細菌の天敵「バクテリオファージ」の試験管内での改変・生物学的封じ込め技術開発 岐阜大学

薬剤耐性細菌感染症治療への応用に期待

 岐阜大学医学系研究科ファージバイオロジクス研究講座の満仲翔一研究員、安藤弘樹特任准教授らのグループは、細菌の天敵ウイルス「バクテリオファージ」を試験管内で 改変する方法および生物学的に封じ込める技術を開発した。様々なバクテリオファージのゲノムを試験管内で自由に改変・構築して起動するもので、化学合成されたDNAからゲノムを構築して、親としてファージを持たない人工ファージを創出した。
 加えて、一回しか感染・殺菌しない生物学的封じ込めファージの作製方法を開発した。同技術を改変型ファージに応用することで、より効果的でより安全な改変型ファージセラピーの実現が期待される。
 また、致死性敗血症マウスに対して、生物学的封じ込めファージは明らかな治療効果を示した。これらの技術は、薬剤耐性細菌感染症治療への応用に期待される。
 抗菌薬の効かない細菌感染症の蔓延に伴い、細菌に感染する天敵ウイルスである「バクテリオファージ」(ファージ)を使った治療法「ファージセラピー」が注目を集めている。
 自然環境などに存在する天然(野生型)ファージに加え、近年では遺伝子組換えなどを施した改変型ファージを使うアプローチも報告されている。機能性を高めた改変型ファージは、より効果的なファージセラピさらに、一回しか感染・殺菌しない生物学的封じ込めファージの作製方法を開発した。同技術を改変ーを可能にするものと期待されている。
 だが、従来の手法によって改変できるファージは極めて限定的であった。また、改変型ファージを封じ込める(環境中に拡散させない)ための技術開発についての報告なかった。
 こうした中、満仲氏らの研究グループは、ファージゲノムを試験管内で改変・構築して起動できるファージ合成改変技術を開発した。これを使って実際に多くのファージを起動させ、また、データベース上の配列データからDNAを化学合成し、試験管内で構築し、人工ファージを起動させることにも成功した。
 これらの結果は、本技術の汎用性の高さを示している。
 さらに、一回しか感染・殺菌しない生物学的封じ込めファージの作製方法を開発した。同技術を改変型ファージに応用することで、より効果的でより安全な改変型ファージセラピーの実現が期待される。
 これらの研究成果は、日本時間2022年11月21日にProceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)誌のオンライン版で発表された。
 バクテリオファージ(ファージ)は細菌に感染するウイルスで、宿主細菌への吸着、細菌内での増殖、溶菌を介した子ファージの外環境への放出、新たな宿主細菌への感染を繰り返す。
 この生活環を利用した細菌感染症治療法は「ファージセラピー」と呼ばれ、抗菌薬が効きにくい、もしくは全く効かない多剤耐性細菌感染症に対する新たな治療法として注目されている。
 だが、ファージ(セラピー)にもいくつかの弱点がある。例えば、宿主域の狭さが挙げられる。同じ細菌種でも株の違いによって感染できない場合が多々ある。
 また、宿主域の狭さはファージ耐性菌の出現のしやすさにも繋がる。従って、ファージセラピーには異なる宿主域を持つ複数のファージを混合したファージカクテルを用いるのが一般的である。カクテルを調製する際もファージの種類によってはお互いの効果を打ち消し合ってしまう場合があり、ファージの相性や安定性を考慮する必要がある。
 これらの弱点については、ファージを改変することで克服できる可能性があるす。例えば、一種類(単一)のファージを用意して、これを改変することで異なる宿主域を与えられるという報告がある。これらの単一でありながら宿主域だけが異なるファージをカクテルとして用いることで、効果的な殺菌とファージ耐性菌の抑制が可能であることが報告されている。
 また、抗菌遺伝子などをファージに搭載すれば、殺菌効果を向上させられることも分かっている。改変型ファージを使えばファージセラピーのさらなる治療効果の向上が期待できるが、これを実現するには二つの大きなハードルを越える必要がある。
 一つは、極めて難しいファージの改変ある。改変できるのは一部のモデルファージもしくは特殊な改変系が確立されているごく少数のファージに限定されていた。近年では、ファージゲノムを構築し、宿主細菌に導入することで改変型ファージを創出する手法がいくつか報告されたが、やはり対象は限定され、汎用性が実証されていない。
 もう一つは、改変型ファージが遺伝子組換え生物に該当するために必要とされる環境中への拡散防止である。満仲氏らが知る限りでは、今までにそのような技術開発に関する報告はなかった。
 そこで、満仲氏らは、効率的かつ迅速な汎用性ファージ合成改変技術を開発。これを応用して改変型ファージを生物学的に封じ込めることで、二つのハードルを乗り越え、より効果的でより安全な改変型ファージセラピーを社会実装できると考えた。満仲氏らの研究の詳細は、次の通り。

 PCR産物からファージゲノムを試験管内で構築し、エレクトロポレーション法によって宿主細菌に導入することで、ファージを起動した(図1)。様々なグラム陰性細菌に感染する複数のファージ、特殊な膜構造を有する抗酸菌に感染する複数のファージ及びこれらの改変ファージの起動に成功した。この結果は、満仲氏らのプラットフォーム技術の汎用性の高さを示すものだ。

 同手法を用いて、配列データを基に化学合成されたDNAから抗酸菌ファージの創出に成功した。このファージのゲノムサイズは52.797bpで、満仲氏らの知る限りではこれまでに化学合成されたDNAから創出されたウイルスとしては最長サイズになる。
 また、創出したファージのゲノムは1塩基の違いもなくデザイン通りであった。この結果は、コンピューターでデザインした完全なテーラーメイドファージの創出が可能であることを示している。
 満仲氏らは、大腸菌に感染するファージのゲノムを試験管内で構築し、これを大腸菌の粗抽出液から調製された無細胞転写翻訳系に加えることで機能的なファージを創出にも成功しました。
 この結果は、ファージゲノムの構築から起動までの全工程を、生物を介さずに試験管内だけで行えることを示している。なお、同研究の一部は、トヨタ紡織との共同研究として実施された。
 ファージ合成改変技術を応用して、二つの生物学的封じ込め法を開発した。一つはファージゲノムの代わりにプラスミドDNAをファージの頭部に詰め込むというものだ。このファージは、標的細菌に感染すると宿主細菌にプラスミドDNAを注入し、機能を発現する。ファージゲノムを持たないためファージが増殖することはない。もう一つは、ファージゲノムからビリオン遺伝子を除くというものである。
 このファージは、見た目も感染性も殺菌性ももとのファージと変わらないが、子ファージを作ることができない(図2)。一回限りの感染と殺菌を可能にする非増殖性の生物学的封じ込めファージと言える。


 非増殖性ファージは欠失したビリオン遺伝子を発現する宿主細菌を介して増殖させることができるのも特徴である。
 致死性の敗血症に罹ったマウスに対して非増殖性ファージを用いたファージセラピーを実施した結果、明らかな治療効果を示した。
 また、治療したマウス体内から増殖可能なファージは見つからなかった。この結果は、非増殖性ファージがファージセラピーに利用可能であり、100%の封じ込めに成功したことを示すものである。
 満仲氏らのファージ合成改変技術は、様々なファージ種に適用できる。より有用なファージを創り出し、必要に応じて生物学的封じ込めを施すことで、さらに効果的・安全な改変型ファージセラピーの実現が期待される。天然ファージを用いるファージセラピーや抗菌薬との併用療法も視野に入れ、ファージセラピーの一日も早い実現に向かって邁進する。

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