1.処方箋に記載される臨床検査値の一般的な項目
処方箋に臨床検査値を記載する医療機関が増えてきた。その施設割合は5.1%(疾患名を処方箋に印字している施設は3.3%)で、お薬手帳に検査値を記載している医療施設が9.2%あるという(PMDA病院調査2015年)。
医療機関として薬局との情報共有による連携を強化し、患者への最適で安全な薬物療法の実施のために、薬剤師による処方箋の疑義の判断(疑義照会)および薬剤情報提供書(トレーシングペーパー)等による医師への情報提供が期待されていると思われる。実際、薬局での適応や薬用量の確認等の疑義照会の質的向上及び有害反応に関する情報提供など、医師との連携強化並びに患者への服薬指導の充実や薬学的管理につながっているとする報告も少なからず見られる。
だが、薬局・薬剤師にとって、断片的に検査値を見せられても患者の病態は推定の域を出ず、検査値が基準値を超えていても患者の病状の悪化なのか薬物の副作用等によるものか等々、患者個々の薬物療法の評価や有害反応の有無の判断は容易でない。的確な処方解析の実行に臨床検査値が果たす役割が大きいことは認めるが、限られた調剤時間内に適切な処方監査及び患者個別調剤設計を実行するには、相当な臨床知識の習熟が求められ人材育成が大変である。
また、副作用の回避や有害反応の有無の判断には、臨床検査値をモニタリングしていく必要があり、薬歴への記録も大変な作業になる。さらに、処方箋記載の臨床検査値を基にした患者指導は、薬剤師の処方箋に基づく服薬指導とは領域を異にするという意見もある。臨床検査値の取り扱いは、薬局・薬剤師により差異があることは事実だが、かかりつけ薬局・薬剤師制度の普及と適正運用がこうした差異を縮小する手段として有効ではないかと考える。
一方、薬学教育が6年制の新コア・カリキュラムになって、より臨床教育へとシフトしている。薬剤師国家試験では、実務系設問として処方解析関係の比重が増しており、薬学生にとって薬物療法に関係する臨床検査値の読みは必須になっている。
また、薬学実務実習では、代表的8疾患(がん、高血圧症、糖尿病、心疾患、脳血管障害、精神神経疾患、免疫・アレルギー疾患、感染症)が示され、病棟薬剤業務はもちろん関連する処方箋を教材に薬物療法と臨床検査値についてしっかり実習することが望まれている。
こうした状況から、臨床に強い薬剤師が多数医療現場へと参入するようになり、処方解析や服薬指導の質的向上も近いのではないかと思う。
さて、処方箋への臨床検査値記載は、医療機関の判断(場合によって、地域薬剤師会との協議)によるもので、記載項目や測定日の設定などに定型はない。先駆的に臨床検査値を処方箋に記載した医療機関の事例からみると、記載される臨床検査項目は大きく次の2群に分けられる。
すなわち、(1)すべての処方箋に共通して記載される一般項目で、処方の疑義判断や副作用の早期発見と早期対応(副作用の重篤化回避)の指標になる検査項目。(2)医薬品の特性(添付文書の禁忌・警告に具体的に検査項目が記載されている医薬品、腎機能によって用法用量調節等が必要な医薬品)により禁忌投与・過量投与の回避の参考になる検査値(医薬品個別項目)である。
なお、検査値は、過去3~4か月間のうちの直近のデータが記載されている。今回は第1部として、臨床検査記載の処方箋発行施設で一般的に記載される臨床検査項目を紹介する。
(a)腎機能関係:腎機能低下時に注意が必要な医薬品は非常に多い(プレガバリン、アロプリノール、 スルピリド、パリペリドン、リスペリドン、H2 遮断薬、メトホルミン塩酸塩、など多数)
①血清Cr(血清クレアチニン) 基準値:男性 0.8~1.2mg/dl、女性0.6~0.9mg/dl。
血清クレアチニン値よりクレアチニンクリアランスを予測する方法としてCockcroft-Gault式がある。
男性;(140-年齢)×体重kg÷72÷血清クレアチニン 女性;男性×0.85
②eGFR(推算糸球体ろ過量) GFRが60 ml/分/1.73m2が基準値。腎機能のパーセンテージに対応しており、GFRが75 ml/分であれば、腎機能が健康時の75%程度と考えることができる。
③BUN(尿素窒素):基準値=8~20㎎/dl。BUNはさまざまな要因で上昇するため、クレアチニン(Cr)とともに腎機能を評価するため、BUN/Cr比を用いることがある。正常値:BUN/Cr=10
(b)肝機能関係:肝機能に関する検査項目は多いが、薬物による肝機能異常などの指標として処方箋には次の4項目が記載される。
④AST(GOT) 基準値:8~33(U/L)。アミノ酸とαケト酸のアミノ基の移転反応を触媒する酵素で肝細胞、心筋、骨格筋などに存在し、肝疾患以外でも心筋・骨格筋疾患で上昇する。高値:劇症肝炎、中毒性・薬剤性肝炎、心筋梗塞。中値:急性・慢性肝炎、肝臓癌、アルコール性肝炎ーなどの疑い。
