「歯科医師が果たす役割」、歯と寿命延伸」テーマに第13回歯科プレスセミナー開催 日本私立歯科大学協会

 日本私立歯科大学協会は17日、アルカディア市ヶ谷(東京都)および、オンラインで「第13回 歯科プレスセミナー」を開催した。
 プレスセミナーは、歯科医療の見地から、人々の健康的な生活を考え、サポートを目指して、同協会が2010年から開催しているもの。毎回、口腔衛生に関するテーマを取り上げて、これからの歯科が担う役割の大きさや魅力について情報を発信している。
 第13回歯科プレスセミナーでは、櫻井孝日本私立歯科大学協会常務理事(神奈川歯科大学学長)が、「意外と知らない‟歯科医師”という職業 ~現状と魅力、超高齢社会で果たす大きな役割~」、小林琢也岩手医科大学歯学部教授が、「健康寿命を延伸する口腔機能の役割」をテーマに講演した。それぞれの講演内容は、次の通り。

【「意外と知らない「歯科医師」という職業~現状と魅力、超高齢社会で果たす大きな役割~」:櫻井氏】

櫻井氏

 歯科医院施設数は約6万8000施設、歯科医師数は約10万7000人。「コンビニより多い」と過多が報じられたことがあるが、歯科医師数は世界的に見て中位に位置する。
 歯科医師不足が叫ばれた昭和40年代から50年代にかけて、歯科医師は全体的に収入が高くやりがいもある職業といわれたが、現在は職業の人気ランキングでは順位を大きく落としている。
 一方、私立歯科大学・歯学部の入試志願者数推移を見ると、歯科医師数の抑制政策や、歯科に対するネガティブな報道などに反応して過去に志願者数が低下した年があるものの、その後は必ず上昇に転じている。私立歯科大学・歯学部の卒業生に対する歯科医師の求人倍率は8.72倍、人数ベースで見た求人倍率では12.75倍にもなり、一般の大卒の1.5倍と比べて高い求人倍率であることがわかる。
 歯科医師の数は現在約10万7000人、人口10万人当たりの歯科医師数は85.2人である。人口当たりの歯科医師数では、日本の歯科医師数はOECD加盟38国の中で19位に位置し、歯科医師数が過剰とはいえない数字だ。
 2010年頃、「歯科医院はコンビニより多い」、そのため「倒産する歯科医院もある」などネガティブな情報が流布されたことがあった。2022年現在の歯科診療所数は約6万8000(6万7717)施設、コンビニエンスストア数は約5万7000店あるが、コンビニエンスストアより施設数の多い業種は歯科医院のほかにも様々あり、比較することに意味があるとは思えない。
 また、帝国データバンクのデータでは、2021年の歯科医院の倒産は10件のみであり、大都市圏で生じている。歯科医院数は2017年をピークに5年間で1230施設ほど減少しており、その主な理由は歯科医師の高齢化などによる廃業であると考えられている。

