医療分野での活用にも期待
梅野健京都大学大学院情報学研究科数理工学コース物理統計学分野教授らの研究グループは、大地震発生直前に生じる上空の電離圏異常を観測することにより、1時間前に地震発生を予測する解析手法「ワンアワー・ビフォアー・システム(OHBシステム)」を開発した。
大地震発生が1時間前に予測できれば、津波からの避難は勿論、医療現場や製薬企業、卸においても様々なメリットが期待される。
電離層は、上空約50kmから1000kmにあり、特に上空約300km付近に、電子が広がっている。
一方、大地震発生時には、極めて高い圧力・高温の下で地殻変動が生じるため、粘土質内の水が超臨海水に変化し、プラス電荷が生じる。
そのプラス電荷が地表に出て大気中の静電気の量を変動させて、電離層まで伝わり、電離層の電子の配置を変える。大地震発生直前には電離層が約20km地表に引き下がることも報告されている。
この電離層の電子の配置変化は、地上の観測局と人工衛星の通信による位置観測システムによって常時観察されており、観測局において地殻変動の位置が計測される(図1)。現在、わが国には、この観測局が全国くまなく1300拠点点在する(図2)。
梅野氏らの研究グループが開発したOHBシステムによる上空電離圏異常解析手法は、国内1300拠点の中で近隣周辺の30局のデータ異常を同時に観測し相関を取るというもの。
実際、同手法により、2011年3月11日の東日本大震災、2016 年熊本地震、2024年1月1日の能登半島地震のマグニチュード(M)7.0以上の大地震について、1時間前に発生場所や揺れの範囲予測の実証が検証されている。
本年4月3日の台湾地震においても、台湾の位置観測システムによる周辺複数局のデータ異常を観測することで、同様の実証結果が得られている。梅野氏らによるOHBシステムの最初の論文は、2016年10月に作成された。
地震と大気中の変化による大地震予測の研究は、これまでも官民で推進されてきたが、課題も多くうまく進んでいない。こうした中、梅野氏はOHBシステムの有用性について、まず、「1つの観測局の位置観測システムが計測した地殻変動のみの観察では、異常がノイズに埋もれてしまう可能性がある」と指摘する。
その上で、「OHBシステムの開発により、予測の誤差を排除し、周辺複数局のデータの異常を同時に観測し、異常を検出することで、発生場所や揺れの範囲が1時間前に正確に測定可能となり、地震と大気中の前兆現象を科学的に捉えることができるようになった」と説明する。なお、梅野氏らは、現在、電離層と地殻変動以外での異常の発見も試みている。
一方、OHBシステムを活用した大地震予測では、わが国1300拠点の観測局における測位衛星リアルタイムデータが不可欠となる。同データは、従来より国土地理院が有料で希望する企業に提供していたが、梅野氏らの国との粘り強い交渉により、2023年10月より‟準リアルタイムデータ”が無償で公開されるようになった。
こうした経緯により、梅野氏らの研究グループは、現在、OHBシステムを活用した全国的な大地震発生1時間前予測を実施している。
OHBシステム
未病に対する未災をコンセプトに医療分野でも活用
大地震発生の1時間前に予測ができれば、医療分野でどのようなメリットが考えらえれるか。まず、病院などの医療現場では患者の安全な避難に役立てられる。予定していた手術の延期や、医療機関の非常電源の準備も可能となる。
製薬企業においては、工場では、医薬品合成過程で使用する危険な薬物投入を回避できる。研究所でも、予め棚の上にある危険薬物を安全な場所に移動させることで、薬物混合危険を防止できる。ウイルス研究所等では、病原微生物や有害物質が屋外に漏出しないように前以ての対処ができる。医薬品卸では、津波が来る危険性のある倉庫からの製品移動が可能となる。
「未病に対する未災をコンセプトにOHBシステムを活用するために、1時間前に大地震が来ることが判れば、医療従事者は何をすれば良いか、何ができるかを考える切っ掛けにしてほしい」と訴求する梅野氏。
今後の展開にも言及し、「OHBシステムによる1時間前の大地震発生予測情報の開示では、病院や学校などそれぞれの場に応じた伝達システムを確立していく必要がある」と強調する。
さらに、「OHBシステムを社会実装するためのインキュベーション組織(OHBフォーラム)を7月29日に設立し、8月から稼働する。医療現場や製薬企業などの医療分野で興味のある方は是非OHBフォーラムに参加してほしい」と呼びかける。
OHBフォーラムの問合せは、umeno.ken.8z@kyoto-u.ac.jpまで。