脳と腸は双方向に情報伝達を行って、相互に作用を及ぼし合う関係がある。このような脳と腸の双方向的な関連は、「脳腸相関(brain-gut interaction)」と呼ばれおり、以前より知られていた。だが、最近、この脳腸相関に腸内細菌が関わっていることが明らかになり、「脳-腸-腸内細菌相関」という言葉も生まれている。そこで、脳腸相関研究の権威である須藤信行氏(九州大学大学院医学研究院心身医学教授・九州大学病院心療内科)に、「腸内フローラとメンタルヘルス」について聞いた。(ヤクルト ニュースレター vol.9より引用)
双方向に影響し合う「脳腸相関」とは?
ストレスを受けるとおなかが痛くなる。不安が続くとトイレに行きたくなる。誰もが経験したことがあるこのような生理現象は、「脳」が自律神経を介して、「腸」にストレスの情報を伝えるためだ。深刻な場合、脳で受けたストレスや不安感が原因となり、腸に目立った異常はないのに、便秘・下痢や腹痛といった症状が続く過敏性腸症候群と呼ばれる疾患になる場合もある。
逆に、腸に病原菌が感染すると脳で不安感が増したり、脳で感じる食欲に実は消化管から放出されるホルモンが関与しているなど、腸の状態が脳の機能に影響を及ぼすことも認められている。脳と腸は双方向に影響し合うことが明らかになっており、これが「脳腸相関」と呼ばれている。
「第二の脳」自活する腸の神経ネットワーク
脳は中枢神経として他の臓器の指揮を執る司令塔として知られているが、なぜ、腸は脳からの司令を受け取るだけでなく、脳に情報を出すことができるのか。体内に取り込んだ食べ物をエネルギーに変えるには、様々な器官との膨大な量の共同作業が必要である。この消化に関する機能を司るのが、腸に張り巡らされた「腸管神経系」という独自の神経ネットワークだ。このような神経系はほかの臓器にはなく、脳からの司令がなくても自活できるため、腸は「第二の脳」とも呼ばれている。
脳は消化に関する活動の大半を腸管神経系に任せるよう設計されていることから、脳と腸は絶えず連携し、我々の健康を担っている。
腸にすむ微生物の生態系「腸内フローラ」
ヒトの腸管内には、多種多様な細菌がすみつき、複雑な微生物生態系「腸内フローラ」を構築している。腸内細菌の数はおよそ100兆個、種類は約1000種類に上り、その構成は食習慣や年齢などによって異なり、有用菌、有害菌、そのどちらでもない中間的な菌が共生している。
腸内細菌は、ストレスも抑制
九州大学で腸内細菌の有無とストレスの関係をマウスを使って調べたところ、腸内細菌を全く持たない無菌マウスは、腸内細菌を持つ通常マウスに比べストレス反応が強いという結果を得た。また、有用でも有害でもない菌のバクテロイデス菌を持つマウスのストレス反応は、無菌マウスと同程度であるが、有用菌のビフィズス菌を持つマウスでは、ストレス反応が通常マウスと同じ程度に低く、ビフィズス菌の関与によりストレス反応が抑制されたと考えられる。そこで、無菌マウスにビフィズス菌を与えると、ストレス反応が通常マウスと同程度に沈静化された。これらの結果から、脳腸相関には腸内細菌も関係することが裏づけられた。
この発表をきっかけに、腸内細菌が脳に影響を及ぼす「脳-腸-腸内細菌相関」が注目され、様々な研究が進んでいる。
ストレスが脳や腸に悪影響
IBSは、腸に異常がないのに、腹痛や便秘・下痢など便通異常が続く病気で、日本人の10 ~15%が罹患している。ストレスが強くなると症状が悪化するが、その原因ははっきりしていない。
福土審東北大学大学院医学系研究科行動医学分野教授生の研究により、IBS患者は健常者に比べて、①脳波は、α波が少なく強い緊張状態、②内臓は、刺激に反応しやすい知覚過敏、③大腸を刺激すると、不安や恐怖などのネガティブ情動を持つ流れがある、④行動に迷うと、ストレスを感じやすいーなどの傾向があることが判明している。
