アルツハイマー病の革新的治療を患者提供する医療体制・関連政策でディスカッション 第6回ヘルスケア・イノベーションフォーラム

左から日本イーライリリー 代表取締役社長 シモーネ・トムセンし、日本医療政策機構 CEO 乗竹亮治氏、国
際医療福祉大学 学長 鈴木康裕氏、慶應義塾大学大学院 健康マネジメント研究科 教授 堀田聰子氏、認知症の
人と家族の会 代表理事 鎌田松代氏、東京大学大学院医学系研究科 神経病理学分野 教授 岩坪威氏、イーライ
リリー・アンド・カンパニー CEO デイビッド・A・リックス氏

 アルツハイマー病を含む認知症は、当事者とその家族はもちろん、急速に高齢化が進む日本社会・経済にも多大な影響を与えている。アルツハイマー病における革新的治療を当事者に届けるためには、その早期発見・診断が重要であり、その実現のための医療システムの構築と、認知症と共生する社会システムづくりの両面での関連政策のさらなる前進が必要である。
 日本イーライリリーと米国研究製薬工業協会(PhRMA)は9月26日、「第6回ヘルスケア・イノベーションフォーラム」を東京都内で開催し、政策関係者や有識者、産業界関係者およびメディアなど約400名が参加した。
 フォーラムでは、アルツハイマー病の革新的治療を当事者に届けるために必要な医療体制および関連政策の整備についてディスカッションを展開。研究開発や関連政策等の有識者、当事者団体代表、米国イーライリリー・アンド・カンパニーCEOが、当事者と家族に多大な影響を与えるアルツハイマー病を含む認知症について、昨今の診断技術や治療のイノベーションの進展を踏まえつつ、診断し、ケアしながら、認知症とともに生きるシステムを社会全体で整えるための政策的取組について意見を交わした。
 認知症と共生する社会の実現のためには、治療(医学モデル)とケア者を含む社会の理解・支援(生活社会モデル)の両輪が必要であるとの認識に立ち、必要な取組について討論。
 その結果、早期の発見と診断、治療開始の重要性をはじめ、検査・治療へのアクセス拡大、当事者、家族をはじめ社会全体に対する的確な情報提供や啓発、「偏見」への対応、認知症に関する理解・認識の更新およびそれらを実現するためのイノベーションへの適正な理解・評価などが挙げられた。
 急速に高齢化が進む日本では、2025年には65歳以上の 5 人に 1 人が認知症を発症すると言われており、認知症当事者の介護・医療費や家族の負担などの「社会的費用負担」は、2020 年時点で年間 17 兆円に達したとの推計もある。
 労働生産性損失といった経済活動への影響も大きく、認知症対策は日本社会にとって喫緊の課題である。認知症の原因となる疾患は様々だが、その 60-70%を占めるのがアルツハイマー病だ。
 最近、アルツハイマー病に対して初の病態そのものに作用する薬剤が承認され、認知症治療のパラダイムシフトが期待されている。だが、このイノベーションを十分に活用するためには、先に触れたようにその価値と必要性への理解の促進や様々な医療システムの環境整備、そして政策を含む社会全体での取り組みが必要となる。フォーラムにおける登壇者のコメントの一部抜粋は、次の通り。

◆認知症の人と家族の会 代表理事 鎌田松代氏
 新薬の登場によって、アルツハイマー病の治療はもちろん、認知症に対する「何もできない」「怖い」「なりたくない」といったような根強い誤解や偏見が解消され、「認知症は治療できる」という認識に更新されることにも期待をしている。
 治療薬によって症状の進行が緩やかになり、認知症の当事者や介護をする家族が仕事を続けられるようになるのは、彼らの生きがいにも繋がる。当事者が”できないこと”ではなく、”できること”に注目して社会を作っていくことが大切だ。
 認知症との共生社会への第一歩は、社会全体が認知症を正しく理解し、自分ごととして捉え、さらにそれを周りに周知していくことである。
 私自身も、家族がアルツハイマー病と診断された当時、周囲に伝えることを躊躇したが、認知症への知識や備えがあったため適切な機関に相談するなど、すぐ行動に移せた。
 この治療薬の開発が次世代の治療法の開発への大きなブレークスルーとなり、認知症の早期発見に向けた情報の周知や、認知症の診断を受けても働き続けられる社会システムの整備を推し進める一歩となることを願っている。

