双極性障害は、通常の気分をはさんで躁状態と抑うつ状態を繰り返す疾患で、多くの場合20代前半で発症する。わが国における双極性障害の発症頻度は、100人に一人と言われており、長きに亘って躁状態や抑うつ状態を繰り返すため、社会生活や家庭生活上での大きな障害になっている。
双極性障害治療の基本となる薬物療法では、これまで双極性障害の躁症状に奏功する薬剤が存在するのに対して、抑うつ症状の治療選択肢は限られており効果も未充足であった。
こうした中、これらのアンメットメディカルニーズに応える新たな治療選択肢として2020年6月11日に「統合失調症」、「双極性障害におけるうつ症状の改善」を効能効果とする非定型抗精神病薬「ラツーダ錠20mg、40mg、60mg、80mg」(一般名:ルラシドン塩酸塩)が上市された。
そこで、双極性障害の病態とラツーダの有用性、服薬指導のポイントを加藤正樹氏(関西医科大学医学部医学科精神神経科学講座准教授)に聞いた。
双極性障害の症状の殆どは抑うつ症状
双極性障害は、100人に一人の割合で、通常の気分を挟んで躁状態と抑うつ状態のどちらの症状も惹起する疾患である。1年ずつ区切って双極性障害を13~15年間フォローした海外の研究では、1年の半分は無症状で、残り半分の2/3から3/4が抑うつ症状、その残りが躁症状が認められた。
加藤氏らが日本国内で実施した3000人の双極性障害の外来患者を対象とした調査においても、無症状の安定期間が40~50%で、抑うつ状態の期間が約40%、残りが躁状態(10%程度)で、海外とほぼ同様の結果を得ている。
従って、双極性障害における躁、うつの割合は1対1ではなく、症状の殆どは抑うつ症状である。ちなみに、抑うつ症状と抑うつ状態は少し異なる。抑うつ状態は、複数の抑うつ症状がある一定期間継続した状態を指す。
双極性障害には、Ⅰ型とⅡ型があり、Ⅰ型は約35%、II型は60%強で、残りはどちらか判別できない層である。Ⅰ型は、抑うつ症状はⅡ型と同じ程度であるが、躁症状が激しく出現する。「お金を使いすぎる」、「車の運転でかなりのスピードを出す」、「偉そうなことを言って人間関係を壊す」など、社会生活に支障をきたす症状が出現するため、躁状態では入院を要することが多い。
これに対してⅡ型の躁状態は、「普段よりも少し元気」、「ちょっと良くしゃべる」、「少し金使いが荒い」、「少しの睡眠時間で活動できる」など、社会生活に大きな支障のない‟軽躁状態”ではあるものの、不安定な経過につながるため、軽躁状態を防ぐ治療も重要である。
双極性障害の発症年齢は、20代前半と言われている。うつ病は40代での発症が多いため、診断では、若くしてうつ病を発症した症例の中には双極性障害の可能性もあるので注意深く診ていく必要がある。
加えて、双極性障害は、多くの時期にうつ症状が出現するため、最初、うつ病と診断しても後に双極性障害であることが判明するケースもある。うつ病と診断されている中に20%程度双極性障害が混じっていることにも留意したい。
それまで出来ていた学業や仕事を再開し、継続するようになるのが双極性障害の治療ゴール
20代前半での発症率が高い双極性障害は、それまで出来ていた仕事や学業が再開できるようになることを治療ゴールとし、再発予防が中長期的目標になる。特に、双極性障害では、エピソードを繰り返せば繰り返すほど、無症状の安定期間が短くなる。さらに、エピソードを繰り返すことで仕事の処理速度などの高いレベルの認知機能も低下することが判明している。とりわけ、躁状態のエピソードの繰り返しが、認知機能低下リスクを高めると言われている。
社会生活への影響については、基本的に無症状期間は健常人と変わりがない。結婚に関しては、双極性障害の特徴を理解できるパートナーであればそんなに心配しなくて良いだろう。また、妊娠している際には、双極性障害の治療薬の中には禁忌のものがあるため、主治医と相談する必要がある。
ラツーダ
少ない副作用で双極性障害のうつ症状改善
ラツーダは、米国では、統合失調症患者を対象とした国際共同P3試験(PEARL試験)に基づき2010年に、双極Ⅰ型障害うつ患者を対象とした国際共同P3試験(PREVAIL試験)等の結果を基に2013年に承認を取得。その後、ブロックバスター(売上高1000億円以上の製品)へと成長を遂げている。
国内では、統合失調症患者を対象とした国際共同P3試験(PASTEL試験、JEWEL試験)、双極I型障害うつ患者を対象とした国際共同P3試験(ELEVATE試験)等の試験結果を基に、2019年7月31日に製造販売承認申請を行い、2020年3月15日付けで、「統合失調症」および「双極性障害におけるうつ症状の改善」の2つの適応症を日本で初めて同時取得し、同年6月11日に上市された。
ラツーダは、非定型抗精神病薬の特徴であるセロトニン5-HT2A受容体を遮断する作用をしっかりと有している。セロトニン5-HT2A受容体やセロトニン5-HT7受容体を遮断する作用が、気分症状の改善効果に関連しているものと考えられる。
加えて、ラツーダは統合失調症の症状緩和に役立つドパミンD2受容体を遮断する作用を有している。その他、セロトニン5-HT1A受容体部分遮断作用が、うつや不安に有用性があるのではないかと仮説レベルで指摘されている。
ラツーダの投与量に関しては、ドパミンD2受容体に対して十分効果を発揮する投与量を必要とする「統合失調症」の方が、「双極性障害におけるうつ症状の改善」よりも多めの用量が設定されている。従って、統合失調症では1日1回40㎎~80mg、双極性障害のうつ状態は1日1回20mg~60㎎と疾患によって用量が異なるため注意が必要である。
