血管を「成熟」させる新皮膚創傷治療法発見 褥瘡など難治性創傷の新治療法確立に期待 福井大学

難治性の傷では、もろく血液が漏れやすい未熟な血管しかできず、酸素不足で組織が再生しない。LPAを塗ると血管が「成熟」して酸素が確実に届き、線維芽細胞が活性化してコラーゲン産生と組織再生が進む。リンパ管の再生も促される。血管の数を増やす従来治療と異なり、血管の「質」を高めて治癒を早める点が特徴である。

 福井大学 学術研究院医学系部門 血管統御学の木戸屋浩康教授、髙良和宏助教らの研究グループは、血管を「成熟」させる新しい皮膚創傷治療の戦略を発見した。
 体内にある脂質「リゾホスファチジン酸(LPA)」を皮膚の傷に塗ると治りが早まり、その背景に「血管を成熟させる」という新しい仕組みがあることを明らかにしたもの。
 高齢化と糖尿病患者の増加で、褥瘡(床ずれ)や糖尿病性足潰瘍などの「治りにくい傷」は身近な課題である。傷が治るには新しい血管が酸素と栄養を届ける必要があるが、従来の血管を増やす薬(VEGFなど)では、できる血管が未熟で血液が漏れやすいという壁があった。
 同研究ではマウスの背中の傷にLPAを1日1回塗ったところ、傷の閉鎖が有意に加速しました。血管の量が約2倍に増えただけでなく、壁細胞が血管を覆い、血液が漏れにくくなって組織の酸素不足が解消。コラーゲンをつくる線維芽細胞も活発になり、リンパ管も増えていた。
 血管の「数」と「質」を同時に高める点で、LPAは既存の創傷治療薬とは異なる仕組みを持つ新しい治療薬の候補である。同研究成果は8月28日に国際学術誌「Inflammation and Regeneration」に掲載された。
 皮膚に傷ができると、傷口は止血・炎症・増殖・再構築の段階を経て治っていく。このうち増殖期には、傷の中に新しい血管が伸びる「血管新生」が決定的に重要だ。新生血管が酸素と栄養を運ぶことで肉芽組織が育ち、表皮がその上を覆う。
 血管が十分に伸びないと傷の内部は酸素不足に陥り、治癒が止まってう。これが、高齢者や糖尿病患者で傷が慢性化する主な理由です。日本褥瘡学会の調査では一般病院の入院患者の約2.5%に褥瘡がみられ(第4回実態調査、2016年度)、糖尿病患者の約0.7%が足潰瘍を合併する(糖尿病診療ガイドライン2024)。治らない傷は長期の入院や下肢切断につながる。
 そこで、増殖因子を傷に投与する治療が検討されてきた。国内では線維芽細胞増殖因子(bFGF)製剤が使われているが、これは主に肉芽形成と表皮の再生を促すものだ。
 一方、血管を増やす力が最も強いVEGF(血管内皮増殖因子)は、できる血管が未熟で血液が漏れやすいことが課題であった。血管の「量」ではなく「質」、すなわち壁細胞に覆われて血液が漏れにくい状態(血管の成熟)をどう獲得させるかは、既存の治療では扱えていない課題だった。
 同研究では、マウスの全層皮膚欠損創モデルを用いてLPAの効果を詳細に解析した。8週齢の雌マウスの背部に直径8ミリの傷を作製し、LPA(0.1、0.3、1.0 mg/mL)または溶媒を1日1回塗布したところ、傷の閉鎖が濃度依存的に加速し、1.0 mg/mLで効果が最大となった。
 創の面積は5・7・9日目のいずれでも溶媒群より有意に小さく、傷ができて3日後から塗り始めた場合にも同様の効果が認められた。また、体内でLPAをつくる酵素オートタキシンの遺伝子発現は傷の直後に一過性に上昇し、この酵素の阻害薬を投与すると治癒がわずかに遅れた。
 もともと体に備わっているLPAの産生も、傷の治りはじめに寄与していることが示唆される。LPAが傷の中で何をしているのかを調べるため、傷の組織を免疫蛍光染色とフローサイトメトリーで解析した。
 血管内皮細胞のマーカーであるCD31抗体で組織を染色すると、LPAを塗った傷では7日目に血管網が密に発達し、血管が占める面積の割合が約2倍に増加していた。細胞をカウントするフローサイトメトリーでも、血球のマーカーCD45が陰性でCD31が陽性の血管内皮細胞が有意に増えていた。
 さらに、血管を外側から包む壁細胞(ペリサイト)の被覆が増加して血管内に注入した色素の漏れ出しが著しく低下し、低酸素を検出する試薬を用いた評価では組織の酸素不足がほぼ解消していた。
 加えて、むくみを引かせるリンパ管の長さも約2倍に伸びていました。LPAは血管の数を増やすだけでなく、血液が漏れにくく酸素を確実に届けられる「機能する血管」をつくり出していた。
 分子レベルの変化を理解するため、傷の組織を用いてRNAシークエンス解析(注6)による網羅的な遺伝子発現解析を実施した。その結果、LPA投与により、血管の発生や形態形成、細胞外マトリックス(コラーゲンなどの組織の土台)の構築に関わる遺伝子群がまとまって上昇していることが明らかになった。
 実際、線維芽細胞のはたらきを示す遺伝子(フィブロネクチン等)の発現は5〜7日目に一過性に高まり、9日目には元の水準に戻っており、過剰な線維化ではなく、必要な時期に集中して組織をつくる整った反応が起きていた。
 また、公開されているマウス皮膚の1細胞レベルの遺伝子発現解析データを再解析したところ、LPAの受容体のうちLPAR1は線維芽細胞に、LPAR4とLPAR6は血管内皮細胞に多く存在していた。LPAが複数の受容体を介して、血管と線維芽細胞それぞれにはたらきかけていることが示唆された。
 同研究は、血管を「増やす」だけでなく「成熟させる」ことを治療の標的にできることを示した。今後は、糖尿病モデルや褥瘡モデルなど実際に治りにくい傷での有効性の検証、ならびにより臨床に近い大型動物での検証が必要になる。
 またLPAは、全身に投与した場合には腫瘍の増殖や血小板凝集、疼痛への関与も報告されており、安全性の見極めが欠かせない。「患部に塗る」投与方法は全身へのばく露を抑えられる点で有利であり、今後は受容体サブタイプを選んではたらく薬剤や患部だけに届ける製剤の開発を進め、難治性創傷の新しい治療法の確立を目指す。

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