新型コロナに有効な界面活性剤と芳香族アルコールの抗菌作用メカニズムを解明  花王

 花王解析科学研究所とハイデルベルク大学(ドイツ)物理化学研究所田中求教授(京都大学高等研究院 特任教授)の研究グループは20日、細菌の一番外側の表面を覆う層に対する抗菌剤の作用メカニズムを、強力なX線である放射光X線を用いた精密解析によって原子・分子スケールで解明したと発表した。
 研究で取り上げた界面活性剤・塩化ベンザルコニウムは、経済産業省が公表している新型コロナウイルスに有効とされる界面活性剤のひとつで、目に見えない抗菌作用メカニズムの原子・分子スケールでの解明は、人や環境に低負荷な剤の組み合わせによる効果的な抗菌剤や抗菌技術の開発に繋がる。
 また、同抗菌メカニズムの解析は、感染症の原因となるほかの細菌の抗菌だけでなく、細菌に似た表面構造を持つウイルスの不活化メカニズム解析への応用も期待される。
 今回の研究成果は、NatureのオープンアクセスジャーナルであるScientific Reportsに掲載された。
 浴室のピンク汚れなどの主要な原因は、グラム陰性菌と呼ばれる細菌だ。これまでの研究から、幅広い細菌の抗菌に有効な塩化ベンザルコニウムという界面活性剤と、界面活性剤のはたらきを助ける役割を持つ芳香族アルコールの一種であるベンジルアルコールを混ぜると、グラム陰性菌に対して高い抗菌効果を示すことが知られており、浴室の洗浄剤などに応用されている。
 一方で、これらの剤が、細菌のどこに作用して抗菌効果を示すのかについての原子・分子スケールのメカニズムは、解明されていない。
 グラム陰性菌の一番外側は、糖鎖と炭化水素鎖を主成分とする「リポ多糖」という分子がずらりと並んだ層に覆われており、カルシウムイオンがマイナスの電気を帯びたリポ多糖の分子同士をつなぐことによって、菌を守るバリアのような層をつくっている(図1)。他方、塩化ベンザルコニウムはプラスの電気を帯びており、マイナスの電気を帯びたリポ多糖の分子と電気的に引き合いやすい性質を持つ。
 そこで、塩化ベンザルコニウムとベンジルアルコールの組み合わせによる高い抗菌作用の発現には、塩化ベンザルコニウムによる菌の最表層のリポ多糖への関与があることが推測されていた。

図1 浴室のピンク汚れなどのもととなるグラム陰性菌の表面構造


 花王は、剤と細菌が出会う場所として細菌の表面に着目し、界面物理学の世界的権威であるハイデルベルク大学の田中求教授のグループと共同研究を実施し、細菌表面のどこに剤が作用するかを原子・分子スケールで解析した。
 今回の国際共同研究では、細菌表面のリポ多糖の最表層を再現したモデル膜を用いて、塩化ベンザルコニウムとベンジルアルコールが、(1)リポ多糖層の微細構造や、(2)リポ多糖を安定化させているカルシウムイオンのバリア層をどのように変化させるかを調べた。
 実験には、実際の細菌の最表層に似たリポ多糖が2次元的に均一に並んだモデル膜を用いた。これは、グラム陰性菌の一種であるサルモネラ菌の膜から、リポ多糖の分子を高純度で取り出して溶解させ、水面上に滴下することで作製する。
 得られたモデル膜に、塩化ベンザルコニウムとベンジルアルコールを作用させ、放射光X線を用いた解析手法であるX線反射率(XRR)および斜入射角X線蛍光(GIXF)を同時に測定できる欧州放射光施設(ESRF)の装置を駆使して、リポ多糖層の構造やカルシウムイオンのバリア層の変化を原子・分子スケールで解析した(図2)。
 XRRとGIXFはどちらも、サンプルの表面すれすれの位置から放射光X線を当てる実験手法である。今回の実験では、XRRはリポ多糖層の微細構造の変化を原子レベルでとらえるため、GIXFはカルシウムイオン分布の変化を原子レベルでとらえるために使用した。1000分の1mm程度の菌のさらに最表層という微小な領域の解析は容易でなく、これらの最先端の分析技術を用いて初めて今回の解析が可能になった。

図2 XRRとGIXFを用いたESRFでの同時計測


 実験の結果、プラスの電気を帯びた塩化ベンザルコニウムだけを加えても、マイナスに電気を帯びたリポ多糖に引き寄せられて結合はするが、カルシウムイオンのバリア層に阻まれるため、モデル膜のリポ多糖は安定が維持されることが判った(図3左)。
 一方、ベンジルアルコールを一緒に混ぜると、カルシウムイオンのバリア層はありながらも、ベンジルアルコールの作用によって、リポ多糖分子の糖鎖と炭化水素鎖のつなぎ目(界面)部分にゆるみが生じる(図3右)。この変化によってモデル膜にゆるみが生じるため、塩化ベンザルコニウムが膜に潜り込んでリポ多糖分子の並びを乱し、リポ多糖の膜を破壊することを明らかにした。
 XRRとGIXFを用いて、こうした抗菌作用メカニズムを0.1 Å(0.01 nm)の超微小スケールでとらえた事例は世界的にもまだ少なく、先駆的な発見となった。

図3 同研究で解明した抗菌作用の原子・分子スケールのメカニズム


 目に見えない抗菌作用メカニズムの原子・分子スケールでの解明により、人や環境に低負荷な剤の組み合わせによる効果的な抗菌剤や抗菌技術の開発が可能になる。
 また、今回のような原子・分子スケールの抗菌メカニズムの解析は、感染症の原因となるほかの細菌の抗菌だけでなく、細菌に似た表面構造を持つウイルスの不活化メカニズムの解析にも応用が期待される。
 なお、同研究で取り上げた界面活性剤・塩化ベンザルコニウムは、経済産業省が公表している新型コロナウイルスに有効とされる界面活性剤のひとつである 。
 花王は、このような世界トップレベルの研究者との共同研究の成果を駆使し、サイエンスに裏打ちされた製品や技術の開発を行なうことで、「感染症と向き合う新たな社会」における喫緊の課題である公衆衛生レベルの向上と感染予防に貢献していく。

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