脳腸相関の研究が進み、腸内フローラとメンタルヘルスの関係が注目されている。脳と腸の密接な関係を示す二つの研究事例を紹介したい。
◆事例① 過敏性腸症候群(IBS)
脳腸相関による負のスパイラル
我々は、ストレスを受けると、脳内で副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンCRHが分泌される。CRHは、ストレスに反応するホルモンで、ある動物実験ではCRHの投与によって大腸が活発に動き下痢を起こすことが判っているが、IBS患者もCRHに強く反応する。別の動物実験では、ストレスにより腸内フローラが変化し、内臓の知覚過敏も誘発することも判っている。
ストレスにより、ホルモンや免疫などに重要な役割を担っているサイトカインの働きが変化し、腸内細菌を変化させ、有害菌を排除する働きが悪くなり、ストレスに対しより過敏になることで、IBS患者では、脳腸相関に負のスパイラルが起こっていると考えられる。
プロバイオティクスが治療の主流に
IBSの治療として、抗生物質(アンチバイオティクス=微生物の死滅)によって腸内細菌をリセットする方法もあるが、安全性の高いプロバイオティクス(微生物との共生)で腸内細菌を望ましい構成に移行させようという試みが世界中で行われている。日本でもIBS治療法として、プロバイオティクスが推奨されている。治療の難しかったIBSは、現在では薬も増えて治療への満足度はかなり上がっている。IBSは、脳腸相関という概念に、より大きな手掛かりを得たと考えられる。
◆事例② うつ病
増えるうつ病 脳腸相関に着目
現代のストレス社会ではおよそ20人に1人がうつ病とも言われている。神経伝達物質の異常、ストレスによる内分泌系の異常、慢性の炎症などが原因と考えられるが、未だ不明な点も少なくない。こうした中、脳腸相関の概念から、腸内細菌とうつ病の関係が研究され、注目されている。
うつ病患者は腸内の有用菌が少ない
これまで、うつ病患者の腸内細菌を調べたデータは殆どなかった。そこで、国立精神・神経医療研究センターとヤクルト本社中央研究所は共同で、大うつ病性障害の患者43名と健常者57名の糞便中のビフィズス菌と乳酸菌の菌数を調べた。
その結果、うつ病患者は健常者に比べビフィズス菌と乳酸菌のどちらの有用菌も少ないことが明らかになった。
また、ROC解析により、うつ病患者と健常者のグループを区別する最適値(カットオフ値)を求めると、うつ病患者はビフィズス菌数も乳酸菌数もともにカットオフ値以下の割合が高く、これらの菌が少ないと、うつ病リスクが高くなる可能性が示唆された。
うつ病は生活習慣病?
これまで、食や栄養という観点から脳や精神の病気にアプローチすることは殆どなかった。だが、脳腸相関の概念から、その関係が注目されるようになっている。
うつ病は過剰なストレスによって起こるといわれますが、食事・運動・睡眠の習慣で体の健康が左右されるように長時間の労働による睡眠不足が、食事バランスの乱れや運動不足にもつながり、うつ病の引き金となるとも考えられる。
腸の健康がこころの健康に
功刀浩氏(国立精神・神経医療研究センター神経研究所)は、うつ病を生活習慣病と捉え、栄養指導を取り入れた治療で効果をあげ、「ストレスがあっても睡眠を取ってきちんとした食事をすれば、うつ病のリスクはかなり低くなる」との考えを示している。
生活習慣病の代表格である糖尿病とうつ病は密接な関係があり、うつ病になると、糖尿病だけでなく、がん、心筋梗塞などの生活習慣病になりやすいことも判明している。
腸内細菌に加え、食事との関係を探ることが、うつ病や生活習慣病など、現代人に増えたトラブルを解決する糸口となる可能性がある。
コメント
[…] 腸内フローラとメンタルヘルス 須藤信行氏(九州大学大学院医学研究院心身医学教授・九州大学病院心療内科)に聞く<医薬通信社> […]