肝がん予防のための患者層別化マーカー発見 理研、岐阜大学などの国際共同研究グループ

血中MYCNで肝がん再発予防薬の効果を予測

 理化学研究所(理研)生命医科学研究センター細胞機能変換技術研究チームの秦咸陽研究員、岐阜大学大学院医学系研究科消化器内科学の清水雅仁教授らの国際共同研究グループは28日、肝がん予防のための患者層別化マーカーを発見したと発表した。
 血中MYCNが、世界初の肝がん(肝臓がん)再発予防薬として期待される非環式レチノイド(一般名:ペレチノイン)の治療応答性を予測する患者層別化バイオマーカーであることを発見したもの。
 同研究成果は、肝がん治療後の再発を予防する補助療法の開発において、個別化医療に向けた非環式レチノイドの早期臨床応用への貢献に期待できる。
 これまで非環式レチノイドは、日本発の肝がん再発予防薬として3回のP2/3試験が実施されたが、承認には至っていない。その理由の一つとしてノンレスポンダー(不応答者)の存在が挙げられる。
 今回、国際共同研究グループは血中MYCNの定量に成功し、肝がんの長期予後の予測マーカーとして同定した。さらに、非環式レチノイドのP3試験の後ろ向き研究により、血中MYCNは非環式レチノイドのレスポンダー患者の選別バイオマーカーとして有用であることを証明した。
 同研究は、科学雑誌『International Journal of Cancer』オンライン版(2月21日付:日本時間2月21日)に掲載された。

 2020年に世界全体の肝がん死亡者数は83万人を超え、ステージ1であっても5年生存率は70~80%と予後不良である。肝がん根治術後の再発率は、術後1年目までで30.1%、3年目までで62.3%、5年目までで79.0%と報告されている。
 根治的治療後1~2年以内の早期再発は肝内転移再発が中心であり、2~4年以降の長期再発は多中心性再発(de novo発がん)が中心であることが知られている。領域がん化という概念によると、最初に肝がんが発症した時点で、肝内には高がん化状態の細胞集団(クローン)がすでに存在すると考えられる。これらの細胞はがん幹細胞と呼ばれ、少数でありながら腫瘍を形成する能力を有し、多中心性再発の原因であると考えられる。
 非環式レチノイドは、1981年に岐阜大学の武藤泰敏教授(当時)が発表した環状構造を持たないビタミンA類縁体で、肝がん治療後の患者に投与すると、2年以後の肝がんの再発が抑制されたことから、肝がん再発予防薬として期待されている。
 一方、これまでの臨床試験から、非環式レチノイドによる肝がん再発予防効果が低いノンレスポンダー(不応答者)がいることが分かっており、実用化における課題になっている。
 秦氏らはこれまでに、肝がん腫瘍組織中ではがん遺伝子MYCNの発現が隣接非がん部組織より有意に高く、MYCNの発現が高いほど肝がん再発率が高いことを明らかにした。
 また、非環式レチノイドが、MYCN陽性肝がん幹細胞を選択的に肝臓から除去することを示しており、患者のMYCN発現量から、非環式レチノイドの効果を投与前もしくは投与後の早い段階で予測できる可能性がある。
 同研究では、臨床検体を用いて、MYCN遺伝子発現量と相関のある血中MYCN量から、肝がん予後および非環式レチノイドの治療効果を予測することを目指した。
 具体的には、市販のELISAキットを用いて血中MYCNを定量し、肝がん患者と健常者、肝がん外科切除を受けた患者の血清検体を用いて、肝がんバイオマーカーとして血中MYCNの有用性を検討した。
 その結果、肝がん患者の血中MYCNは健常者より有意に高く、肝がん外科切除後に有意に減少した(図1)。