歯科医師数の減少傾向と高齢化、地域への適正配置が進まないことが課題

 歯科医師の約97%は医療施設で働き、そのうちの約9割(88.2%)は歯科診療所で、約1割(11.8%)が病院勤務である。歯科医師の供給抑制の政策が影響したことから、平均年齢は54.3歳で年々上昇し、50歳以上が全体の半数以上を占める。
 ボリュームゾーンである50代以上の歯科医師のリタイア時期を想定すると、2025年前後から歯科医師数が減少に転じると予測されている。また、開業歯科医の約9割が、リタイア後の継承が決まらない現状にある。
 歯科診療提供の課題点のひとつは、歯科医師が全国に均等に配置されていないことで、人口10万人当たりの歯科医師数を見ると、東京都の122.8人に対して滋賀県は59.3人と半分以下である。また、「歯科医療過疎地区」(簡単には歯科医療を受けられない地区)は全国に1200以上もある。
 超高齢社会に対応し、口腔ケアにより食と健康を支える「歯科訪問診療」のニーズが拡大しており、体制強化のためにも、歯科医師の拡充が必須である。高齢者人口の増加や高齢者の歯科需要の高まりなどを受けて、65歳以上の患者数は2045年ごろまで増加していくことが予測されている。高齢者の診療ニーズは歯周病予防や口腔管理へと大きく変化し、歯科医師らが出向いて診療する「歯科訪問診療」の必要性が高まっている。
 現在、これに取り組むのは歯科診療所の約15%、全国平均で高齢者10万人あたり約40施設の割合である。治療のほかに口腔ケアや摂食・嚥下リハビリテーションなどで高齢者の食と健康を支える役割を担うが、これに対応できるだけの歯科医師の数が足りない。
 実際、要介護高齢者290人への調査では6割以上の人が歯科治療を必要としていたが、治療を受けた人はわずか2.4%であったことが報告されている。
 歯科医師は、男女の別なく柔軟に働けてQOL向上に直結する、やりがいのある職業だ。近年は、災害時支援や、睡眠の質やスポーツのパフォーマンス向上、最先端の再生医療など、活動領域も拡大している。
 厚生労働省の統計によると、歯科医師の年収は平均で約787万円である。歯科医師を対象にした別の調査では、年収2000万円以上と答えた人が最も多く(29.6%)、1,000万円以上と答えた人の割合は7割に上る。繁盛している歯科医師では数千万円から数億円というケースもあり、他の専門職と比べても高収入である。
 時代の変化とともに歯科医師が活躍する領域が拡大しており、「災害歯科」では、大規模災害の被災地などにおいて口腔ケアで誤嚥性肺炎(災害関連死)を防ぐ活動を継続して実施している。「摂食・嚥下リハビリテーション」は、食べる機能が衰えた人にトレーニングを行いQOL向上に貢献するものである。「睡眠歯科」は、マウスピースなどを使って睡眠時無呼吸症候群やいびきといった睡眠呼吸障害を治療し、日本人の国民病ともいえる不眠の解決に貢献している。
 「インプラント」は、人工歯根を埋め込んで義歯を装着するもので、最も天然の歯に近い修復法として普及が進む施術である。「顎関節症」では、顎の矯正やトレーニング、マウスピースなどによる治療のほか、ストレス対策などの生活指導を提供している。「再生医療」の分野では、失った歯や歯周組織の再生や、歯髄細胞を幹細胞としてあらゆる組織の再生に役立てる試みが進行中だ。
 また、学校歯科医や産業歯科医など、地域や行政も歯科医師の活躍の場である。このほか、医科との連携により、「口腔がん」の治療や、「ペインクリニック」での歯科麻酔、歯・歯周組織を再生する「再生医療」、口の健康を通して選手をサポートする「スポーツ歯科」など、さまざまな医療のキーパーソンとしても活躍している。
 女性が活躍しやすい職業であることも歯科医師の特長である。体力面で男女間の格差がなく、男性に比べて手が小さいことは口腔内の治療に適している。また、予約診療・計画診療が一般的で、柔軟な働き方が可能なこともあり、現在、歯科医師の4人に1人は女性である。
 歯科医師の就職率は100%で、私立歯科大学・歯学部への求人倍率は8.72倍である。定年もなく、70歳以上の現役歯科医師は1万人以上いる。子供から高齢者まで幅広い人たちの健康とQOL向上に直結しており、治療成果が見えやすく、やりがいの高い仕事であると言える。

【「健康寿命を延伸する口腔機能の役割」:小林氏】

小林氏

 健康寿命延伸に影響を与える「口腔機能の維持」。十分な栄養摂取が疾病予防につながる。日本人の平均寿命と健康寿命は延伸したが、不健康な期間は男性で約9年、女性で約12年で、過去約10年間で大きな変化は見られない。
 高齢者の健康を侵す疾患として、非感染性疾患(がん、糖尿病や循環器疾患、呼吸器疾患など)がある。これらの予防には、運動や健康な食事をとるなど生活習慣の改善が有効である。健康な食事をとることに関しては、歯科医療がもっとも貢献できる。う蝕や歯周病を予防して歯を多く残存させて口腔機能を維持し、必要な栄養摂取により疾病予防につなげることが可能である。

歯の喪失が栄養摂取の低下・偏りを引き起こして全身疾患に影響

 歯の状態と食事・栄養摂取の関連を調査すると、残存歯が少ない人はビタミンA・C・E、カロチン、食物繊維などの摂取量が低下し、エネルギーや炭水化物が増加することがわかった。これは、食べやすいお米やパン、芋の摂取量増加を示している。
 米国や英国の調査でも同様に食物繊維やビタミン、ミネラルの摂取量の低下が報告されている。これらの結果から、歯の喪失が咀嚼能力の低下、栄養の低下や偏りにつながり、全身疾患に影響を及ぼしていると推測される。