⑤ALT(GPT) 基準値:4~45(U/L)。ほとんどが肝臓、腎臓に存在し骨格筋疾患ではあまり上昇しない。高値:劇症肝炎、中毒性(薬剤性)肝炎、中値:急性/慢性肝炎、などの疑い。急性期と慢性期ではASTとALTの比が異なる(AST/ALT比)。ASTALT:慢性肝炎、肝硬変、肝臓癌。
⑥ALP(アルカリホスファターゼ) 基準値:115~359 U/L(測定法により若干異なる)。高値:肝障害や胆道疾患の疑い。
⑦T-Bil(総ビリルビン) 基準値:0.3~1.2(mg/dL)。肝臓で処理される前のビリルビンを「非抱合型(間接)ビリルビン」、処理された後のビリルビンを「抱合型(直接)ビリルビン」といい、合わせて総 ビリルビンという。数値が1.3 mg/dL以上の場合は肝臓・胆管疾患の疑い。
(c)血液関係:
⑧WBC(白血球数) 基準値:3500~9000個/μl(検査方法などによって異なる)。白血球は、好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球に分類(白血球分画)される。
高値:細菌感染による炎症、慢性骨髄性白血病、敗血症、癌、低値:悪性貧血、再生不良性貧血、肝硬変、急性白血病、薬剤障害、などの疑い。好中球は、ステロイド剤投与で増加し、抗癌剤や抗菌薬投与で減少する。好酸球は、アレルギー疾患(花粉症、気管支喘息など)、感染症等の場合に高値を示す。リンパ球は、ステロイド剤投与で減少する。
⑨Hb(ヘモグロビン量) 基準値:男性 13.5~17.5g/dl 女性 11.3~15.2g/dl。高値:真性多血症、脱水症など、低値:鉄欠乏性貧血、再生不良性貧血、溶血性貧血、などの疑い。貧血は鉄分の摂取不足や赤血球を作るのに必要なビタミンB12もしくは葉酸の不足が原因でも起こる。
⑩Plt(血小板数) 基準値:13~35万個/μl。高値:骨髄増殖性疾患(本態性血小板血症、慢性骨髄性白血病)、血栓症など、低値:血小板減少性紫斑症、急性白血病、再生不良性貧血、悪性貧血、肝硬変、バンチ症候群、全身エリテマトーデスーなどの疑い。
薬剤起因性血小板減少症は、薬剤(抗がん薬、代謝拮抗薬、サイアザイド系利尿薬、エストロゲン製剤、アルコールなど)による骨髄巨核球低形成による血小板産生低下、及び免疫学的機序による血小板破壊(ヘパリン、キニジン、キニン、ジギタリス製剤、金製剤、サルファ薬などは血小板抗体の産生を誘発)がある。
(d)筋疾患や炎症・感染症関係
⑪CK(クレアチンキナーゼ) 基準値:基準値:男性 62~287U/L 女性 45~163U/L。ステロイド剤投与や化学療法によりCKが減少する。横紋筋融解症、アルコール中毒, マクロCK, 急性心筋梗塞, 筋萎縮性側索硬化症, 甲状腺機能低下症などではCK値が上昇する。
⑫CRP(C-反応性蛋白) 基準値(定量):0.3mg/dL以下。C反応性蛋白(CRP)は、体内での炎症反応や組織が破壊された際に血中に現れるタンパク質で、肺炎球菌のC多糖類と結合することからC反応性と称される。敗血症や肺炎などの細菌感染症では著しく上昇,ウイルス感染,悪性腫瘍,膠原病でも活動性の亢進時に上昇する。
(e)糖・電解質代謝関係
⑬HbA1c(糖化ヘモグロビン) 基準値(National Glycohemoglobin Standardization Program : NGSP):4.6~6.2%、6.5%以上で糖尿病。糖化ヘモグロビンは、赤血球の寿命(120日)と関係することから、検査日の1~2か月前の血糖コントロール状態(平均血糖値)がわかる。
⑭Na(血清ナトリウム) 基準値:138~146mEq/L。ナトリウムは細胞外液中の総陽イオンの約90%を占め、主として副腎皮質ホルモンによって調節されている。高値:水分欠乏症(水分摂取不足、多汗・発熱)、Na過剰摂取、原発性アルドステロン症、など。低値:下痢・嘔吐、ネフローゼ症候群、ADH(抗利尿ホルモン)分泌異常症候群、心不全、腎不全、などの他、サイアザイド系及びループ利尿薬服用によるNa・Kの減少。
⑮K(血清カリウム) 基準値:3.6~4.9mEq/L。体内に吸収されたKの約98%は細胞内に、約2%は細胞外部位にある。Kの調節は副腎ホルモンによることから、血清Kの数値により、腎臓・副腎などの機能を知ることができる。高値:副腎皮質機能不全・アジソン病などの他、K保持性利尿薬、ジギタリス、βブロッカー服用、バナナなど高K含有の果物の摂取。低値:利尿剤服用、発汗、嘔吐、下痢、原発性アルドステロン症、カリウム摂取不足などの他、インシュリンや重炭酸ナトリウムの投与。