マントル細胞リンパ腫(MCL)治療におけるアンメットニーズとピルトブルチニブの有用性 丸山大氏(がん研究会 有明病院 血液腫瘍科部長)

 MCLは血液がんの一種で、白血球のうちリンパ球ががん化する悪性リンパ種に分類される希少疾患である。MCLの標準治療は確立されておらず、各種臨床試験が進行中であり、共有結合型BTK阻害剤で治療後のその次の治療がアンメットニーズとなっている。そこで、丸山大氏(がん研究会 有明病院 血液腫瘍科部長)の「MCLのアンメットニーズと新たな治療選択肢」をテーマとした講演(日本新薬メディアセミナー)を紹介したい。

 ヒトの骨の中の血液を造る骨髄に血液の元となる造血幹細胞がある。その造血幹細胞から赤血球、白血球など全ての血球が分化成熟していくが、幹細胞から少し成長したところで腫瘍化したものが慢性骨髄性白血病である。
 また、造血幹細胞から血小板、赤血球、白血球とそれぞれの系統に分化していく過程で骨髄の中にいる段階で腫瘍化したものが急性骨髄性白血病である。
 造血幹細胞からリンパ系(リンパ球、B細胞、T細胞など)の細胞も成熟化していくが、未熟T細胞は胸腺に移動して前T細胞となり成熟T細胞となる。こうしてそれぞれのリンパ系細胞が少しずつ分化・成熟していくと成熟リンパ球、成熟B細胞、成熟T細胞と成って、末梢リンパ組織である扁桃、脾臓に移動していく。末梢リンパ組織で腫瘍化したものが成熟型リンパ腫である。悪性リンパ腫は、この成熟型リンパ腫を指している。
 MCLは、リンパ節のマントル帯に由来する異常なBリンパ球が増殖する血液がんで、B細胞リンパ腫の一亜型であり、Cyclin D1転座を伴う。リンパ節胚中心のマントル層を構成するナイーブB細胞を起源とする成熟B細胞リンパ腫の形態的には小型~中型の腫瘍細胞から構成されるため、病理学的には low-grade lymphoma に位置づけられるが、臨床的には aggressive lymphoma とみなされる。

 MCLの典型的な消化管病変としてlymphomatous polyposisを呈し、骨髄浸潤、消化管浸潤の頻度が高く、初診時にIV期の症例が多い。再発を繰り返す難治性の予後不良な疾患で治癒は難しい。
 リンパ腫は、男女ともにの罹患数が全ての悪性腫瘍のうち10位以内にあり、珍しい疾患ではない。だが、MCLは欧米で全てのリンパ腫の7~8%、日本では2~3% 程度で、希少疾患に定義される。発症年齢中央値は60代半であり、男女比は2:1程度と高齢の男性に多いのが特徴である。
 MCL治療は、自家造血幹細胞移植をするか、化学療法を行うかに大別される。治癒が難しい疾患なので、多くの患者はどこかのタイミングで治療薬が効き難くなったり、寛解後に再発してしまうケースが多くみられる。従って、MCLと診断された患者の多くは、再発や進行を経験して二次治療、三次治療が必要となる。
 造血器腫瘍診療ガイドライン2023年版では、「再発・難治性MCLに対して、イブルチニブ、ベンダムスチン、ボルテゾミブ単剤あるいはリツキシマブとの併用、GDP療法などの多剤併用療法が推奨される」と定義している。だが、これらの薬剤の中でどれを優先的にどのような順で投与すれば良いかのエビデンスは十分に無いため、担当医が患者の状態、治療歴などを踏まえて患者個々に合った薬剤を選択して投与しているのが現状だ。
 MCL治療においてここ数年で重要な位置づけにあるのがBTK阻害剤である。BTK阻害剤は、MCL以外のB細胞リンパ腫にも広く開発が進められており、一部の病態ではBTK阻害剤が臨床で広く使われているケースもある。

再発難治性MCLでは共有結合型BTK阻害剤で治療後のその次の治療がアンメットニーズに

 B細胞には、B細胞受容体(BCRレセプター)があり、BCRレセプターに様々な抗原刺激が加わってBTKが活性化され、転写因子であるNFkBなどが活性化し、B細胞が増殖する。
 このシグナル伝達を様々な経路の様々なところを阻害することによってがん細胞を死滅させるB細胞リンパ腫治療薬が開発されている。その中でBTK阻害剤は、現時点で最も臨床開発に成功している薬剤である。同剤は、BTKを阻害することで細胞増殖のシグナル伝達を抑制し、がん細胞を死滅させる作用メカニズムを有する。
 イブルチニブは、既存のBTK阻害剤として最も代表的な共有結合型BTK阻害剤である。再発抵抗性MCLに対して、イブルチニブの様々な臨床試験が世界中で実施されており、3つのプール解析が2019年に報告された。それによると、イブルチニブで治療された患者は、より早い段階で同剤を投与した方が全体的な治療成績が良かった。MCL治療において、イブルチニブが二次治療あるいは三次治療の早いタイイングで使用されている。
 イブルチニブはMCL治療においてある程度早い段階で臨床的に使われるようになったが、次にこの分子標的薬が何らかの理由で使えなくなった、あるいは使ったけれど効かなくなった後に実際どのような治療が行われているのかについての調査研究が行われた。その結果、日本のデータにおいて、BTK阻害剤投与後のMCL治療が混沌としている現状が浮き彫りとなった。
 MCL治療における共有結合型BTK阻害剤中止後の次治療の継続期間の中央値(95%CI)は1.54ヵ月(95%CI:1.07-2.07)、同剤中止後の生存期間の中央値(95%CI)は5.64ヵ月(95% CI:3.79-8.71で、BTK阻害剤で治療後の再発難治性MCLに対するその次の治療がアンメットニーズになっている。

