MARK4阻害剤開発によるアルツハイマー病などタウ病変を伴う疾患の根本的治療に期待
東京都立大学大学院理学研究科生命科学の斎藤太郎助教らの研究グループは、MARK4という酵素を欠損したマウスでは、タウの凝集が減少することを発見した。ヒトの疾患の原因となるタウを神経細胞に発現したマウスでは、神経細胞のネットワークが壊れ、脳内で炎症が起き、認知機能が低下して寿命が短縮するが、MARK4を持たないマウスでは、タウによって引き起こされるこれらの症状が改善された。
同研究から、MARK4がタウの異常な蓄積とそれによる脳機能低下に関わることがわかり、MARK4の阻害がアルツハイマー病など認知症の原因となるタウの凝集と蓄積を緩和し、認知症の治療に役立つ可能性が示された。MARK4を阻害する薬剤の開発により、アルツハイマー病やその他のタウ病変を伴う疾患の、根本的な治療薬の開発が期待される。
アルツハイマー病など認知症の原因となる多くの疾患では、脳にタウと呼ばれるタンパク質が凝集して蓄積し(タウオパチー)、それが神経細胞を殺し、脳を萎縮させると考えられている。だが、これらの疾患でどうしてタウタンパク質が凝集、蓄積するのかは、よくわかっていない。タウは、疾患脳では過剰な「リン酸化」という修飾を受けており、それが蓄積を引き起こすのではないかと考えられている。
また、このタウのリン酸化を媒介する酵素の一つ、MARK4は、アルツハイマー病のリスクの増加とも関連することが知られている。
日本を含む多くの国が高齢化社会を迎え、アルツハイマー病など加齢に伴う神経変性疾患の発症率も増加している。これらの神経変性疾患では、脳の機能を担っている神経細胞が次第に死んでいくため、記憶障害や生活機能障害が引き起こされる。
また、その特徴的な病変として、脳の神経細胞の中にタウと呼ばれるタンパク質が凝集して沈着している現象が見られる(タウオパチー)。異常に凝集したタウの量は疾患の進行に伴って増加し、この凝集したタウは神経毒性を持つことがわかっている。
そのため、タウの蓄積の抑制は、タウオパチーを伴う認知症の治療戦略として検討されているが、どのようにタウの凝集と蓄積が起きるのかははっきりとわかっていない。
発症過程で起きるタウの変化の一つに、過剰なリン酸化がある。タウは多くの部位で、様々な酵素によってリン酸化を受けるが、なかでもMicrotubule affinity regulating kinase 4 (MARK4)は、タウ病変と共局在し、疾患脳で活性が増加していることや、その変異がアルツハイマー病のリスクを増加させることなどから、アルツハイマー病でのタウ病変に関与するのではないかと考えられてきた。また、ショウジョウバエを使った実験では、MARK4の活性が増加すると、タウによる神経細胞死が悪化することが報告されていた。
そこで、今回の研究では、ヒトと同じ哺乳類であるマウスで、MARK4とタウ病変の関係を調べた。ヒトで神経変性疾患の原因となる変異をもつタウを神経細胞に発現したマウスでは、認知機能が低下し、寿命が短縮する。また脳の神経細胞では、タウの凝集、リン酸化タウの蓄積が見られ、神経細胞同士のコネクション(シナプス)が失われるのが観察される。
このタウオパチーマウスを、MARK4をコードする遺伝子Mark4を欠損したマウスと掛け合わせ、MARK4の有無でタウオパチーマウスの症状が変化するかを、行動、生化学的、組織学的解析で調べた。
その結果、Mark4欠損マウスでは、Mark4遺伝子を持つマウスと比べて、死亡率と認知機能が改善していることがわかった。脳を生化学的に調べると、Mark4遺伝子欠損マウスではリン酸化タウが減少し、また凝集したタウを標識するチオフラビンSのシグナルが低下していた。
Mark4遺伝子欠損マウスの神経細胞は、タウを発現させてもより多くのシナプスを維持していた。また、タウの発現によって、脳の免疫細胞であるグリアが活性化し炎症を起こすが、Mark4遺伝子欠損マウスでは、グリアの一種アストロサイトの活性化が抑制されていた。
アストロサイトの活性化は加齢によっても起きるが、Mark4遺伝子欠損マウスの脳では、老化によるアストロサイトの活性化も抑制されていた。
これらの結果から、MARK4がタウオパチーの発症機構に寄与していることが明らかになり、またMARK4の阻害がタウオパチーを伴う認知症の治療戦略となる可能性が示された。Mark4遺伝子欠損マウスは正常に発育していたため、その阻害によって甚大な副作用は起きないことが示唆される。MARK4を阻害する薬剤の開発により、アルツハイマー病やその他のタウ病変を伴う疾患の、根本的な治療薬の開発が期待できる。