敗血症性肝障害を「タンパク質品質管理」視点で解明 敗血症の新たな治療戦略に 岐阜大学

TG2によるビメンチン架橋が肝臓マクロファージの炎症を制御

 岐阜大学大学院医学系研究科の秦咸陽特任講師らの研究グループは8月31日、敗血症に伴う肝障害(sepsis-associated liver dysfunction、SALD)が悪化する新たな分子メカニズムを明らかにしたと発表した。「トランスグルタミナーゼ2(TG2、酵素)を阻害することで敗血症モデルマウスの炎症と死亡率が改善し、敗血症の新たな治療戦略となる可能性を発見したもの。
 敗血症は感染に対する免疫反応が過剰となり、全身に炎症が発生し、臓器に深刻な障害を引き起こす病気です。特に肝臓は敗血症の影響を受けやすく、肝障害を発症すると死亡率が約60%に達する。だが、その発症メカニズムには未解明な部分が多く、有効な治療法は確立されていない
 研究グループは、細菌毒素であるリポ多糖(LPS)を感知して活性化した肝臓のマクロファージにおいて、タンパク質架橋酵素「トランスグルタミナーゼ2(TG2)」が細胞骨格タンパク質「ビメンチン」を架橋し、線維状ネットワークを核周囲の「かご状構造」へと再編成することを発見した。
 この構造変化により、タンパク質凝集体へのプロテアソームの動員が妨げられ、炎症シグナル分子TRAF6の分解が抑制されることで炎症が持続することが明らかになった。
 一方、TG2あるいはビメンチンを阻害すると、Rab27a陽性小胞を介した新たなタンパク質分解経路が活性化し、TRAF6の分解が促進されることで炎症が抑制された。さらに、TG2阻害により敗血症モデルマウスの生存率が改善することも確認した。
 同研究は、敗血症性肝障害を単なる「サイトカインの暴走」としてではなく、タンパク質の品質管理(プロテオスタシス)が破綻する疾患として捉え直すもので、新たな治療薬開発につながるものと期待される。
 これらの研究成果は、8月29日にScience Advances誌のオンライン版で発表された。

図:TG2-ビメンチン軸によるマクロファージの炎症制御モデル

TG2によるビメンチン架橋がプロテオスタシスを障害し、TRAF6の分解抑制を介して炎症を持続させる。 一方、TG2またはビメンチンの阻害はRab27a陽性小胞を介したタンパク質分解を促進し、炎症を抑制する。

 敗血症は感染症に対する生体の過剰な免疫応答により全身に炎症が広がり、多臓器不全に至る重篤な病態である。世界で年間約1100万人が死亡と推定されており、全死亡の約20%に関与すると報告されている。中でも肝臓は代謝と免疫の両面で重要な役割を担うため、敗血症の影響を強く受けやすく、敗血症に伴う肝障害(SALD)は死亡率が約60%に達する。だが、既存の肝疾患治療の延長では十分な効果が得られておらず、病態に即した治療法の開発が急務となっている。
 肝臓の炎症では、マクロファージが細菌成分(リポ多糖など)を感知して活性化し、TNF・IL-6・IL-1βなどの炎症性サイトカインを大量に産生すれば、組織障害や死亡率と密接に関わることが知られている。
 だが、個々のサイトカインを標的とした治療は臨床試験で十分な効果を示せておらず、炎症を引き起こす上流の共通メカニズムの解明が求められてきた。
 研究グループは以前より、タンパク質を架橋する酵素「トランスグルタミナーゼ2(TG2)」に着目し、肝疾患モデルにおいてTG2が転写因子を架橋して肝細胞死を誘導することなどを報告してきた。さらに、敗血症モデルマウスの肝臓マクロファージでTG2の酵素活性が特異的に上昇することも見出していた。
 一方で、TG2がどのようにして炎症を増幅させるのか、その分子標的は長らく不明であった。近年、細胞内でタンパク質の合成・分解のバランス(プロテオスタシス)が崩れることが炎症性疾患に関与すると注目されているが、敗血症時にマクロファージがこの破綻にどのように対処しているのかについては、ほとんど分かっていない。
 研究グループは、LPSを投与した敗血症モデルマウスの肝臓・肺・腎臓を比較したところ、TG2の酵素活性が肝臓のマクロファージで特異的に強く誘導されることを見出した。TG2阻害薬シスタミンを投与すると、肝臓の炎症性遺伝子の発現が抑えられ、敗血症モデルマウスの生存率も有意に改善した。
 また、ヒトの敗血症性肝障害患者の肝組織でもTG2タンパク質量の増加が確認され、TG2が病態に関与することが裏付けられた。
 次に、TG2が架橋する標的タンパク質を網羅的に探索した結果、細胞骨格を構成するタンパク質「ビメンチン」がTG2の架橋標的であることを突き止めた。LPSで活性化したマクロファージでは、TG2がビメンチンを架橋して高次構造体(オリゴマー)を形成させ、細い線維状であったビメンチンネットワークを核の周囲を取り囲む「かご状」の構造へと変化させることが、顕微鏡観察により明らかになった。ビメンチンを欠損させたマクロファージでは、LPSに対する炎症性サイトカインの産生が抑制され、TG2を欠損させた場合と同様の抗炎症効果が確認された。
 さらに詳しく調べたところ、ビメンチンが形成する「かご状」構造は、タンパク質の凝集体を包み込み、プロテアソームの凝集体への動員(リクルート)を妨げていることが分かった。一方、TG2またはビメンチンを欠損させたマクロファージでは、この抑制が解除され、プロテアソームがタンパク質凝集体へ効率的に動員され、炎症を引き起こす分子「TRAF6」の分解が促進されることが明らかになった。プロテオミクス解析からは、この過程に「Rab27a」という小胞輸送を担うタンパク質が関与する、これまで知られていなかった凝集体の分解経路(Rab27a陽性小胞を介した経路)が存在することも新たに見出した。
 最後に、TG2阻害薬シスタミンとオートファジー阻害薬クロロキンを併用したところ、それぞれ単独で用いるよりも高い効果が得られ、敗血症モデルマウスの致死を4日間にわたって完全に防ぐことに成功した。
 これらの結果から、「TG2-ビメンチン軸」が肝臓マクロファージの細胞骨格リモデリングとタンパク質の品質管理(プロテオスタシス)を介して炎症を制御する、新たな分子機構であることが示された。
 同研究により、敗血症性肝障害の悪化に「TG2-ビメンチン軸」が関与する新たな分子機構が明らかになった。今回の成果は、マウスモデルおよびマウス由来のマクロファージ細胞株を用いた検討に基づくもので、多菌性感染やウイルス感染など、より複雑な病態を反映したヒトの敗血症を完全に再現するものではない。
 今後は、ヒトの肝臓マクロファージや臨床的に妥当性の高い敗血症モデルを用いた検証を進め、TG2を敗血症性肝障害のバイオマーカーおよび治療標的として確立することを目指す。また、TG2阻害薬シスタミンはこれまでにも皮膚炎症や糖尿病網膜症、嚢胞性線維症など様々な疾患での抗炎症作用が報告されており、オートファジー阻害薬との併用による相乗効果も踏まえ、TG2-ビメンチン-プロテオスタシス経路を標的とした敗血症性肝障害の新規治療戦略の開発が期待される。

