであろう。

 また、「虎頭」ということであれば、『紫式部日記』に新生児を産湯に入れる際に「虎の頭」が用意されたことが記されている。 中国では、虎は古くから鬼や邪気を退け、風を支配する瑞獣とみなされていたので、その知識によるものであろう。

[文献2]:

in虎頭殺鬼雄黄円  エーザイ株式会社 https://search.eisai.co.jp › cgi-bin › historyphot

「虎頭殺鬼雄黄円」/安政5 (1858)年 径 1cm
コレラが大流行した時、少彦名神社(大坂) で施薬されたもの。男は左、女は右の肌身につけておき、急病の時には湯でのむようにとある。

Z00054:目で見るくすりの博物誌 P.64

<神農生活と少彦名神社と神農> 古代中国における三皇五帝の一人ともいわれる“神農” は医薬と農業をつかさどる神とされています。 「神農生活」では多くの薬草・毒草を自らが服用しその 効用を検証した神農の精神を受け継ぎ、 バイヤー自らが多くの商品を試し良いも のだけをセレクトしています。 少彦名神社では、周辺に薬種商が 多かったことから薬祖神「神農」のご加護 があるようお祀りされています。

<少彦名神社について> 日本医薬の祖神「少彦名命」、中国医薬の祖神「神農炎 帝」の二柱をお祀りしており、通称「神農さん」として親しま れています。鎮座する道修町は、豊臣秀吉の商業政策に より薬種商が集められた薬問屋の町でした。1822 年、疫 病コレラの流行の際に虎の頭骨などを配合して作ったの が「虎頭殺鬼雄黄圓」です。「張り子の虎」を御守として薬 とともに人々に配った事から、今でも「張り子の虎」が家内 安全無病息災の象徴として授与されています

[文献3]:

In MEDCHEM NEWS Vol.32 No.4 45/56

| 公益社団法人 日本薬学会  https://www.pharm.or.jp › pageindices › index45

MEDCHEM NEWS Vol.32 No.4 45/56

公益財団法人篷庵社MEDCHEM NEWS 32(4)217-217(2022)217  古くから多くの製薬会社がある大阪の道修町に、「少彦名(すくなひこな)神社」があるのをご存知でしょうか。オフィス街のビルとビルの間にある小さな神社ですが、病気平癒・健康成就の社として有名であり、各地から多くの人がお参りに訪れます。最近では新型コロナウイルスの収束を祈願される方もおられるようです。 少彦名神社は通称「神農さん」として親しまれていますが、これは日本医薬の祖神「少彦名命(すくなひこなのみこと)」と中国医薬の祖神「神農炎帝(しんのうえんてい)」がともに祀られているからだそうです。 毎年11月22日・23日には「神農祭」が行われます。「大阪の祭りはえべっさんに始まり神農さんで終わる」と言われるように「とめの祭り」とも呼ばれており、多くの参拝者で賑わいます。 神農祭は、文政5年(1822年)に大阪でコレラが流行した際に、薬種仲間が病除けの薬として「虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきうおうえん)」という丸薬をつくり、「神虎」(張子の虎)のお守と一緒に神前祈願の後、施与したことに由来するといわれており、現在では五葉笹に張り子の虎と少彦名神社のお札をつけた「張子の虎」を家内安全無病息災のお守として授与されています1)。 神農祭の2日間は露店の出店もあり、昼夜を問わず多くの人がお参りに訪れ賑わいを見せますが、2020年、2021年は新型コロナウイルス感染症の影響により露店の出店はなく、2021年私が訪れた日は雨だったことも参考文献1)少彦名神社「神農祭」http://www.sinnosan.jp/sinnousai.あり、道修町通は少し寂しい様子でした。しかし神農さんへお参りの際には傘をさしながら列をなす状況で、雨の中でも多くの参拝者がいらっしゃいました。 日本と中国の医薬の祖神が祀られているため、医学部・薬学部・国家試験の合格祈願に訪れる人も多く、飼っているペットの健康も祈願してくださるとか。 私も、家族の健康をお祈りするとともに、世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスの早期の収束を祈願し、神社を後にしました。 状況が落ち着きましたら、例年以上に賑やかなお祭りが開催されることでしょう。参拝後、食べ歩きができる日が早く来ることを願っています。

html(最終閲覧日2022年5月18日)写真1 写真2 石川里香(いしかわ りか)塩野義製薬株式会社勤務2017年より公益財団法人篷庵社事務局に出向 AUTHOR Copyright © 2022 The Pharmaceutical Society of Japan石川 里香Coffee Break少彦名神社の神農祭

[七新薬]について

AI による概要

「七新薬(しちしんやく)」とは、

幕末に司馬凌海(しば りょうかい)が長崎で刊行した、当時日本に紹介されたばかりの7種類の新しい西洋薬(ヨード、硝酸銀、酒石酸塩など)について、その薬効や使い方を解説した医学書です。1862年(文久2年)に出版され、日本の近代医学・薬学の発展に貢献した貴重な文献として知られています。

沃顛(ヨード)硝酸銀酒石酸塩;、規尼(キニーネ)珊多尼(サントニン)莫非(モルヒネ)肝油

主なポイント

  • 著者: 司馬凌海(しば りょうかい)。
  • 内容: ポンペ(Pomp)という西洋医学の医師から学んだ知識をもとに、7つの新薬(ヨード、硝酸銀、酒石酸塩など)を解説。
  • 時代: 1862年(文久2年)、長崎で刊行。
  • 意義: 日本に西洋薬学が伝わる上で重要な役割を果たしました。 
  • 関連情報
  • 復刻版・デジタルアーカイブ名古屋大学医学部図書館京都大学貴重資料デジタルアーカイブなどで、その内容を閲覧できます。 

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