ポリエステル衣類の放射線照射発光発見 放射線治療への応用に期待 早稲田大学

早稲田大学理工学術院の片岡淳教授らのERATOプロジェクト研究チームは3日、神戸陽子線センターの山下智弘氏らとの共同研究で一般に市販されているポリエステル製の生地や衣類が放射線照射で発光することを発見したことを明らかにした。 また、ポリエステル製の衣服が、放射線治療に使われる陽子線ビーム照射で発光している様子を短時間間隔の連続画像(リアルタイム画像)として可視化することにも成功した。
 ポリエステル製の生地や衣類は柔らかく、自在に曲がるので、放射線治療のみならず、放射線計測に関連した様々な分野への応用が期待される。
 同研究成果は、本年6月12日にネイチャー・パブリッシング・グループのオンライン総合科学誌『Scientific Reports』に発表された。
放射線治療では正確な放射線照射が求められる。だが、種々の要因により、正確な位置に放射線が照射されない可能性もある。精度の高い治療を提供可能にするために、治療中に患者の位置と体表面における放射線ビーム位置を短時間間隔の連続画像(リアルタイム画像)として計測する方法が研究されている。
 これまで、患者の表面に照射された放射線領域のリアルタイム画像確認のために、放射線治療用高エネルギーX線照射で発生するチェレンコフ光を画像化する方法が試みられてきた。 だが、陽子線治療ビームではチェレンコフ光がほとんど生成せず、リアルタイム画像化が困難であった。水や生体組織は、放射線に対して光を放出することが報告されているが、放出される光はごくわずかであり、観察には暗箱と超高感度カメラが必要で、観察に長い時間がかかった。
 放射線で良く光るシンチレータを用いる方法も試みられているが、一般にシンチレータは固いため、平らな部分に配置する必要があった。
 こうした中、今回の研究では、患者体表面の複雑な形状に密着して配置可能なシンチレータ材料として、放射線照射で発光する生地と衣類を探索した。シンチレータ材料を探索する中で、木綿などは放射線照射で発光しなかったが、ポリエステル製の生地や衣類は、放射線照射で良く発光することが分かった。
 さらに、画像化実験により、ポリエステル製の衣類が、陽子線ビーム照射で発光し、リアルタイムに画像化できることを確認した。
 今回、生地や衣類の放射線による発光を探索するために、放射線の一種であるアルファ線を種々の生地切片に照射することで、基礎的な性能を評価した。この探索により、ポリエステル製の衣類は、他の衣類、例えば綿などとは異なり、アルファ線照射により、プラスチックシンチレータ(代表的なシンチレータの一つ)の10%から20%もの強度で発光することが明らかになった。
 これらの結果をもとに、ポリエステル製のシャツなどをリアルタイム画像化実験の材料として選択し、陽子線照射中の発光画像を高速高感度カメラで計測した(図1)。

図1 陽子線照射中のポリエステル製Tシャツ画像化実験の模式図

 その結果、部屋の電気を消した環境において、陽子線照射で発生する発光を、0.1秒間隔のリアルタイム画像として得ることに成功した。また、得られた発光画像から、陽子線ビーム照射発光の積算画像も得られました(図2)。

図2 Tシャツを着せたマネキン(白黒画像)と陽子線ビーム照射発光の積算画像(カラー表示の部分)

 同研究により、陽子線ビーム照射中に衣服表面のリアルタイム発光画像を得ることが可能になった。ポリエステル生地や衣類は柔らかく自在に曲がり、また縫い合わせることで任意の形状にすることが可能である。
 放射線治療を受ける患者にフィットするポリエステル製のシャツを着てもらうことで放射線照射による患者表面の発光を画像化できる可能性がある。また、ポリエステル生地や衣類は、衣料用に大量生産されているので低コストだ。
 これまでシンチレータというと、固く曲がらないものがほとんどであった。だが、ポリエステル製の生地や衣類は自在に変形することから、今回発見した放射線照射発光現象は、これまでと異なる用途の広がりが期待される。
 今回、ポリエステル製の衣類を用いて、陽子ビームを0.1秒間隔でリアルタイム画像として観察できるようになった。明るい環境で、より短い時間で陽子ビームを画像化するには、放射線照射発光の多い材料開発が必要だ。陽子線以外にも、治療用X線や電子線、さらには診断用X線装置やCT装置の放射線照射位置リアルタイム計測にも応用できる可能性があるので、今後、画像化実験を進める。

◆研究者のコメント
 市販の廉価なポリエステル製の生地や衣類が放射線照射で発光することを発見できたのは大変幸運である。この研究成果は、これまでシンチレータは硬くて変形しないのが常識の中で、柔らかく変形可能、さらに種々の形状に比較的容易に加工することが可能なシンチレータを実現したという新しさがあると思う。
 今後、さらに高性能で変形可能な新しいシンチレータ開発とその応用研究を積極的に進めていく。

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