◆岩坪威東京大学大学院 医学系研究科神経病理学分野 教授
 アルツハイマー病は、有効な治療薬の実現を目指して長く研究開発が続けられてきた。21 世紀に入って病態解明が進み、診断のイノベーションが進む中、治療法や対策のイノベーションが続かないという、苦しい時期が続いていた。
 だが、この数年、様々な治験で肯定的な結果が出るようになり、アルツハイマー病の根本的なメカニズムに働きかける薬剤が開発され、早期に診断をして治療に導くことが大きな意味を持つ時代を迎えている。
 この薬剤は、アルツハイマー病の原因とされる脳内で作られるタンパク質「アミロイドβ」を除去し、疾患の進行を遅らせる。従って、病気がゆっくり進行し、まだ当事者ができることが幅広く残されている状態で、当事者、家族と医療者が一緒に「病気と共生をしていく」ことの大きな助けとなると考える。
 全く新しい治療法のため、個々の人がそれぞれの立場でどのように効果を実感できるのか、難しさを始めとして、医療界や社会全体で考えなければいけないことが山積みでだが、まずは認知症専門医の育成や当事者の人々のニーズに合わせた対応の推進が必要である。。

◆鈴木康裕国際医療福祉大学学長
 認知症との共生社会の実現には、治療(医学モデル)とケア者を含む社会の理解・支援(生活社会モデル)の双方のアプローチが必要で、いずれにおいても早期に動くことが重要である。
 早期診断による社会への便益を考慮すると、定期健診における血液や尿を用いたスクリーニングの実施や認知症に対する偏見の克服、神戸市にみられるような早期発見や診断のための助成、また診断された後も含めた取り組みなど自治体をあげた施策の実行により、早期発見・診断のエコシステムの整備が求められる。
 政策面でも、認知症基本法が成立し、内閣が一丸となって、早期診断・治療をはじめとする認知症と共生する社会の促進に向けた幅広い政策に取り組む姿勢を示している。
 アルツハイマー病治療薬の価格については、介護保険や家庭でのインフォーマルケアを含めた社会全体としてのコストや、発症を遅らせることで自分らしく生きることができる時間を長くすることができるというその価値を鑑みて、イノベーションを適切に評価したものとする必要がある。
 投資を呼び込みつつ、社会保障制度のサステナビリティとのバランスをどう最適なものに保っていくか、その解決策を国民皆保険があるこの日本において世界に先駆けて見出していくことは非常に意義があるのではないかと考えている。

◆堀田聰子慶應義塾大学大学院 健康マネジメント研究科教授
 多くの認知症のある方のお話を伺っていると、自身のできること・できないことを理解して、例えばどこにしまったかわからなくなることを「毎日が宝探し」といったように見方を切り替え、時にテクノロジーを使って、切り抜ける知恵を編み出していらっしゃる実態に驚かされる。
 認知症とともに暮らす「経験専門家」である本人の経験と知見、物事の捉え方の可視化は、本人・家族、私たちが可能性指向に転換することを助けてくれる。
 認知症になってもやりたいことを諦めず、必要な支援を受けながらも、役割を持って仲間とともに暮らす拠点、マルチステークホルダーによる地域の中での活躍の場づくりも広がっている。支えられる側と支える側、利用者と専門職という関係を超えて、人として水平な関係を築き、一緒に時間を過ごし、ともに活動していくことが私たちの認知症観・健康観の更新となり、結果として医療・介護サービスの改善にもつながっていく。
 薬のイノベーションが私たちのハピネスをもたらす社会のイノベーションを考えることが重要である。

◆デイビッド・A・リックス イーライリリー・アンド・カンパニー CEO
 イーライリリーは、これまで 30 年以上にわたってアルツハイマー病の研究に取り組み、人・時間・創薬活動に巨額の投資を行ってきた。現在、第一世代の薬剤の臨床試験データが、早期のアルツハイマー病当事者の認知機能および日常生活機能の低下を著しく遅らせることを示し、当事者やそのご家族に希望をもたらしている。
 この新たな治療をアルツハイマー病とともに生きる当事者に届けていくためには、初期の兆候を認識して正確な診断を受ける仕組みが必要である。日本の認知症に関連する政策課題への対応には、昨今大きな進展があり、日本は認知症分野で国際的にリーダーシップを発揮している。
 現在、アルツハイマー病の早期発見システムが整備されている国はないが、私は日本がその先駆けとなると信じている。私たちは、日本のアルツハイマー病領域のコミュニティと連携し、医薬品の開発を促進するだけでなく、当事者の皆さんに革新的な診断と治療の選択肢を提供し、さらにその利益を次世代のアルツハイマー病の治療薬研究に再投資できるエコシステムの構築を目指す。
 日本イーライリリーは、これからも当事者の人々と一緒に、より良い治療薬を提供するべく鋭意取り組んでいく。

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