薬物治療抵抗性疾患を解決する治療用医療機器開発の現状 宮坂強氏(サムエルプランニング代表取締役兼大塚メディカルデバイス顧問)に聞く

注目される高血圧治療デバイス、慢性便秘治療デバイス開発

 近年、血中濃度の変動や服薬アドヒアランスなどの薬物治療の課題を解決する医療機器の開発が推進されている。薬物治療抵抗性疾患を医療機器で解決する治療用医療機器には、高血圧治療デバイス、慢性便秘治治療デバイスなどがあり、その開発動向が注目される。そこで、これらのデバイス開発に携わってきた宮坂強氏(サムエルプランニング代表取締役、兼大塚メディカルデバイス顧問)に薬物治療抵抗性疾患を解決する治療用医療機器開発の現状を聞いた。
 宮坂氏は、1979年3月、明治薬科大学卒業し、薬剤師免許を取得。その後、大日本インキで2年間医薬品開発に携わった後、外資系医療機器産業の米国アボットラボラトリーズ医療機器部門、日本ベクトンディッキンソン、アルコンサージカル、ファイザー、ボストン・サイエンティフィック、アボットバスキュラー等に勤務。
 眼科手術装置(白内障、硝子体手術装置、眼内レンズ等)、心臓血管外科デバイス(心臓弁、人工血管、ペースメーカ等)、血管内治療デバイス(ステント、バルーン、IVUS、脳コイル等)などの治療用医療機器開発に携わってきた。
 また、内資系医療機器企業において、国産植込型補助人工心臓の開発(サンメディカル)や、大塚メディカルデバイスの高血圧治療用医療機器開発で手腕を発揮している。
 加えて、日本発の画期的医療機器開発推進と医療機器産業強化を目指して、米国スタンフォード大学から導入され、大阪大学、東大、東北大を中心に始まったジャパンバイオデザインの講師、大阪大学MDDコース講師、AMEDメンターとして、スタートアップ企業のメンタリング活動などを展開している。
 現在、薬物治療抵抗性疾患の医療機器での解決を目指して開発中の治療用医療機器には、高血圧治療デバイス、慢性便秘治治療デバイス、脳梗塞治療デバイスなどがある。

