アルツハイマー、ALS、プリオン病など神経変性疾患治療薬開発への応用に期待
岐阜大学 糖鎖生命コア研究所鎌足雄司助教および慶應義塾大学理工学部古川良明教授らの研究グループは8日、岐阜大学発のオキシインドール化合物であるGIF化合物について、複数の神経変性疾患タンパク質の凝集を抑制することを実証したと発表した。
複数のタンパク質の凝集抑制に効果を発揮する新たな化合物として、ヒトや動物の神経変性疾患の治療への応用が期待される。これらの研究成果は、2月22日にBiochimica et Biophysica Acta (BBA) – General Subjects 誌のオンライン版で発表された。
研究成果のポイントは次の通り。
・岐阜大学発のオキシインドール化合物であるGIF化合物が、イヌの変性性脊髄症(DM)の原因タンパク質であるイヌスーパーオキシドジスムターゼ1(SOD1)タンパク質の凝集を抑制した。
・ヒトの筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因タンパク質であるSOD1タンパク質や、プリオン病の原因タンパク質であるプリオンタンパク質(PrP)を含む複数の神経変性疾患原因タンパク質においても、凝集抑制効果がみられた。
・GIF化合物は、異常型構造と相互作用し、複数のタンパク質の凝集抑制に効果を発揮するという新たなカテゴリーの凝集抑制化合物として、ヒトや動物の神経変性疾患の治療への応用が期待される。
アルツハイマー病やALS、プリオン病などの神経変性疾患は、超高齢化社会を迎えた我が国において大きな社会問題となっている。これらの神経変性疾患では、病変部位に特定のタンパク質の凝集体(アミロイド線維が形成されることが知られている。
例えば、ヒトのALSやイヌのDMでは、スーパーオキシドジスムターゼ1(SOD1)が、プリオン病ではプリオンタンパク質(PrP)が誤った構造に折り畳まれ凝集体を形成している。
この凝集体形成を抑制する薬剤の開発は現在までに数多く行われているが、まだ決定的な治療薬は開発されておらず、効果的で安全な神経変性疾患治療薬の開発が必要とされている。
神経変性疾患が問題となっているのはヒトだけに限らない。例えば、愛玩犬であるペンブローク・ウェルシュ・コーギー、ジャーマン・シェパード、ボクサーでは致死性疾患であるDMの発生頻度が高く、動物医療においても大きな問題となっている。
ヒトのALS もイヌのDMもSOD1の凝集が関与するため、DMに対する治療薬開発は、ヒトの神経難病であるALSの患者を救うことにも繋がる。
GIF化合物は、岐阜大学発の化合物であり、酸化ストレスおよび小胞体ストレスを緩和し神経細胞死を抑制する効果があると報告されている。同研究では、このGIF化合物(図1)について、神経変性疾患原因タンパク質である、ヒトおよびイヌのSOD1とヒトPrPの凝集を阻害する能力を評価した。
その結果、GIF化合物は、DMを引き起こす変異E40Kを持つSOD1タンパク質の凝集体(アミロイド線維)形成を阻害した。この実証は、アミロイド線維に結合すると蛍光を発するチオフラビン-T(ThT)色素を用いた実験により示された(図2)。
GIF-0725-r、GIF-0874-r、およびGIF-0875-rを除くほとんどのGIF化合物添加はThT蛍光を抑制した。つまり、これらの化合物はイヌSOD1のアミロイド線維形成を抑制することを示している。今回調べた16の化合物のうち、GIF-0854-rとGIF-0890-rが特に効果的であった(図2B)。
これらの化合物の効果は、E40K変異を持つSOD1遺伝子を導入した細胞の実験でも示された(図3)。GFPタグ付きのイヌSOD1を導入したNeuro2a細胞を観察し、凝集体を含む細胞の数を比較した。凝集体をもつ細胞は、細胞中に輝点が観測される。この輝点を持つ細胞の数が、GIF-0854-rやGIF-0890-r添加により減少した。
非常に興味深いことに、この凝集阻害効果は、ヒトALSの原因タンパク質であるヒトSOD1タンパク質や、プリオン病の原因タンパク質であるヒトPrPに対しても効果を示した(図4)。特に、GIF-0827-rとGIF-0856-rは、ヒトPrPの凝集を有意に抑制した。
GIF化合物の効果は、異なるタンパク質であるイヌSOD1 E40KとヒトPrPの間で正の相関を示した(図5A)。さらに、この凝集抑制効果は、ツニカマイシンによって誘導される小胞体ストレスによる細胞死抑制効果との間にも正の相関を示した(図5B)。この結果は、GIF化合物がタンパク質凝集阻害を通じた小胞体ストレスの抑制も意味している。
異なるタンパク質の天然構造は異なるため、一つの化合物が複数のタンパク質の天然構造と特異的に結合することは困難であると考えられる。これに対して、凝集体(アミロイド線維)はいくつかの共通の構造的特徴を持っている。そのため、GIF化合物は凝集体と相互作用するのではないかと考えられる。実際に、鎌足 氏らは、GIF-0890-rがイヌSOD1の凝集体と相互作用することをNMR分光法を用いて示した(図6)。GIF化合物は凝集体の共通の構造に結合することで、複数のタンパク質の凝集に対して効果を示すと考えられる。
一般に、小分子のNMRスペクトルは鋭いNMR信号を示すが、小分子がタンパク質に結合すると、小分子の信号は広幅化しピークの高さは小さくなる。凝集したSOD1を含む試料中のGIF-0890-rのNMR信号(青)は、天然状態のSOD1を含むもの(黄)やGIF-0890-rのみのもの(赤)と比較して広幅化し、ピークの高さは小さくなった。つまり、GIF-0890-rは、凝集したSOD1と相互作用していることがわかる。
タンパク質であるイヌSOD1の凝集を抑制することを報告し、更にGIF化合物は、ヒトALSの原因タンパク質であるヒトSOD1やプリオン病の原因タンパク質であるPrPに対しても効果を発揮した。特に、GIF-0827-r、GIF-0854-r、GIF-0856-r、およびGIF-0890-rは効果的であり、ヒトや動物の神経変性疾患の治療への応用が期待される。
GIF化合物は、異常型構造と相互作用し、複数のタンパク質の凝集抑制に効果を発揮するという新たなカテゴリーの凝集抑制化合物に分類できる。あるタンパク質のアミロイド化が別の種類のタンパク質のアミロイド化を促進させる(クロスシーディング)という現象も知られている。
従って、GIF化合物は、複数の神経変性疾患を克服するための重要な可能性を秘めていると言える。