◆秦咸陽氏のコメント
 敗血症では「炎症を抑える」ことが長年の治療戦略であった。だが、本研究から、炎症そのものではなく、細胞内のタンパク質品質管理の破綻が炎症を持続させる重要な要因であることが明らかになった。
 今後は、この「プロテオスタシスの破綻」という概念を、敗血症後の長期予後、さらには慢性炎症を背景とする老化や発がんの理解と制御へと展開し、新たな診断法や治療法の開発につなげたいと考えている。は感染に対する免疫反応が過剰となり、全身に炎症が発生し、臓器に深刻な障害を引き起こす病気です。特に肝臓は敗血症の影響を受けやすく、肝障害を発症すると死亡率が約60%に達する。だが、その発症メカニズムには未解明な部分が多く、有効な治療法は確立されていない
 研究グループは、細菌毒素であるリポ多糖(LPS)を感知して活性化した肝臓のマクロファージにおいて、タンパク質架橋酵素「トランスグルタミナーゼ2(TG2)」が細胞骨格タンパク質「ビメンチン」を架橋し、線維状ネットワークを核周囲の「かご状構造」へと再編成することを発見した。
 この構造変化により、タンパク質凝集体へのプロテアソームの動員が妨げられ、炎症シグナル分子TRAF6の分解が抑制されることで炎症が持続することが明らかになった。
 一方、TG2あるいはビメンチンを阻害すると、Rab27a陽性小胞を介した新たなタンパク質分解経路が活性化し、TRAF6の分解が促進されることで炎症が抑制された。さらに、TG2阻害により敗血症モデルマウスの生存率が改善することも確認した。
 同研究は、敗血症性肝障害を単なる「サイトカインの暴走」としてではなく、タンパク質の品質管理(プロテオスタシス)が破綻する疾患として捉え直すもので、新たな治療薬開発につながるものと期待される。
 これらの研究成果は、8月29日にScience Advances誌のオンライン版で発表された。


図:TG2-ビメンチン軸によるマクロファージの炎症制御モデル

TG2によるビメンチン架橋がプロテオスタシスを障害し、TRAF6の分解抑制を介して炎症を持続させる。 一方、TG2またはビメンチンの阻害はRab27a陽性小胞を介したタンパク質分解を促進し、炎症を抑制する。

