産学官連携でMPSを「使える評価系」に育て、社会実装と行政利用を目指す国立医薬品食品衛生研究所 山崎大樹氏

 医薬品や化学物質の安全性評価において、動物の犠牲を減らしつつ、ヒトへの予測精度を高める新しい評価方法および戦略としてNAMs(New Approach Methodologies)の推進が世界的な潮流となっている。MPS(Microphysiological Systems)も高度な in vitro NAMsの一つと位置付けられ、実用化に向けた取り組みが進んでいる。
 MPSの社会実装や行政的利用に向けた研究を進めている国立医薬品食品衛生研究所(NIHS: National Institute of Health Sciences)の山崎大樹氏(安全性生物試験研究センター薬理部第二室長)は、「MPS開発の目的は、臓器全体を完全に模倣した“小さな臓器”をつくることではなく、臓器機能の一部を再現する評価プラットフォームを構築することである」と本質を述べる。
 わが国では2017年からMPS開発に関するAMED研究事業が開始され、現在は後継プロジェクト「AMED-MPS2」で肝臓-心臓連結MPSの社会実装、すなわち製薬企業やCROでの活用を目指す研究が進行中だ。
 また、もう一つ、小腸-肝臓連結MPSの標準化・行政的利用を目指すAMED「MPS-RS2」プロジェクトも進行している。両プロジェクトに関与する山崎氏は「まだまだMPSは実用化できてはいないのが現状。産学官が連携してMPSを『使える評価系』に育てていかなければならない」と強調する。

小腸-肝臓連結MPSのOECDテストガイドライン化が目標

 山崎氏によると、両プロジェクトのうち、行政的利用を目指しているのは「MPS-RS2(小腸-肝臓連結MPS)」で、「そのゴールは化学物質のヒト健康影響評価試験に関する『OECDテストガイドライン』への掲載と設定している」という。
 「小腸-肝臓連結MPSは、小腸での吸収・代謝および肝臓での代謝を組み合わせて考え、最終的に全身循環に届く薬や化学物質などの量を推定することが目的」と山崎氏。現在、国内開発のデバイスを用いた小腸-肝臓連結MPSを用いて、NIHS、東海大学、崇城大学、CROのアクセリードが連携し、薬物動態のプレバリデーション試験を実施中だ。
 灌流デバイス(BioStellar Plate)内の連結したウェルの一方にセルカルチャーインサートを用いてヒト腸管細胞を、他方のウェル底面でヒト肝細胞を培養したMPSを構築。腸管細胞側に評価化合物を添加して灌流し、肝細胞側から液をサンプリングし、親化合物、代謝物の濃度を測定し、数理解析してPK/TK、初回通過(BA)、代謝物曝露などの薬物動態予測を行うモデルである(図1)。
 このモデルを用いて、ミダゾラムを使用して肝細胞側からサンプリングした培養液中の親化合物および代謝物濃度の経時変化を見ると、親化合物ミダゾラムは数時間でピークに達して減少していったが、代謝物1-OHミダゾラムは時間依存的に上昇し、ヒトの初回通過効果を再現できる評価系であることが示された。

図1 小腸-肝臓連結MPSの実験方法と結果解析のイメージ

 ミダゾラムのような使用実績豊富な医薬品は、添付文書やインタビューフォームに記載された薬物動態パラメータとMPSでの実験結果を比較することで評価系としての妥当性が判断できる。一方で、化学物質はヒトでの体内動態データはほとんどないが、「多数の医薬品での試験で評価系としての妥当性を証明できれば、化学物質全体の評価系として使える根拠となる。食品企業などからの注目度も高い」と山崎氏は述べる。
 小腸-肝臓連結MPSの今後について山崎氏は「プレバリデーション試験を2026年12月までに終了させ、OECD in vitro毒性動態試験のDRP(Detailed Review Paper)に情報を追加することを目指す。「小腸-肝臓連結MPSのガイドライン化は日本主導で進んでいるが、海外の施設とも連携してデバイスや細胞を変えて実験するなど、より活用しやすい評価系の開発に取り組みたい」と展望を語った。

ヒトの肝代謝と心毒性を合わせて評価する肝臓-心臓連結MPS

 一方、「AMED-MPS2」プロジェクトでは、肝臓-心臓連結MPSを用いて肝代謝物を考慮した心毒性評価系を構築し、製薬企業等で活用することを目指している。
 「催不整脈など心臓への安全性が懸念されて市場から撤退、あるいは販売制限を受けた医薬品は多数あり、その中には薬物相互作用により肝臓での代謝活性が変化するものも多く含まれる。肝代謝は種差が大きいことが知られているが、ヒトの肝代謝と心毒性を1つのin vitroシステムで評価できる系として肝臓-心臓連結MPSを開発している」と山崎氏。
 同MPSは連結したウェルの一方でヒト初代肝細胞を、他方でヒトiPS心筋細胞由来三次元心筋組織を培養し、肝細胞側から評価化合物を添加して灌流させ、カメラでの心筋組織収縮評価とサンプリングした培地の濃度測定を実施して解析し、心毒性を評価するものだ(図2)。

図2 肝臓-心臓連結MPSの方法と概念

 山崎氏らは、心毒性(不整脈)が原因で販売中止となったテルフェナジンを用いて実験を行った。その結果、心筋だけを培養した系ではテルフェナジン添加後に心筋収縮が減弱したが、肝臓-心臓連結培養系では心筋収縮は正常であった(図2左下)。培地中の成分濃度を測定すると、心筋単独培養系はテルフェナジンしか検出されなかった。だが、肝臓-心臓連結培養系ではテルフェナジンはほぼ検出されず、心毒性のない代謝物フェキソフェナジンが多く検出された。
 山崎氏は「この実験結果は、肝機能が正常であればテルフェナジンはフェキソフェナジンに代謝されて心毒性を示さないと解釈できる」と話す。つまり、肝機能低下例や薬物相互作用がある例では結果は変わってくる。例えば、テルフェナジンの肝代謝に必要なCYP3A4を阻害する薬との薬物相互作用なども検証できると考えている」
 NIHSにおいて評価系として開発された肝臓-心臓連結MPSは、デバイスの製造・販売元である住友ベークライトに技術移管されて周辺技術開発や実装可能な手順への落とし込みが行われ、現在はユーザーとして筑波大学およびエーザイにおいて再現性確認や利用可能性が検証されている。
 MPSの実用化に向けて山崎氏は「施設間でバラつきなく再現性を担保することが重要であり、誰が実施しても同じ結果が得られるようにプロトコールを作り込むことがポイントになる」と述べる。
 また、2027年1月8日(金)には、ソニックシティ(さいたま市)でMPS実用化推進協議会(代表・石田誠一氏、事務局・山崎大樹氏、図3)の第4回学術シンポジウムが開催されるため、「MPSに興味のある方々はぜひ、ご参加いただきたい」と呼び掛ける。

図3 MPS実用化推進協議会ホームページ

タイトルとURLをコピーしました