一方、ラツーダの作用機序ではっきりしているのは、アセチルコリン受容体、ノルアドレナリンα1受容体など遮断することで副作用が生じることが明確な受容体や、ヒスタミンH1受容体、セロトニン5-HT2C受容体など副作用につながる可能性のある受容体に作用しないことだ。
こうした受容体を遮断すれば、アセチルコリン受容体では認知機能低下、便秘、排尿症状、ヒスタミン受容体やセロトニン5-HT2C受容体では体重増加を引き起こす可能性がある。さらに、ヒスタミン受容体やノルアドレナリンα1受容体は、鎮静効果があるので遮断しない方が良い。これらの受容体に作用しないのがラツーダの薬理作用の大きな特徴である。
海外の双極性障害治療ガイドライン ラツーダが第一選択薬
ラツーダは、双極性障害のうつ症状治療薬としてはオランザピン、クエチアピンに続く3剤目の薬剤であるが、先の2剤に比べて、肥満や眠気の副作用が少ない。ルラシドンはオランザピンやクエチアピンなど、眠気・食欲の作用が強い鎮静系の薬剤と比較し、双極性障害の抑うつ中核症状そのものの改善をターゲットとしている違いがある。
ラツーダの双極性Ⅰ型障害の大うつ病エピソードを対象とした国際共同P3試験(ELEVATE試験)では、うつ症状を評価するMADRS合計スコア変化量は、プラセボ群(n=171)-10.6に対し、ラツーダ20-60㎎群(n=182)は-13.6であった。Effect sizeは0.328となり、統計的にも有意差が示された。
ラツーダとオランザピン、クエチアピンとの有効性に関する比較試験は行われていないが、後者2剤のそれぞれの臨床試験におけるEffect sizeはどちらも0.22程度で、その差が示すような双極性障害の抑うつ症状に対するラツーダの切れを実感している。
双極性障害の治療においてラツーダは、抑うつ状態の改善に加えて、特に抑うつ症状の優位な患者の再燃予防治療で効果が示唆されている。再燃予防治療では、長期間の薬剤服用を継続する必要がするため、体重増加や肥満、認知機能低下、便秘などの副作用出現が少ないことが重要視される。
糖尿病発症リスクを上昇させる肥満は、非侵襲のため定期的に測定しないと患者自身もなかなか気付き難いので、十分に留意しながら治療する必要がある。
ELEVATE試験における6週時の臨床検査値のベースラインからの変化量は、体重やHbA1c、総コレステロール値がプラセボに比べてほとんど変化せず、双極性障害の抑うつ症状に有効であった。特に、代謝系の副作用が少なく、糖尿病患者への投与に関する警告や禁忌の設定がないのもラツーダの大きな特徴である
さらに、ラツーダは、セロトニン5-HT7受容体を遮断して認知機能改善を示すパイロットスタディやモデルマウスの実験が報告されている。双極性障害の治療では、治癒してもなかなか認知機能が改善しないケースが多い。ラツーダはその認知機能改善効果により、職場復帰を目指している患者にとって有効な選択肢の一つになり得る可能性が期待されており、現在、加藤氏らも同剤の双極性障害患者を対象とした認知機能改善を検討する国際共同臨床研究に参加している。
ラツーダの双極性障害における躁症状の改善効果については、今のところエビデンスはない。炭酸リチウムは、単剤で躁・うつの再燃予防に効果があるとされているが、うつ状態ではラツーダやオランザピンに比べて効果発現が遅い場合が多い。
とはいえ、オランザピンは、長期間服用による肥満や眠気などの副作用出現が懸念されるため、どの国の双極性障害のガイドラインも第一選択薬に上げていない。海外のガイドラインでは、ラツーダが双極性障害のうつ治療の第一選択薬の一つとなっている。
糖尿病や高血圧治療薬と同様自分の人生を楽しくするために服用
双極性障害の抑うつ症状におけるラツーダの使い方は、1日1回20mg~60㎎を用量とする。血中濃度は1週間程度で安定するが、効果は2週間程度経過をみる必要があるので、増量は通常1週間以上開けて行い、副作用が無く効果が得られれば維持用量とする。
維持用量が決まれば、まずは、当初の目標であるそれまで出来ていた仕事や学業がまたできるようになるまで投与する。最初から「生涯のみ続けなければならない」とは言わずに、服用している方が調子の良いことを患者にしっかりと判ってもらった上で、「今後服用を止めてしまうと再燃するリスクが非常に高いので、飲み続けましょう」と説明するのが望ましい。その時には、糖尿病や高血圧治療薬と同様に、ラツーダも「自分の人生を楽しくするためにうまく利用する薬剤」であることを訴求するのもポイントである。
ラツーダの服薬指導
アカシジアは注意するもののあまり強調しない、食後服用は強調
ラツーダの服薬指導では、「足がむずむずする」、「じっとしていられない」、「正座不能」などの症状を惹起するアカシジアに注意を要する。
このため、服薬指導においてアカシジアの発現に十分注意する必要があるが、双極性障害の患者は被暗示性が高い場合もあるため、アカシジアをあまり強調し過ぎないことも重要かもしれない。
さらに、「必ず食後に服用する」ことに留意する必要がある。ラツーダは、食事である程度カロリーを摂取してから服用しなければ十分に吸収されないためだ。
ラツーダは、服用後に眠くなる人が一定数居るので、服薬中は車の運転を避ける必要がある。服薬指導時には、これらの説明も忘れてはならない。