ナノ発電パッチで傷の自己治癒を促進する最先端材料科学研究を公表 台湾、国立清華大学Zong-Hong Lin教授ら

図の説明:ピエゾ電気または摩擦電気ナノ発電素子は、軽量、柔軟性、弾性、生体適合性という観点から創傷の自己治癒を助ける被覆材としてすぐれた候補である。

 Science and Technology of Advanced Materials: Methods誌は、傷の自己治癒を促す装着型の圧電あるいは摩擦帯電ナノ発電素子開発について、台湾、国立清華大学のZong-Hong Lin(林宗宏)教授らの研究グループが発表したレビュー論文を掲載した。
 創傷部位に電気刺激を与え、傷の治癒、組織再生を促す創傷被覆材(パッチ)として、ナノ発電素子が研究、開発されている。
 ナノ発電素子は、圧電または摩擦帯電効果により、同素子を装着した人の動きを電気に変換し、電気刺激を発生する。
 傷は、イオン、細胞、遺伝子、免疫系が互いに複雑に作用しながら治癒していく。その治癒過程には、先行する一連の分子イベントがあり、各分子イベントは、治癒過程の各段階を引き起こし、指令を受けたそれぞれが与えられた役割を果たすことで傷が治癒してゆく。
 この治癒過程の中に、損傷した表皮が創傷部位に弱い電場を発生させるという現象がある。この電場が創傷部位にイオン勾配を引き起こし、そのイオン勾配に引かれて、創傷部位に細胞が集まり、さらに血管生成も促進される。
 傷の治癒は、人々、中でも社会的弱者の生活の質を大きく左右する。外科の現場では、それが外傷であれ、手術によるものであれ、日常的に傷の治療に向き合うことになる。外科医は、傷の治癒をどのように早めるかを常に留意しなくてはならない。
 1900年代の半ばから後半にかけて、生体組織に電気刺激を加えると、傷の治癒が促進されることが見い出された。従って、自己治癒を支援する圧電あるいは摩擦帯電ナノ発電素子を創傷被覆材として作製、応用すること自体は、それほど新しいことではない。
 一方で、この分野の現在の研究は、外部電源に邪魔されず、小さく、装着でき、しかも安価なパッチとして開発することに焦点を合わせている。
 Science and Technology of Advanced Materialsに掲載された、台湾、国立清華大学のZong-Hong Lin(林宗宏)教授らが発表したレビュー論文 Self-assisted wound healing using piezoelectric and triboelectric nanogenerators は、圧電または摩擦帯電材料を用いた自律発電型の創傷被覆用ナノ発電素子の開発研究に焦点を当てて解説している。
 圧電材料は、機械応力を受けるとそれに応じて電気を発生する誘電材料で、その多くの結晶格子は対称中心を持たない。天然の圧電材料としては、結晶(石英、ロッシェル塩、トパーズ、トルマリンなど)や有機・生体材料(絹、樹木、エナメル、骨、髪の毛、ゴムなど)が知られている。
 一方、人工合成の圧電材料としては、水晶類似物、セラミックス、ポリマー、複合材などがある。ペロブスカイト構造を有するチタン酸ジルコン酸鉛(PZT: Lead Zirconate Titanate)は、圧電特性に優れるが、生体毒性の強い鉛を含むため、創傷被覆材に用いることは難しい。
 いくつかの研究チームは、PZTに代わり、圧電特性に優れ、しかも生体適合性のある酸化亜鉛(ZnO)を用いている。ZnOナノ針状結晶をポリジメチルシロキサン膜上に一軸配向させた創傷被覆材によって、傷の治癒を加速させることに成功している。
 別のグループは、優れた圧電特性を有し、化学安定性に優れ、生体適合性もあり、加工の容易な有機材料のポリフッ化ビニリデン(PVDF: Polyvinylidene fluoride)を用いている。
 ポリウレタン足場材にPVDFを埋め込んだ創傷被覆材は、実験室における試験や動物実験において、有望な結果を得ている。
 別のタイプのナノ発電素子として、摩擦帯電ナノ発電素子(TENG: Triboelectric nanogenerator)が開発されている。二種類の材料を、隙間を少し空けて対向して置き、両者の間の相対的な位置の変化により、静電気を発生させ、発電する。ナノ発電素子を装着した対象物の動きを電気に変換することができる。
 TENGを研究するグループでは、呼吸による体の動きにより電気を発生させるTENGをネズミに装着し、傷の治癒を促進することに成功している。
 このTENGは、負に帯電しやすいCu/ポリテトラフルオロエチレン層と正に帯電しやすいCu層の間において、ネズミの呼吸による体の動きに伴う両層の互いの位置ずれにより、静電気を発生させる。
 さらに、彼らは、このTENGパッチに抗生物質も加え、傷の感染を抑制して治癒効果を高めることに成功している。
 清華大学の生物工学グループを率いる林教授は「圧電または摩擦帯電ナノ発電素子は、軽量、柔軟性、弾性、生体適合性という観点から、創傷の自己治癒を助ける被覆材として優れた候補である」と話す。
 一方で、「実際の医療応用にはまだ解決すべき点がある」と指摘する。それは、例えば、傷の大きさは千差万別であり、そのサイズに合わせて被覆材のサイズをカスタマイズする必要があるからだ。
 また、被覆材は傷にしっかり付着しなくてはならない一方で、創傷部位からの滲出液によって悪影響を受けず、腐食されないなどの課題の解決が残されている。
 林教授は、「我々のこれからの目標は、実際に医療応用できる費用対効果の高い、高効率の創傷被覆システムを開発することである」と抱負を述べる。
 同誌リンク https://doi.org/10.1080/14686996.2021.2015249(オープンアクセス)

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