歯の喪失と疾患罹患との関係

 日本で行われた調査では、臼歯部の咬合を失うと動脈硬化の発症リスクのオッズが1.9になると報告されており、魚介類やビタミンB6、n-3PUFAの摂取不足が影響を与えていると思われる。動脈硬化との関連が強い疾患として肥満や高血圧があるが、これらと比較して咬合を失うケースの方が、関連度が高いことがわかった。
 米国で行われた調査でも、歯の数が減少すると死亡リスクが13%高くなるほか、上部消化器癌(35%)、心疾患(28%)、脳卒中(12%)のリスクも増加する。英国での調査でも、喪失の本数(4本以下と5本以上の比較)により、循環器系疾患による死亡率が35%高くなることが報告された。
 これらの結果から、歯周病だけでなく、歯の喪失も全身疾患を発症する大きなリスクファクターであるといえる。歯を喪失すると、咀嚼能力が低下し食べる食品の偏りが生じ、栄養バランスを崩し、それが長期化することで全身機能に障害を与え疾患の発症につながると思われる。

咀嚼行為や歯の残存数は脳の活性や容積量に影響

 歯を失っても、口に合う義歯の使用により、脳の活動性回復は可能である。咀嚼と脳の関連についての実験結果では、顎を動かすだけでは脳の活動は活性せず、顎を動かし、しっかり咬んで咀嚼する行為が脳を活性させていることが明らかになった。咀嚼行為により特に活動するのは、咀嚼に関わる脳部位に加えて、認知機能、学習機能、記憶機能、情動に関わる脳部(大脳基底核、視床、前頭葉、扁桃体)で活動が上昇することがわかった。
 次に、脳の構造への影響を調べると、「80歳以上で無歯顎」の場合、記憶学習に関与する海馬、認知機能や情動に関与する大脳基底核の一部である尾状核、紡錘状回で脳の容積低下が見受けられた(80歳で20本以上歯がある人との比較)。
 また、「歯がある人」「歯がない人」「歯がないところに義歯を装着した人」で、咀嚼による高齢者の脳の活動の変化を比較すると、「歯がある人」は最も脳が活性するが、「歯がない人」では大脳基底核、視床、前頭葉、扁桃体脳活動の低下を認めた。「歯がない人」でも義歯を装着して使用することにより大脳基底核、視床、前頭葉、扁桃体脳活動が回復することがわかった。
 さらに、合わない義歯を使用しているより、合う義歯にして使用することで前頭葉と海馬で活性が上昇し、記憶や集中力の機能向上が認められた。
 歯を失うと認知症リスクが高まり、早期高齢者ほどその傾向が顕著になる。さらに、歯の喪失が認知症に影響を及ぼしているのかをハーバード大学と岩手医科大学で共同研究を行ったところ、自身の歯の「接触がある」「接触がない」グループの比較で、後者は、早期高齢者で認知症になる確率が約1.9倍、後期高齢者で約1.3倍上昇した。「すべて自身の歯がある人」「無歯顎の人」の比較でも、早期高齢者で認知症になる確率が約2.4倍、後期高齢者で約1.4倍となった。
 これらの結果で興味深いのは、早期高齢者での罹患リスクが高まっている点である。認知症のリスク要因が少ない早期高齢者でオッズ比が高く出たことは、咬合接触状態が認知症に影響していることを示している。
 QOL低下に影響を与える口腔機能。発症前から歯科医師の診察を受けることで、全身疾患や認知症の予防・茂篤化予防につなげることが可能である。慢性的な炎症を持つ歯周病は全身疾患を重篤化させ、口腔機能の低下は栄養摂取状態を悪化させて筋力低下を招いて全身疾患の発症に影響を与える。また、歯の喪失は脳の活動に関わり認知症リスクを高めることがわかっている。
 つまり、歯科疾患は、高齢者の全身と脳の疾患に関わり、QOL低下につながる疾患であると認識していただきたい。
 歯科は、従来の歯科治療に加えて、口腔機能や摂食嚥下機能の低下予防、栄養な栄養を摂れるような指導などを通じ、全身疾患発症予防に貢献することができる医療機関である。医科と異なり疾患にかかる前から患者と関わりを持てるため、認知機能低下などを早期に発見し、医科と連携をとり患者の疾病重篤化を防ぐ窓口としても機能する。 こうした「形態・機能・栄養の管理」を歯科が担うことで疾病と重篤化を予防し、健康寿命の延伸に大きく貢献すると考えている。

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