小野薬品とブリストル・マイヤーズ スクイブは15日、プレスセミナーを開催し、大山力氏(弘前大学医学部附属病院長 弘前大学大学院医学研究科 泌尿器科学講座教授)が「尿路上皮がん術後補助療法における新たな治療選択肢の登場」をテーマに講演した。大山氏は、尿路上皮がんの病態や疫学、現在の治療とその課題および術後補助療法について解説。「尿路上皮がんは難病で、術前・術後補助化学療法で治療成績は向上したものの十分ではない」と指摘し、尿路上皮がんの術後補助療法として使用可能になったオプジーボに期待を寄せた。
尿路上皮がんは、腎盂がん、尿管がん、膀胱がん、尿道がんの総合称で、その発症頻度は、腎盂がん2:尿管がん1:膀胱がん30の比率となっており、膀胱がんが圧倒的に多い。日本では、年間約3.7万人が新たに膀胱がんと診断され、年間約1.1万人の死亡が報告されている。
膀胱がんの95%を45歳以上が占め、 80%を65歳以上が占める。罹患率(/10万人/年)は、男性11.5、女性2.6、死亡率(/10万人/年)は、男性2.4、 女性0.7、過去15年で粗罹患率は1.4倍、粗死亡率は2.2倍となっており、近年は、罹患率、死亡率ともに増加している。
尿路上皮がんはその進行度の理解が重要
尿路上皮がんは、その進行度を理解することが重要である。深達度(T分類)では、Ta、T15、T1が「筋層非浸潤性膀胱がん」で、T15は上皮内がん、T1はがんが上皮下結合組織まで浸潤している状態を表す。
さらに、T2a、T2b、T3、T4は「筋層浸潤性膀胱がん」に分類され、数字が大きくなるほどがんが筋の深いところまで浸潤している。T2は筋層まで、T3では脂肪組織まで及び、T4では他臓器までがんの浸潤が見られる。
膀胱がんの病期(ステージ)分類では、T1で転移がない場合がステージⅠで、がんが筋肉まで沁みていくとⅡとなる。転移が出現すればⅢ、Ⅳと数字が大きくなる。同じような分類が、腎盂・尿管がんでもされており、数字が大きくなるほどがんの浸潤が深くなる。
膀胱がんには、「筋層非浸潤性」と「筋層浸潤性」の2種類がある。前者は、膀胱内にイソギンチャクのようながんが突出しているものの壁肉深達度が低いため「顔つきが良く、悪性度が低い」。従って、尿道から内視鏡を挿入して切除すれば治癒できる。
後者は、のっぺりとした饅頭のような内視鏡所見の筋層浸潤性膀胱がん(MIBC)で「顔つきが悪く、悪性度が高い難病である」。MIBCは、筋層深く浸潤しているため内視鏡で削っても治し切れない。オプジーボの適応は、このMIBCである。
MIBCの標準治療は、膀胱全摘除術
膀胱癌の治療法は、大きく分けて①手術療法、②放射線療法、③がん化学療法、④免疫療法がある。手術療法は、筋層非浸潤がんは、経尿道的腫瘍切除術(TURBT)を用いる。T2以上の筋層浸潤がんは、膀胱全摘除術(開腹手術 ロボット手術)が必要になる。
放射線療法は、主に悪性度の高い筋層浸潤がんで手術療法と併用される場合がある。さらに、高齢や合併症が多くて手術ができない人にも用いられる。
がん化学療法(抗がん剤)は、肺や骨に転移のある患者に使用される。免疫療法には、結核で投与するBCGを用いたBCG膀胱内注入療法がある。さらに、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害剤を筋層非浸潤膀胱がんの術後補助療法として用いる方法がある。
MIBCの標準治療は、膀胱全摘除術である。ヨーロッパの泌尿器科ガイドラインでもそうした記載がされている。だが、膀胱全摘除術は、周術期死亡率が0-8%あり、合併症も多岐に渡って30-65%発症するので、食道全摘除術と同様の侵襲があるとされている。
泌尿器外科医にとって膀胱摘徐手術は、出血もするし、時間も掛かるので難度が高い。同手術が困難を要するのは、尿路を再建する尿路変更術も起因している。
尿路変更術には、「尿管皮膚瘻」、「回腸導管」「新膀胱」がある。尿管皮膚瘻は、最も簡便で安全な尿路変向術であるため、高齢者、合併症の多い症例に適応となることが多く、尿管皮膚瘻は回腸導管や結腸導管よりも合併症が少ないとされている。だが、尿管の口径が小さいため、回腸導管よりも狭窄を来たしやすい。体外に尿と貯めるパウチ(袋)を必要とするので患者のQOLは低い。
回腸導管は、既に確立され、安定した成績が期待できる尿路変向術であるが、48%に尿路感染症、尿管・回腸吻合の狭窄やリークなどの早期合併症を認める。回腸導管も体外にパウチを必要とする。131例を最低5年間経過観察した報告では、5年の時点での合併症発生率は45%、15年では94%と高い。
新膀胱は、腸の一部の回腸をU字型に遊離して新しい膀胱をお腹の中に作成するため、パウチは不要である。手術支援ロボとの活用により、安全で低侵襲の手術が可能となった。
術前化学療法をした後の再発対策がこれまでのアンメットメディカルニーズに
膀胱全摘除術の5年生存率は、黎明期(1887年頃)は低かったが、手術の改善に伴って上昇し、50年前には50%に達していた。だが、2010年の米国の大規模データベースにおける膀胱全摘術の5年生存率も50%で、この50年間成績が上昇していなかった。そこで、これを何とかしようということで、周術期補助化学療法が発達してきた。最初に、手術の後に抗がん剤を投与する「術後化学療法」(adjuvant chemotherapy、AC)が試みられた。その後、手術の前に抗がん剤を投与する「術前化学療法」(neo-adjuvant chemotherapy、NAC)が創出された。