 敗血症は感染症に対する生体の過剰な免疫応答により全身に炎症が広がり、多臓器不全に至る重篤な病態である。世界で年間約1100万人が死亡と推定されており、全死亡の約20%に関与すると報告されている。中でも肝臓は代謝と免疫の両面で重要な役割を担うため、敗血症の影響を強く受けやすく、敗血症に伴う肝障害(SALD)は死亡率が約60%に達する。だが、既存の肝疾患治療の延長では十分な効果が得られておらず、病態に即した治療法の開発が急務となっている。
 肝臓の炎症では、マクロファージが細菌成分(リポ多糖など)を感知して活性化し、TNF・IL-6・IL-1βなどの炎症性サイトカインを大量に産生すれば、組織障害や死亡率と密接に関わることが知られている。
 だが、個々のサイトカインを標的とした治療は臨床試験で十分な効果を示せておらず、炎症を引き起こす上流の共通メカニズムの解明が求められてきた。
 研究グループは以前より、タンパク質を架橋する酵素「トランスグルタミナーゼ2(TG2)」に着目し、肝疾患モデルにおいてTG2が転写因子を架橋して肝細胞死を誘導することなどを報告してきた。さらに、敗血症モデルマウスの肝臓マクロファージでTG2の酵素活性が特異的に上昇することも見出していた。
 一方で、TG2がどのようにして炎症を増幅させるのか、その分子標的は長らく不明であった。近年、細胞内でタンパク質の合成・分解のバランス(プロテオスタシス)が崩れることが炎症性疾患に関与すると注目されているが、敗血症時にマクロファージがこの破綻にどのように対処しているのかについては、ほとんど分かっていない。
 研究グループは、LPSを投与した敗血症モデルマウスの肝臓・肺・腎臓を比較したところ、TG2の酵素活性が肝臓のマクロファージで特異的に強く誘導されることを見出した。TG2阻害薬シスタミンを投与すると、肝臓の炎症性遺伝子の発現が抑えられ、敗血症モデルマウスの生存率も有意に改善した。
 また、ヒトの敗血症性肝障害患者の肝組織でもTG2タンパク質量の増加が確認され、TG2が病態に関与することが裏付けられた。
 次に、TG2が架橋する標的タンパク質を網羅的に探索した結果、細胞骨格を構成するタンパク質「ビメンチン」がTG2の架橋標的であることを突き止めた。LPSで活性化したマクロファージでは、TG2がビメンチンを架橋して高次構造体(オリゴマー)を形成させ、細い線維状であったビメンチンネットワークを核の周囲を取り囲む「かご状」の構造へと変化させることが、顕微鏡観察により明らかになった。ビメンチンを欠損させたマクロファージでは、LPSに対する炎症性サイトカインの産生が抑制され、TG2を欠損させた場合と同様の抗炎症効果が確認された。
 さらに詳しく調べたところ、ビメンチンが形成する「かご状」構造は、タンパク質の凝集体を包み込み、プロテアソームの凝集体への動員(リクルート)を妨げていることが分かった。一方、TG2またはビメンチンを欠損させたマクロファージでは、この抑制が解除され、プロテアソームがタンパク質凝集体へ効率的に動員され、炎症を引き起こす分子「TRAF6」の分解が促進されることが明らかになった。プロテオミクス解析からは、この過程に「Rab27a」という小胞輸送を担うタンパク質が関与する、これまで知られていなかった凝集体の分解経路(Rab27a陽性小胞を介した経路)が存在することも新たに見出した。
 最後に、TG2阻害薬シスタミンとオートファジー阻害薬クロロキンを併用したところ、それぞれ単独で用いるよりも高い効果が得られ、敗血症モデルマウスの致死を4日間にわたって完全に防ぐことに成功した。
 これらの結果から、「TG2-ビメンチン軸」が肝臓マクロファージの細胞骨格リモデリングとタンパク質の品質管理(プロテオスタシス)を介して炎症を制御する、新たな分子機構であることが示された。
 同研究により、敗血症性肝障害の悪化に「TG2-ビメンチン軸」が関与する新たな分子機構が明らかになった。今回の成果は、マウスモデルおよびマウス由来のマクロファージ細胞株を用いた検討に基づくもので、多菌性感染やウイルス感染など、より複雑な病態を反映したヒトの敗血症を完全に再現するものではない。
 今後は、ヒトの肝臓マクロファージや臨床的に妥当性の高い敗血症モデルを用いた検証を進め、TG2を敗血症性肝障害のバイオマーカーおよび治療標的として確立することを目指す。また、TG2阻害薬シスタミンはこれまでにも皮膚炎症や糖尿病網膜症、嚢胞性線維症など様々な疾患での抗炎症作用が報告されており、オートファジー阻害薬との併用による相乗効果も踏まえ、TG2-ビメンチン-プロテオスタシス経路を標的とした敗血症性肝障害の新規治療戦略の開発が期待される。

◆秦咸陽氏のコメント
 敗血症では「炎症を抑える」ことが長年の治療戦略であった。だが、本研究から、炎症そのものではなく、細胞内のタンパク質品質管理の破綻が炎症を持続させる重要な要因であることが明らかになった。
 今後は、この「プロテオスタシスの破綻」という概念を、敗血症後の長期予後、さらには慢性炎症を背景とする老化や発がんの理解と制御へと展開し、新たな診断法や治療法の開発につなげたいと考えている。

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