脊髄小脳変性症・多系統萎縮症テーマに第5回「Healthcare Café」開催

根治的治療薬だけでなく、対処療法薬剤開発の重要性も確認

左から水澤氏、中村氏

 武田薬品、第一三共、協和キリンは17日、3社協働の第5回「Healthcare Café」を「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症の患者さんと共に今後の医療について考える」をテーマに開催した。
 同活動は、疾患や障害を持つ患者と製薬企業の社員が、対話・交流を通じてお互いを知り、患者の視点を医薬品の研究および開発に活かすPatient engagementの実践を目的としたもので、2022年より開始された。
 第5回Healthcare Caféでは、水澤英洋国立精神・神経医療研究センター脳神経内科理事長特任補佐が「脊髄小脳変性症(SCD)・多系統萎縮症(MSA)」についてレクチャー後、SCD当事者で認定NPO法人全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会会長を務める中村元子氏が講演した。
 さらに、製薬企業の研究開発担当社員が事前に実施した患者との座談会から得られた気づきの発表や聴講者を交えてのディスカッションを展開。「SCDやMSAの根治的治療薬だけでなく、対症療法の薬剤開発の重要性」や、「日常生活での患者の困難への対応では医療と介護の連携が不可欠となる」ことが改めて確認された。
 SCD、MSAは、小脳や脊髄を中心とする変性疾患で、外からの原因ではなく、内在するメカニズムで徐々に神経細胞が障害され脱落(消失)してしまうことが疾患要因となっている。年齢依存性で老化に近く、細胞が増加するがんに対して、細胞が減少するため、「がんと変性疾患は、紙の表と裏の関係にある」(水澤氏)。
 小脳が変性すればSCD、小脳を含む中枢神経の多系統が変性すればMSA、大脳皮質・白質が変性すればアルツハイマー病(AD)、脊髄が変性すればALS(筋萎縮性側索硬化症)、脳幹が変性すればパーキンソン病(PD)が惹起する。
 孤発性SCD(非遺伝性)はSCDの約70%を占め、MSAもこの中に含まれる。MSAは、小脳を含む中枢神経の多系統に変性がみられ、孤発性SCDの多くを占めている。
 遺伝性SCDは、SCD全体の約30%を占め、遺伝の形式により「常染色体顕性遺伝性」と「常染色体潜性遺伝性」、「X染色体連鎖性」に分類される。
 わが国のSCD・MSAの患者数(2021年)は、SCDが2万6630人、MSAが1万1225人で、合計3万7885人に上り、約4万人近く存在する。
 水澤氏は、「小脳性失調症において障害部位を突き止めるには診察が決め手になる」と強調し、疾患症状として「歩行でふらつく」、「よろめく」、「呂律が回らない」、「書字が乱れる」、「箸が上手く使えない」、「体が揺れる」などを挙げた。
 また、小脳性失調の徴候としては、運動失調(協調運動障害)、体幹失調(開脚歩行)、構音失調(不規則、爆発性-言語)、四肢失調(測定障害、反復拮抗運動不能)、眼球失調、企図振戦ーなどがある。
 小脳失調症の検査には、画像検査のMRI、SPECT、PET、脳髄液検査、生理検査(眼振、眼球運動障害)、血液・尿検査があり、特に、「小脳の萎縮:変性」、「腫張性変化:腫瘍、炎症」、「質的変化:炎症、腫瘍、変性」を見極めるMRI検査が重要である。
 また、将来期待される診断方法として、画像ではMRI、SPECT、PETによるAIを用いた自動判定、分子では髄液中のアタキシン3や、髄液ではなく血液、唾液、呼気等の低侵襲検査(参考:アミロイドβ、αシヌクレイン、異常プリオンタンパク質などの測定)、小脳失調では、客観的、定量的評価方法による小脳障害などの診察所見(特に装着可能なデバイス等を使用)を挙げた。
 小脳失調症の治療では、「薬物治療に加えて、リハビリテーションも有効となる。ADL(日常生活動作)だけでなくQOLを重視した治療・ケアを目指さねばならない」と訴えかけた。
 その中で、治療薬は、現在、海外にはない「プロチレリン」、「タルチレリン」が存在するが、薬効は不十分である。
 治験中のCOQ10、アルギニン、ロバチレリン、同種脂肪由来間葉系幹細胞については、「COQ10が最も期待できる」とした上で、「疾患修飾治療(発症機序の治療)、遺伝子治療、再生治療など、もっともっとよく効く薬剤の開発が必要である」と強調した。
 さらに、「パーキンソン病は、‟今ある不便な症状”を取り除く薬剤がたくさんあり、患者満足度がかなり高い」と紹介し、「SCD・MSAも根治的な薬剤のみならず、良い対症療法の薬剤の開発も重要である」と指摘した。
 また、QOLを重視した難病の治療・ケアを目指すには、医師、薬剤師、看護師、介護士などたくさんのステークホルダーが必要となり、「横の連携が重要となる」と強調した。
 一方、「患者会と共に~あかるく、あせらず、あきらめず」をテーマに講演した中村氏は、1957年生まれで、岐阜県出身、愛知県で育ち、結婚を機に上京した。夫の職業柄地方への転居が多く、主婦業の傍ら手話や介護、青少年育成のボランティア活動中心の生活を送っていた。
 こうした中、2011年にSCDと診断され、直後より患者会に入会。2018年11月難病ネットワーク学術会議岡山大会参加の折に加藤和人大阪大学教授の声がけによりコモンズプロジェクトに参加し、現在、全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会会長を務める。
 中村氏は、まず、全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会(会員約900名)の活動として、「SCD・MSAの患者家族の生き方サポート」、「医療福祉に関する有益で正確な情報発信」、「SCD・MSAに対する社会的認識を深める」、「SCD・MSAの原因究明と治療法確立を図るための関係機関への働きかけ」を紹介。
 さらに、SCDの症状について、「一般的には動きにくくなる」と説明し、「全てを手助けして貰うのではなく、できるところは自分でやりたい。とはいえ、家族にも遠慮があるので、やってくれることに対してNOとは言えない」と指摘した。
 その上で、「障害があるから下に見られるところがあり、自分を出せない人が少なくないが、患者の皆さんは、‟一人の人間としてその人らしく過ごしていきたい”と思われている」と患者の胸の内を代弁し、「一日も早い治療薬や根治薬の開発」を訴えかけた。