既存のBTK阻害剤を投与後にも一定の効果を示すピルトブルチニブの登場に期待

 こうした中、本年8月21日に抗悪性腫瘍薬「ピルトブルチニブ」(商品名:ジャイパーカ錠)が発売された。ピルトブルチニブは、BTKに可逆的に非共有結合する BTK阻害剤で、「他のブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)阻害薬に抵抗性または不耐容の再発または難治性のマントル細胞リンパ腫」を効能・効果とする。用法用量は「成人に1日1回200mgを経口投与する。なお、患者の状態により適宜減量する」
 既存のBTK阻害剤は、BTKキナーゼドメインのC481部位に結合してBTK阻害作用を発揮する。だが、ピルトブルチニブは、C481を介さないでBTKキナーゼドメインに結合する作用メカニズムを大きな特徴の一つとしている。既存のBTK阻害剤が効かなくなる主な理由の一つに、結合部位であるC481に変異が生じて抵抗性になることが挙げられる。C481に変異が生じている患者であってもピルトブルチニブはその影響を受けないので抵抗性を克服できる。
 また、既存のBTK阻害剤は、BTK以外のキナーゼにも作用するため、有害事象の発現に繋がる可能性がある。ピルトブルチニブはBTKへの選択性が高く、BTK以外のキナーゼを阻害することによる有害事象のリスク軽減が期待できる。
 ピルトブルチニブの国際共同1/2試験(BRUIN-18001 試験)は、他の共有結合型 BTK 阻害剤に抵抗性または不耐容の再発または難治性のMCL腫患者に同剤200mgを1日1回経口投与し、同剤の有効性・安全性を評価したものである。
 主要な有効性解析対象 65例における、主要評価項目である中央判定による奏効率は 56.9%(95%信頼区間:44.0-69.2)で、単剤でのデータとして良好な成績である。
 また、日本人患者8例における奏効率は 50.0%(95%信頼区間:15.7-84.3)であった。他の共有結合型BTK阻害剤を含む前治療歴を有する進行が早くなってしまい治療が効き難くなっている芽球様細胞性MCL患者15例を対象とした奏効率は 46.7%(95%信頼区間:21.3-73.4)であった。多くの患者は部分奏功であるものの、単剤での再発芽球様細胞性MCL治療データとしては有望である。
 副次評価項目である奏効期間(DOR)の中央値は未到達(95%CI:8.31~未到達)、奏効が18ヵ月以上持続した患者の割合は57.6%で、「奏功が得られた患者では比較的長期間奏功持続期間が得られる」ことがピルトブルチニブの特徴の一つになっている。
 無増悪生存期間(PFS)の中央値は6.90ヵ月(95%CI:3.98~未到達)、18ヵ月時点の無増悪生存率は36.9%、全生存期間(OS)の中央値は未到達(95%CI:13.34~未到達)、18ヵ月時点の全生存率は58.9%である。生存期間も最初のうちは副作用や効かなくなった症例の影響により低下するものの、ある程度継続できた症例においては横ばいを示す。
 ピルトブルチニブの投与中止までに予定された投与に対する相対用量強度の中央値は100%なので、多くの患者で予定通りの投与量が継続されていた。ちなみに、「有害事象が強い」、「休薬が多い」、「減量を要する」など薬剤は、相対用量強度が低下する。
 一方、安全性については、BRUIN-18001試験において、安全性解析対象集団725例中681例(93.9%)に有害事象が認められ、主なもの(15%以上)は、疲労191例(26.3%)、下痢160例(22.1%)及び挫傷が138例(19.0%)であった。 MCL患者では、164例中146例(89.0%)に有害事象が認められ、主なもの(15%以上)は、疲労49例(29.9%)、下痢35例(21.3%)及び呼吸困難27例(16.5%)であった。ピルトブルチニブの重大な副作用として、感染症、出血及び骨髄抑制が報告されている。
 これらのBRUIN-18001試験結果から、ピルトブルチニブは、他の共有結合型 BTK阻害剤に抵抗性または不耐容の再発または難治性のMCL患者に一定程度の有効性が期待でき、奏功が得られた患者では一定期間以上の奏功持続期間が期待できる。さらに、相対用量強度が100%維持できるので安全性においても比較的管理し易いと言えるだろう。
 再発難治性MCLは、治癒が困難な疾患で、どこかのタイミングで再発するため新しい薬剤の開発が待ち望まれていた。しかも、既存のBTK阻害剤を投与していても一定の効果が期待できるピルトブルチニブの登場は、医療現場において重要なトピックであり、患者にとっても福音である。

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