図1 血中MYCN量と肝がんとの関連

(A)健常者(15症例;青)と肝がん患者(18症例;赤)の血清検体中のMYCN量。肝がん患者の血中MYCN量は健常者より有意に高かった。

(B)肝がん患者(20症例)の外科切除手術前と約1カ月後の血清検体中のMYCN量。肝がん外科切除後に血中MYCN量が有意に減少した。

(A)、(B)のグラフの縦軸の質量単位「pg」はピコ(pは1兆分の1)グラム。

 次に、経皮的ラジオ波焼灼(しょうしゃく)療法もしくは切除術などの根治治療を受けた肝がん患者の血清検体を用いて、MYCNと既存の肝がん腫瘍マーカーAFPの比較を行った。血中MYCNは、肝がんの腫瘍ステージと関連性が認められなかったのに対し、肝予備能マーカーであるALBIスコアや、肝線維化マーカーである血小板数と強い相関が見られた。
 一方、血中AFPは肝がんの腫瘍ステージに依存的に増加し、ALBIスコアや血小板数とは有意な相関が見られなかった。
 さらに、根治治療後4年以上の長期予後との関連において、血中AFPとは全く相関が見られないのに対し、血中MYCNが高い肝がん患者の長期予後は有意に悪いことが分かった(図2)。
 従って、MYCN発現が腫瘍細胞だけでなく、前がん病変組織の肝機能と線維症を調節する発がん微小環境シグナルにも関連することが示唆され、MYCN陽性細胞はde novo発がんの起源であり、肝がん根治治療後の長期再発リスク因子であると考えられる。

血中MYCN量と肝がん予後との関連

(A)血中AFPが高い患者(14症例;赤)と血中AFPが低い患者(14症例;青)の間には、4年以上の長期予後に有意な差がなかった。

(B)血中MYCNが高い患者(14症例;赤)の4年以上の長期予後は、血中MYCNが低い患者(14症例;青)よりも有意に悪いことが分かる。

 さらに、非環式レチノイドの第Ⅲ相臨床試験に参加した患者の投与前と4週間投与後の血清検体を用いて、血中MYCNと非環式レチノイドの治療応答性との相関を調べた。非環式レチノイドを4週間投与された患者では、投与の前後で血中MYCN量は変化しなかった。
 一方、投与後1年目の再発群では、投与前と投与後の血中MYCN量および投与前後の血中MYCN量の倍率変化が非再発群より有意に高いことが分かった。同様な相関はプラセボ(偽薬)群では見られなかった。

 全追跡期間(18.5カ月)の肝がん予後を解析したところ、非環式レチノイド群とプラセボ群の2群間の予後において有意な差が見られなかった。Cox回帰分析[11]では、血中MYCNは、最も有意に相関する肝がん再発リスク因子として同定された。Kaplan-Meier生存解析では、プラセボ群ではなく、非環式レチノイド群でのみ血中MYCN倍率変化と肝がん再発との有意な相関が確認できた(図3)。
 すなわち、非環式レチノイドを4週間投与後に血中MYCN量が増加しない患者は、非環式レチノイドのレスポンダー(応答者)であることが示唆された。

血中MYCN量倍率変化と非環式レチノイドの治療効果との関連

(A)プラセボ投与前と4週間後の血中MYCN量の倍率変化が1.3以上(8症例;赤)と1.3以下(27症例;青)の患者の間に、投与後肝がん再発には有意な差がなかった。

(B)非環式レチノイド投与前と4週間投与後の血中MYCN量の倍率変化が1.3以上(6症例;赤)の患者の再発率は、倍率変化が1.3以下(27症例;青)の患者より有意に高かった。

 同研究では、血中MYCN量を測定することで、肝がん予後を予測するコンパニオン診断が可能になることが示唆された。今後は、肝がん再発の抑制を目的とした世界初の薬剤承認を目指すため、MYCNを患者層別化マーカーとして非環式レチノイドの有効性を評価する医師主導治験に向けて準備していく。
 MYCNの測定・評価方法が確立し、体外診断用医薬品として承認されれば、肝がんの再発や予後を予測する新たなバイオマーカーとして臨床現場で使用できるようになり、肝がん患者の予後改善に寄与できるものと期待できる。

タイトルとURLをコピーしました