尿路上皮がんの周術期化学療法には、シスプラチン、カルボプラチンなどのプラチナ製剤が有用とされている。2003年には、手術前にシスプラチンを含むM-VACネオアジュバント療法を使用して、膀胱全摘後の患者の5年生存率が上昇したことが報告された。その後、日本でもM-VAC術前化学療法の臨床試験(JCOG 0209)が実施され、患者の5年生存率の改善が報告された。
最近のヨーロッパ泌尿器科学会ガイドラインでは、「MIBCでシスプラチンが使える場合にはシスプラチンを含む術前化学療法を強く推奨している」
一方、MIBCの治療成績改善策として、外科医による拡大郭清試験も試みられたが、リンパ節郭清の範囲を広げても全ての生存率の成績は改善しなかった。この試験で唯一、「リンパ節転移や手術の後に筋肉の深いところまでがんが残っていた患者に化学療法を後から追加したら予後が改善した」というポジティブデータが出された。これを反映させて2019年からのヨーロッパ泌尿器科学会ガイドラインには、「術前の化学療法をしていない患者で筋肉にたくさんがんが残っている、あるいはリンパ節に転移がある場合には術後の化学療法を推奨している」
これら一連の臨床試験結果から「MIBCは手術だけでは限界があるので、ACまたはNACを上手に使いましょう」というメッセージが出された。
弘前大学でもMIBCに対して、Neoadjuvant + ロボット膀胱全摘除術の治療計画で対応してきた。その結果、5年生存率は50%をはるかに超える84.4%を得ており、この療法が非常に有用だと認識している。とはいえ、MIBCは非常に難病なので、NACを行った後も再発する患者がたくさんいるのが大きな課題であった。術前化学療法をした後の再発は非常に厄介で、シスプラチンあるいはカルボプラチンのようなシスプラチンベースの化学療法では効果がない。NAC後の再発では、現行の化学療法抵抗性が生じているためである。
大山氏らは、MIBC415例の患者をNAC有り群(275例)とNAC無し群(140例)に分けて再発率をみると前者は22%、後者は37%で、NAC有り群で明らかに再発率が下がっている。
だが、膀胱全摘後に再発した111例の検討では、NACを行った患者の方が再発が早く惹起した。術後再発に対する救済化学療法として、ジェムシスやジェムカーボなど従前の化学療法を行ったが月単位でどんどん再発が惹起し、「NAC後の再発は化学療法抵抗性」が確認された。ここにアンメットメディカルニーズが存在した。
術後補助療法として のオプジーボの選択肢に期待
尿路上皮がんは、術前補助化学療法で治療成績は向上したが万全ではない。こうした中、オプジーボが、本年3月28日に国内で尿路上皮がん術後補助療法として承認された。
同承認は、根治切除後の再発リスクが高い筋層浸潤性尿路上皮がん患者の術後補助療法として、オプジーボ単剤療法をプラセボと比較した多施設国際共同無作為化二重盲検P3試験(CheckMate-274試験)結果に基づくものだ。大山氏も、同試験の治験医師を努めている。
同試験において、オプジーボ単剤療法群は、プラセボ群と比較して、主要評価項目である全無作為化患者およびPD-L1発現レベルが1%以上の患者における無病生存期間(DFS)で統計学的に有意な延長を示した。
全無作為化患者におけるDFSの中央値は、オプジーボ群で20.8カ月、プラセボ群で10.8カ月と、オプジーボ群は、プラセボ群と比較して、2倍近く延長し、再発または死亡リスクを30%低減した[ハザード比(HR)0.70、98.22%信頼区間(CI):0.55 – 0.90、p=0.0008]。
PD-L1発現レベルが1%以上の患者におけるDFSの中央値は、オプジーボ群で未達、プラセボ群で8.4カ月と、オプジーボ群は、プラセボ群と比較して、再発または死亡リスクを45%低減した(HR 0.55、98.72% CI: 0.35 – 0.85、p=0.0005)。
尿路上皮癌は再発すると予後が悪く、再発させない事が重要である。加えて、無病生存期間をより長くとれることは、患者に日常の生活を提供できることに繋がるため、DFS延長には大きな意義がある。
同試験におけるオプジーボ単剤療法の安全性プロファイルは、これまでにオプジーボの固形がんの試験で認められているものと一貫していた。
NACを行ったのに筋層浸潤がある、あるいはNACを行わなかったが深いところまで浸潤している尿路上皮がんは、いずれも患者の予後は良くない。その改善にオプジーボは恩恵をもたらすものと考えられる。
尿路上皮がんは難病で、術前・術後補助化学療法で治療成績は向上したものの十分ではない。こうした中、オプジーボが術後補助療法として使用可能になり選択肢が増えた。シスプラチンに感受性のある尿路上皮がんは、まず、シスプラチンを含む化学療法剤を投与して免疫原性を発揮する細胞死を誘導した上で、術後補助療法としてオプジーボを追加すれば同剤の有効性が最大限に発揮されると考えられる。これらの薬剤を有効に使うことで、尿路上皮がん治療のさらなる向上が期待される。