会場の参加者も交えたパネルディスカッションも展開

 製薬会社の研究開発社員による事前に4チームに別れてSCD・MSA患者を一人ずつ交えて実施された座談会で得た製薬企業側の気づきは、次の通り。
・MSA-C(多系統萎縮症)の患者で、確定診断まで2年を要している。早期診断のために一般向けにも医療従事者の疾患に対する認知度向上が望まれる。

・ふらつきを治して自律した生活を送りたいという患者さんの生の声を聞いて治療薬開発に対する使命感を再認識した。

・病態解明の基礎研究段階でも患者さんと関係を作ることの重要性を感じた。

・座談会前は、嚥下障害があるなら注射剤が好ましいという思い込みがあったが、身体的・心理的負担が無く通院の必要がない経口剤の価値を再認識した。 
・遺伝性SCDでは、家族歴のある人は些細な症状が出てもその発症を心配する傾向にある。

 一方、患者・家族側からは、「治験等のWeb掲載は、ステータス変更になった際には間髪入れずアップデートしてほしい」、「難病と戦う上で様々な仲間との出会いは重要で、今回の面談で有意義な出会いがあった」などの声が寄せられた。
 パネルディスカッションではこれらの感想をもとに意見交換された。その中で、水澤氏は、SCDやMSAの根治的新薬開発について、「ADの新薬は、脳に溜まってくるアミロイドβタンパクを取り除くメカニズムで開発された」と説明。
 その上で、「多くの変性疾患は異常タンパクが溜まって発症する。抗体医薬の開発も含めてSCDやMSAの標的タンパクが同定されれば根治薬開発の可能性が高い。脊髄性筋萎縮症で成功しているように、遺伝子異常が判れば、それを治す遺伝子治療も可能になる。」との見通しを示した。
 また、「遺伝性SCDへの患者の過度な心配では、適切なタイミングで正しく診断して、治療薬とリハビリを行う」重要性を指摘した。
 ディスカッションの総括では、「SCDやMSAの根治的治療薬だけでなく、対症療法の薬剤開発の重要性」や、「日常生活で患者が困っている部分に対して、医療と介護の側面からのサポートが必要で、医師、薬剤師、看護師、ケアハウスのスタッフなど多職種との連携が不可欠になる」ことが改めて確認された。
 

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