様々な元素の分布を可視化する「放射化イメージング」に成功 早稲田大学等の研究グループ

困難な薬物動態の可視化による診断・治療への応用に期待

 早稲田大学理工学術院の片岡淳教授らの研究チームは、大阪大学放射線科学基盤機構の豊嶋厚史教授らと共同で、様々な元素の分布を可視化する革新的手法「放射化イメージング」を提案し、その原理を実証した。その結果、これまで可視化ができなかった薬物でも体の外からイメージングすることが可能となり、診断・治療の新しい可視化ツールとして幅広い応用が期待される。近年、治療(Therapeutics)と診断(Diagnostics)を一体化した新しい医療技術「セラノスティクス (Theranostics)」が注目されているが、今回の放射化イメージングはこの観点でもインパクトが大きい技術として注目されている。

 薬物を必要なときに必要な量だけ病巣に届ける「ドラッグデリバリーシステム(DDS)」の開発が、いま世界中で行われている。DDSを高度化すれば、注射や薬を飲む回数を減らしたり、副作用を少なくしたりすることが可能となる。一方で、薬物はひとたび体の中に入るとその動態は不明であり、狙った通りに薬物が病巣に届いたか、また目的の治療が行われているかを「その場」で確認するのは困難です。マウスなど小動物では、薬物に蛍光色素を標識してイメージングするのが一般的であるが、可視や赤外の蛍光は人体を透過することができない。

 これに代わる手法として、鉄やガドリニウムといった磁性体金属を標識し、MRI(磁気共鳴画像診断)でイメージングする手法も提案されている。だが、この場合そもそも使える元素が限られ、外部から強力な磁場をかける必要があり、また投与量が多い場合には毒性や副作用の懸念がある。また、核医学診断では放射性(RI)薬剤を用いて、ここから生ずるX線やガンマ線をSPECT(単一光子放射断層撮影)またはPET(陽電子放出断層撮影)でイメージングする。RI薬剤は、超低濃度でも体の外からイメージングできるメリットがある、使用できる薬剤がさらに限定され、またイメージングする装置が高額で用途も限定され、汎用性に乏しい問題がある。さらに、SPECTやPETでイメージングするには、特定のRI核種を薬物に修飾する必要があり、本来の薬物がもつ性質や集積状況を変えてしまう恐れがある。
 こうした中、同研究では、薬物に熱中性子を照射すると、原子核が活性化しX線ガンマ線を出す放射化に着目。独自開発の広帯域カメラを使用し、金ナノ粒子や抗がん剤などの放射化イメージングに成功した。研究手法は、まず、理化学研究所の小型中性子源システム RANS-IIを用いて熱中性子照射の予備実験を行い、薬物ごとに必要な熱中性子の照射量と生成される核種について詳細な調査を行った。

 続いて、より強度が高い京都大学複合原子力科学研究所の研究用原子炉 (KUR)において中性子照射実験を行った。試料はろ紙にしみ込ませた状態で揮発し、金ナノ粒子、シスプラチン、プラチナナノ粒子、造影剤の一種であるガドテリドールそれぞれについて照射を行い、薬物から放出されるX線ガンマ線スペクトルを取得しました。照射条件と試料の一例を表1に、得られたスペクトルを 図1に示す。測定にはエネルギー分解能の高い、高純度ゲルマニウム検出器を用いた。金ナノ粒子は 412keV、 シスプラチンとプラチナナノ粒子は 77 keV、ガドテリドールは 364keV に強いピークを出すことが確認できる。この実験結果により、薬物が放射化されたことが実証された。

表1: 熱中性子を照射した薬物サンプル

 図1: 様々な薬剤の放射化スペクトル。黒丸は 図3のイメージングに用いた、元素特有のX線ガンマ線

 さらに、薬物動態を把握するためには、薬物がどのように移動しているのかをカメラで捉える必要がある。そのためには薬物の位置を正確かつ短時間で撮像し、逐次その位置を測定することになるため、高感度でX線ガンマ線をイメージングできるカメラが求められる。これらの元素特有のX線ガンマ線を可視化するため、独自に開発した「ハイブリッド・コンプトンカメラ」を用いたイメージングを試みた。 数百keV以上のガンマ線はエネルギーの一部を電子に渡し、自らは別な方向へ散乱される「コンプトン散乱」と呼ばれる反応を起こす。

 コンプトンカメラでは「散乱体」と「吸収体」で電子と散乱ガンマ線、両方の運動学を同時かつ正確に解くことで、入射ガンマ線の到来方向を決定することができるが、エネルギーの低いX線はイメージングが不可能である。ハイブリッド・コンプトンカメラは散乱体の中心に 3×3mm 程度のピンホールを開けることで、数十キロ電子ボルトから数メガ電子ボルトの撮像を一度に可能とする装置である。図2に示す通り、すべての薬剤について20分以内の短時間でイメージングに成功した。これらの短時間でのイメージングを繰り返すことで、薬物の移動を把握することができる。

図2: 中性子で放射化した各種薬剤のガンマ線画像。ハイブリッドコンプトンカメラで撮影


 これらの研究成果により、これまでイメージングできなかった薬物の生体内での動態観察の実現につながる診断・治療のための新しい可視化ツールとして期待される。近年、治療(Therapeutics)と診断(Diagnostics)を一体化した新しい医療技術「セラノスティクス (Theranostics)」が注目されているが、今回の放射化イメージングはこの観点でもインパクトが大きい技術と言える。
 これらの研究成果は、7日に『Applied Physics Letters』のオンライン版で、また関連する論文も3日にCorrected Proofとして『Nuclear Instruments and Methods in Physics Research – section A』に掲載された。

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