腎動脈デナベーションのカテーテル治療のイメージ図


 高血圧治療の「経皮的腎交感神経デナベーションシステム」は、腎動脈周囲の交感神経の機能を部分的に遮断して、交感神経の過剰な活動を抑える低侵襲カテーテル治療デバイスだ。
 同システムは、標準的な血管内治療で、足の付け根や手首からカテーテルを挿入して、腎動脈内側から腎動脈の回りにある交感神経をラジオ波や、超音波等で焼灼するというもの。
 心不全治療では一般的な技術として繁用されており、この手法は、「自動化された治療操作」、「低パワーの焼灼エネルギー」、「安全な手技プロセス」が特徴である。
 これまでの高血圧治療は、薬物治療が主流となってきた。血管を広げる「ARB」、「ACE阻害薬」、循環する血液量を減らす「利尿薬」、交感神経活性を抑制する「β遮断薬」など、様々な作用メカニズムの降圧剤が開発され、繁用されている。
 だが、薬物治療には、「血中濃度の変動」や、「服薬アドヒアランス」、「夜間高血圧」といった課題がある。加えて、何種類もの降圧剤を服用しても思うように血圧が下がらない‟重症の高血圧患者”も少なくない。
 わが国の高血圧症候群は4000万人以上に上り、薬物治療を行っている人は1000万人、薬物治療でコントロールできている人が500万人、コントロール不良な人が500万人を数え、薬剤抵抗性高血圧患者は120~150万人と推定される。
 従って、こうした薬剤の限界を医療機器で補完する「経皮的腎交感神経デナベーションシステム」への期待は大きい。
 経皮的腎交感神経デナベーションシステムによる腎臓と脳のコミュニケーションを遮断する作用メカニズムは、求心性と遠心性の交感神経を遮断するβブロッカーに類似する。
 腎臓機能は、血圧のセンサー、血中塩分センサー、ホルモンによる血圧調整を司る。腎臓は、求心性交感神経により脳に「血圧を上げて塩分を出してください」と伝達する。これを受けた脳は、遠心性交感神経によって「血管を収縮させたり、レニンを上昇して血圧を上げる」プロセスを実行する。
 この腎臓と脳のコミュニケーションを経皮的腎交感神経デナベーションシステムを用いて一度遮断してやれば、ずっと薬剤が効いている常態を作り出すことができるというわけだ。
 だが、2014年1月にメドトロニック社が、薬剤抵抗性高血圧に対する腎デナベーションシステムを評価するグローバル臨床試験において、安全性は示されたものの、有効性は示されなかったことを公表し、日本を含め、各国で治験の患者登録が中断されることが発表された。
 この臨床試験がアメリカ、ワシントンD.C.で開催中のACC.14で報告された。
 これまでの腎デナベーションに関する試験からは、シャムコントロール(未治療)群に比べて有意な降圧効果が得られる「はず」であったが、同試験における降圧効果は同等であった。
 その理由として、試験デザイン(エントリー基準、治験前降圧薬の変更がない期間が2週間と短い、観察期間が短すぎるなど)や、デバイスの特性、医師の手技の熟達度ーなどが影響したと考えられる。
 その一方で、大塚メディカルデバイスが開発しているParadise超音波腎デナベーションシステムは、ラジオ波ではなく超音波を採用し、効率的に腎動脈周辺の交感神経を焼灼できるデバイスであることから、医師のテクニックの影響を最小限にすることが期待されている。
 さらに、本年7月26日に発表された大塚ホールディングスとその米国子会社ReCor
Medical社が実施したParadise超音波腎デナベーションシステムの高血圧患者を対象としたRADIANCE-II米国ピボタル試験においても主要評価項目を達成している。
 RADIANCE-IIピボタル試験は、米国FDAのIDE下で実施された無作為化シャム対照試験で、コントロール不良の高血圧患者を対象としたもの。
 8ヵ国60施設以上の試験施設において、2剤を上限に薬剤を服用していた軽-中等度の高血圧を有する被験者224人が、薬物治療を中止した状態で無作為に割付けられた。
 試験の結果、シャム群との比較において、2ヵ月後の日中自由行動下収縮期血圧(DaytimeASBP)は、統計学的に有意な低下を示した。
 報告済みのRADIANCE-HTN SOLOおよびTRIOと今回のRADIANCE-IIピボタル試験の3つの臨床試験の成功により、Paradise超音波腎デナベーションシステムが、コントロール不良性高血圧の患者と高血圧を治療する医師にとって重要な治療選択肢となり得ることが期待される。

薬物治療の満足度が非常に低い慢性便秘に対する治療デバイスにも注目

慢性便秘と中枢神経系の関係

 慢性便秘は、先進国人口の12~19%にみられ、医療機関受診率は25%に上り、国内では1000万人以上が便秘の症状に悩んでいる。
 便秘になれば、「気分の落ち込み(43%)」、「睡眠障害(79%)」、「労働生産性低下(34%)」などを惹起し、QOL障害度は、関節リウマチと同程度といわれている。15年間の追跡における慢性便秘による死亡率は20%増加している。
 こうした中、現状の便秘の薬物治療では、75~90%の患者が不満を抱いている。「効果不十分」、「薬剤が多すぎる(2剤以上47%)」、「経済的負担」、「腹部症状が改善しない」が患者の訴求内容である。
 便秘の発症機序では、腸管の神経と脳の関係に着目する必要がある。その理由は、自律神経線維(交換・副交感)を通じて腸管運動に介入するためだ。交感神経が優位になると腸管の蠕動運動が抑制されてしまう。慢性的な交感神経の緊張状態が慢性便秘を惹起する。
 一方、副交感神経が優位になると腸の蠕動運動、腸液分泌が促進される。従って、消化器疾患治療薬には、アコファイド、ガスモチン、ガナトン、パントール、ワゴスチグミンなど、副交感神経亢進を機序とするものが多い。
 腸管神経系(ENS:腸管壁の神経ネットワーク)が、消化管の協調的な運動(蠕動)、栄養や水分の吸収などを自律的に行っている。こうした便秘の機序において、「交感神経系を抑制して緊張状態を緩和し便秘を改善させることが出来るのではないか」との発想から、Stanford大学と東京大学の共同で行われた革新的医療機器創出のためのJapan Biodesignプログラム発のスタートアップALIVAS社が、マイクロ波で上腸管脈動脈(SMA)の周辺にある自律神経を血管の内側から焼灼(デナベーション)することで、 難治性便秘に対する新治療用医療機器として、このデナベーションによる治療デバイスを開発している。
 今後、腹部の交感神経を様々な形でアプローチして医療デバイスでデナベーションアプローチすることによって、色々な慢性疾患の治療に繋がっていくものと考えられる。

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